反撃
ポラリスの電信室は索敵機から舞い込んだ無電のために、にわかな興奮に包まれていた。
『敵艦隊見ユ』
無電はさらに続く。
『敵艦隊、空母1、重巡1、駆逐艦6』
『敵艦隊針路0-8-0、速力30ノット』
敵艦隊は自分達から見て北東を西進中。同じく西進している自分達を追ってのことだろう。
電信室は続く詳報に湧き立ちつつ、同時に不安と焦燥にも駆られていた。そんなにも触接を保ち続けて敵に捕捉されないのか。
真に忸怩たる思いだが、敵艦艇は帝国軍より優れたレーダーを装備している。さらに帝国海軍では戦艦だけに搭載可能なところ、敵海軍はさらに空母、巡洋艦にまで搭載している。
『雲量6、雲高1,000メートル 風力北西より3ノット』
こちらの不安を他所に無電はまた飛んできた。どうやら当該海域は雲が多いらしい。ということは索敵機は雲に隠れながら触接を保ち続けているのだろう。
しかしとうとう恐るべき時はやってきた。
『我敵』
文が途中で途切れてしまっていてまったく要領を得ない電文。まず間違いなく『我敵機ニ追尾サレツツアリ』か『我敵機ノ攻撃ヲ受ク』のどちらかである。そして状況を考えれば後者である可能性が高い。
途中で途切れているのは送信中に撃墜されたからだろう。
あるいは敵機が至近に迫ったから送信を中断して後部機銃で応戦しているのかもしれない。虚しい希望的観測である。
無電を受信してから大急ぎで攻撃準備が進められた。およそ1時間後にはポラリスの飛行甲板に艦戦8、艦爆10が出撃準備を整えて時を待っていた。索敵に出ている艦爆2機を除いた全戦力。
今回、ポラリスは艦隊上空直掩用の戦闘機を残さない。既にそれができるだけの数的余裕が失われたからだ。
上空掩護には正規空母の戦闘機6機がその任に就く。少ないことには変わりがない。
ヘンダーソンの危惧した通りの状況に陥っていた。つまり、奇襲して帰るだけならなんとかなる装備で、がっぷり相手と組んで戦わなくてはいけなくなった。当然、数は不足を来たす。
発艦した艦戦、艦爆はポラリスと正規空母合わせて約40機。敵艦隊の規模を考えればまずは及第点といったところ。
ただ艦攻の姿が無い。被撃墜、帰艦後損傷がひどく廃棄、故障。色々原因は考えられるけれど、姿の無いことだけは確かだった。
編隊は徐々に高度を上げつつ敵艦隊所在予想海域へ向かう。索敵機の報告では雲量6とのことで、敵艦隊を発見できるかと不安を抱いたが、当該海域へ近づくにつれ雲は減った。
飛んだ時間からしてそろそろ敵艦隊の付近。警戒を厳重にして周囲を見張っていると、太陽からポツポツと黒点が出てきた。
『敵機!7時上方!』
無線に怒鳴って、掩護の戦闘機編隊は弾かれたように散開、敵機に向かっていった。
敵戦闘機はその間隙を縫って、あるいは味方戦闘機を火の玉へと変えて突っ込んできた。
ドーントレス編隊はこれに7ミリ連装機銃を浴びせる。サーッと無数の赤い曳光弾が雨霰と近接する敵戦闘機に向かう。
しかし敵機はこれを一顧だにせず、なお突き進んでくる。
確かに7ミリ連装機銃は1発1発の威力は弱い。しかし編隊が一斉に撃っているのだからその心理的圧力は馬鹿にならないはずだ。合計で
20丁以上の機銃からの曳光弾の嵐である。
けれど、いささかの臆病を見せることなく敵戦闘機は剛直な騎士の騎兵突撃のように突っ込んできた。遠距離からの過早な射撃を控え、必中の距離まで肉迫して短い一連射で一機を撃墜した。
次の敵機はバレルロールを多用して、トリッキーな動きで近接してきた。防御機銃の曳光弾はことごとく敵機の後を追う形になっている。
この敵機は、機を捻りながら最小限の射撃で撃墜するという離れ業を見せた。
尾翼が噛み切られるようにボロボロに撃ち抜かれた味方機は前のめりになりそのまま急降下で消えていった。
艦爆隊は何があっても緊密な編隊を維持した。なぜなら編隊から外れた機を待つのは死のみだから。
敵機の攻撃を小旋回で回避した機がそれだけ編隊から遅れた。その機は編隊の張る弾幕で十分に掩護されなくなった。
ハゲタカのような敵機の執拗な攻撃でメッタ撃ちにされ、クルクルと木の葉のように旋転しながら落ちていった。
この攻撃を最後に艦爆隊は対空砲火の弾幕に突っ込み、戦闘機による迎撃は終わった。
最後に味方戦闘機隊の方をチラリと見ると、燃える味方機を燃える敵機が射撃し、さらにその敵機を燃えている味方機が射撃している、という壮絶な空戦を繰り広げていた。
対空砲火の弾幕には凄絶なものがあった。砲弾は艦爆隊とほとんど同高度で炸裂している。コックピット内に硝煙の臭いが入り込んでくる。黒煙のために敵艦艇を簡単に見失ってしまう。
一機が大きく右に傾きながら高度を下げていく。腹に抱えた1,000lb爆弾がはっきりと見えた。右翼燃料タンクをやられたらしく、燃料が太い尾を曳きながら漏れ出ている。
と、エンジンの排気炎が引火したか曳光弾にやられたか、漏れ出ている燃料に火が回ってあっという間に右翼のほとんどが炎に包まれてしまった。
編隊は飛行隊長によって敵空母へと導かれていく。ただ対空砲火に耐えるしかない時間。ガタガタと揺さぶられる機体。操縦桿を握る手は強くなり、必然的に汗ばむ。尻の穴がムズムズする。
『トツレ(突撃準備隊形ツクレ)』
命令で編隊はへの字から一本棒になった。この隊形で隊長以下順次急降下爆撃を加える。
さらに各機の間隔を縮めるよう命令された。通常は先行する機と400メートルの距離を取る。しかし今回はそれでは対空砲火の被害が多くなる、との隊長の意図だろう。
ヘンダーソンは先行機との距離を200メートルに縮めた。これだと先行機の急降下爆撃、敵艦船の行動を十分見て急降下に移る、ということは難しくなるがこの熾烈な対空砲火である。
輪形陣の内側に食い入るに連れ対空砲火はますます熾盛になる。敵艦船の両舷は、機関砲、銃の射撃炎のために爆弾が命中して大火災を起こしているかのように真っ赤だ。
『全軍突撃セヨ』
命令一下、隊長機から急降下に入った。矢のように鋭く切り込んでいく。
黒煙で見失いがちになる敵空母は、右に左に舵を切り急降下爆撃を回避し続ける。
航跡、その左右に拡散する波紋、屹立する水柱。
ヘンダーソンも急降下に入った。
エンジンカウルフラップ閉じ、プロペラピッチ、エンジン出力下げ、エアブレーキ展開。機体を左に傾かせ、そのまま滑るように急降下。
瞬間、紅蓮がヘンダーソンの視界を奪った。直後の激動、熱。
視界が戻った時、敵艦の位置が動いていた。
機体がガタガタと揺れて安定しない。対空砲火の衝撃ではなく、押し戻されているような、荒ぶる波間を泳ぐような感覚。
「ヘンダーソン!ヘンダーソン!」
ポートの呼ぶ怒鳴り声。
被弾したらしいことに気付いた。敵艦の位置がズレたのは自分の機体が衝撃に押されて動いたから。振動はコックピットのガラスが破壊されて空気が掻き乱されているから。
「大丈夫だ!」
幸い体も機体も万全に動いた。機体を細かく操り敵艦に向け真っ逆様に落ちていく。
後席でポートが高度を読み上げ。6,000メートル……、5,000メートル……。
先行機が一塊の炎となって落ちていく。
4,000……、3,000……。
敵空母は転舵転舵の連続で速力が大幅に落ちている。これならやれる。
2,000……、とうとう1,000を切った。
視線はただ飛行甲板に。
800、700、600……。
まだまだ。じっと堪えた。
とうとう400。必中の距離で投弾。
操縦桿を万力で体に引き付けた。強力なGのために脳への血流が阻害されて一瞬視界が真っ暗になった。
機体は高度20メートルで水平に戻った。
あっ!とポートが頓狂な声をあげた。
「外れた!」
「えっ!」
チラと後ろ、敵空母を見てみれば、確かに敵空母の手前に水柱が屹立していた。
「あっ!」
瞬時にヘンダーソンは自分の犯した間違いに気付いた。
通常、艦爆は高度600メートルで投弾するよう訓練されている。したがって、照準も600メートル。
しかしヘンダーソンは400メートルで投弾した。600メートルの照準のまま400メートルで投弾した。
照準はヘンダーソンの方で調整できるもの。それをすっかり忘れていた。純然たる自分のミスだった。
ただ1発の爆弾。
悔やむに悔やみ切れない痛恨事だった。




