虎口
爆撃を終えたヘンダーソンは機銃掃射に移った。ぐるりと旋回して格納庫内に鎮座している巨大機の機首と右翼エンジン付近に機銃弾を浴びせる。
後席のポートもここぞとばかり、連装機銃で目に付く目標を撃ちまくっている。
射撃で、対空砲火の炸裂で硝煙の臭いが充満する。
旋回して別目標を銃撃しようと考えたヘンダーソンだが、機関砲火はますます熾烈になってきている。
味方は全機急降下爆撃を終え、そのために敵火は自然と基地低空を飛ぶ機に集中するようになっている。撃ち上げられる曳光弾の束は、さながら狼の牙である。触れたら機体は紙みまいに容易に引き裂かれる。
これ以上はあまりに危険と、ヘンダーソンは対空砲火に追われるように離脱した。
爆撃後の集合地点に達したが味方編隊が見当たらない。攻撃後の集合点は南とされていたけれど、東に離脱して遠回りしてきたヘンダーソン機はひょっとしたら置いていかれたのかもしれない。
あるいは別の可能性として、ヘンダーソンのしたように各機地上掃射をしていたために、編隊がバラバラになって集合に手間取っているのかも。
そこでヘンダーソンはポートに『アツマレ』と無線を飛ばさせた。編隊に集合をかけるものだ。
しばらく待っているとドーントレス1機がやってきた。
さらに待っても味方機は一向に見えない。どうやら先に母艦に帰っていったよう。そこでヘンダーソン達も帰投するに決めた。
「5時上空に機影2」
ポートがそう報告した後、すぐに張り裂けそうな声で叫んだ。
「敵機!」
ヘンダーソンも振り返って見上げた先には確かに敵戦闘機のシルエット。
逃げようにも速度は劣っている。格闘性能についても同じ。どうしたって逃げられない。
ならば最後の手段、悪足掻きとしての格闘戦。幸い機数は同じ。ただ逃げるだけよりは可能性があるように思われる。
僚機が囮役を引き受け、僚機に食い付いた敵機をヘンダーソンが射撃する編隊戦闘。
計画通り敵機は2機とも僚機に喰らい付いた。さっさと1機叩き落として数の利を得る腹積りだろう。
僚機は右に左に敵機の射撃を回避。ヘンダーソンは僚機と無線で連絡を取り合いながら、僚機の旋回する方向に予め機首を向け、旋回性能で勝る敵機の鼻っ柱を押さるように動く。
いよいよ敵機が照準に収まった。すかさず鼻っ柱目掛けて操縦桿の引き金を引く。ズドドド、と赤の曳光弾が飛んで行くが狙いが逸れていたらしく遥か彼方に吸い込まれていくように飛んでいってしまった。
僚機は絶えず飛んでくる敵弾を避けながら、機を見て再度大きく旋回。ヘンダーソンの照準器に再び敵機が入ってきた。大きく旋回しているから上面が見えていて、つまり射撃面積が大きい。
僚機を射撃中の敵機に向けヘンダーソンも射撃。赤の曳光弾が綺麗な軌跡を描き敵機に向かい、そして外れた。偏差はピッタリ、ただ上にズレてしまった。
「畜生!」
ヒョイヒョイと回避し続ける僚機に業を煮やしたのか、僚機を追っていた敵機が狙いをヘンダーソン機に切り替えた。
ヒラリヒラリと華麗に旋回するとあっという間にヘンダーソン機の6時(真後ろ)に占位した。
今度はヘンダーソンが回避する番。ポートの操作する連装機銃ががなる。
首が捩じ切れんばかりに後方を見、必死に敵機の射線から逃れる。戦闘機の機銃は機首に固定されているから機首の向いている前方一点しか撃てない。つまり、敵機の機首の先に自分の機が飛び込まなければ敵弾が命中することはない。
急旋回で逃れ、上に逃げると見せかけ下に逃げて射撃を宙に切らせ、操縦桿を左に倒し、右のフットペダルを踏んで横滑りし惑わせる。
敵機が射撃するたびにチカチカッと敵機の機首、両翼が光る。スラリと不気味に曳光弾が伸びてくる。さながら抜き身の刀身を首筋に当てられるよう。次の瞬間には際どいところを通り抜けていって、どうやら自分はほんの一瞬生き延びたようだと知る。
しかしそうして回避し続けるのにも限度がある。既に高度は海面に近い。このままでは高度を速度に変換しての回避、機動ができなくなってしまう。
既に大きな機動は不可能。ただ小さく機体をズラして悪足掻きができるに過ぎない。
僚機の射撃は未だ敵機を捉えるに至らない。
右に左に首を振り敵機の位置、機動を確かめるその刹那、前方の逆光の雲間に二機の機影を見た。さらなる敵機。もはやこれまで。同数ですら圧倒されていたのに数が倍になるとは。地上ではなく機上での戦死であることがせめてもの救いだ。
死ぬとなるといよいよ操縦桿を握るのが馬鹿らしくなった。脱力して直上から降ってくる機影を、自分を冥府へと送るその姿を眺めた。
ところがその機影はヘンダーソンではなく、6時の敵機を撃った。まさかそんなと驚いて振り返る先にいたのは、コバルトブルーの機体。友軍機だった。
敵機はこれに驚いたか、あるいは倍する敵には勝てないと思ったか翼を翻して遁走した。
なんとか虎口を脱した。背中を、いや全身が滝のような冷や汗で濡れていた。




