洗礼
「編隊を崩すな!あぶれた奴からやられるぞ!」
編隊長が無線越しに怒鳴る。
ヘンダーソンは編隊を維持しつつ、それでも最悪の場合、銃撃を回避できるように上を見上げた。
「何機か抜けて行った!」
護衛機からの無線だ。
黒点が数個、急速にその大きさを増してくる。円い胴体に四角張った直線の低翼。エンジン出力2,000馬力を誇る敵の最新鋭戦闘機だ。
「撃てぇ!撃ちまくれぇ!」
無線を通じて絶叫に近い声が飛び込んできた。
それを皮切りに狂奔に近い状態で全機が防御機銃を撃ち始めた。
ヘンダーソンは急拡大する敵機を睨みつけていた。もし敵が照準をこちらに定めていたら編隊を崩さない範囲で回避しなければならない。
怖かった。初めて直面する死の恐怖だった。敵機が装備するのは20ミリ機関砲四門。まともに射線に晒されればあっという間に撃墜される。
突き抜けるような大空に数多の曳光弾がばら撒かれ、ヘンダーソンの体が強張っている内に初撃は過ぎ去った。もし自機が撃たれていたら間違い無く何も反応出来ずに墜とされていた。
空戦はあっという間に乱戦になった。
見たところ敵機の数は多くない。10機を超えるくらいで、戦闘機の数で言えばこちらの方が優っている。
けれど無念の滲む現実として、戦闘機の性能も搭乗員の質も、遥かに敵の方が優れていた。端的に表せば、敵機は2,000馬力なのに対して我艦戦のそれは1,200馬力。概して敵の方が1,2世代技術力が優越している。
搭乗員の質も隔絶している。明らかに敵機の方が動きが良い。我が方の搭乗員が機械を動かしているようなら敵機搭乗員は機と一体になってまるで泳いでいるよう。
護衛機は善戦するがすり抜けられてどうしても抜けてくる敵機は出てくる。
隣の機を曳航弾が包んだ。操縦手、機銃手共に夥しく流血し、どこらか体の一部が破砕され、ぐったりとしたまま寸とも動かない。機関砲弾に貫かれて死んだらしい。
もう一機、翼をもぎ取られて錐揉みしながら墜ちていく。無線を入れたままだったから絶叫が耳の奥底にまで響く。早く脱出しろと目で追うが脱出しない。おそらく錐揉みによって生じるGによって機内に磔にされているのだ。機体もすぐに自機の主翼に隠れて見えなくなった。高度を考えれば脱出はもう間に合わないだろう。そのまま海原に激突するしかない。
さらに一機、右翼の燃料タンクを撃たれて火災をおこし、すぐにエンジンの方にも火が回った。機体を火が包み始め、揚力のバランスが崩れ右に傾いていく。搭乗員は脱出したが恐ろしいことに2人とも燃えていた。特に操縦手は全身を炎に包まれており、パラシュートが開くこともなくそのまま地面へと落ちていく。後席の方はパラシュートは開いていたが、肝心のパラシュートが燃えている。あれでは操縦手同様、落ちていくしかない。
死を覚悟したヘンダーソンだが敵機は波が引くように去って行った。2機が損傷により爆弾を投棄し1機は燃料がタンクから吹き出し帰投していった。
ヘンダーソンはかつてないほど自分の心臓の鼓動が高まっているのに気付いた。痛いぐらいに跳ねていて、体全体で呼吸をしていた。
それでもまだ終わった訳じゃない。爆弾はまだ敵に叩き込まれていない。まだ序幕が上がっただけなのだ。
前方、敵基地上空は雲にぽっかりと穴が空いていた。これで爆撃できる。一方で、今し方の苛烈な邀撃を受けたヘンダーソンには地獄が自分達を誘い込むべく口を開けて待ち構えているようにも見えた。
ええい儘よ。
ヘンダーソンは恐れを振り払った。そして元々自分が熾烈な対空砲火を切り抜けての急降下爆撃を志していたことを思い出した。
ただ一撃必中の信念だけが心中に残った。この時、ヘンダーソンは同期の中で一番早く火の洗礼を潜り抜けた。
周囲に対空砲弾の炸裂する黒煙が無数に現れた。まるでカーテンだ。
そしてこの射撃は明らかに雲を突き抜けて撃ってきている。帝国軍ではまだ実用に至っていないレーダー連動射撃だろう。精度も高い。
グワッ、グワッと炸裂する音が響き、時折りガンガンカンカンと破片が機体外版に当たる音もする。砲弾の炸裂で常に空気が揺れるから機体もグラグラ揺れて安定しない。
被弾し撃墜される機、爆弾を投棄して母艦に帰投する機が出る。
『突撃準備隊形ツクレ』
編隊長機からの無線。意味するところは、敵機及び敵弾を避けるために疎らに組んでいた編隊を、編隊での急降下爆撃に適するように各機の距離を詰めよ。
いよいよ急降下爆撃の時。
目標は予め母艦の搭乗員集合室で指示されている。第一滑走路、第二燃料タンク、第三格納庫など施設、最後に余力あれば地上の航空機。
『全軍突撃セヨ』
いよいよ攻撃開始の命令。ヘンダーソンが狙うのは滑走路。
「ポート!急降下に移る!」
「よしきた!」
エンジン出力を絞りエンジンカウルを閉じる。プロペラピッチ下げ、エアブレーキを展開。操縦桿を左に倒し同時に左のフットペダルを踏む。機体は左に傾く。そのままスライディングするように急降下に移る。
「高度6,000メートル!」
ポートが報告する。
対空機関砲が射撃を始めた。地上である程度間隔をおいてパッ、パッと閃くのが対空砲。間断なく閃光を吐き続けているのが機関砲だ。
無数の鋭い光の帯が向かってくる。光の奔流に飲み込まれたみたいだ。綺麗だとすら思えてしまう。
機関砲の類いにレーダーは装備されていなかったと思うが、精度は高い。上下左右にフラフラ散らばることもなく真っ直ぐ飛んでくる。
ヘンダーソンは意識のすべてを滑走路に集中させた。見れば動くものがある。戦闘機だ。緊急発進しているところに違いない。あそこへ叩き込んでやる。
「5,000………………、4,000…………、3,000……」
腹に1,000lbsの爆弾を抱いた機は凄まじい早さで加速していき、ポート高度を報告する間隔がどんどん短くなっていく。
「2,000………………、1,500…………、1,000……」
ヘンダーソンは照準にはっきりと滑走路上の敵機の群れを捉えていた。どころか搭乗員までしかと見えた。なんとか離陸しようともがく機、ただ茫然とヘンダーソンを見る者、大急ぎで機から離れる者。
「喰らえぇっ!」
高度600メートル。裂帛の気合いと共に爆弾を投下、同時に渾身の力で操縦桿を引っ張り機体を起こす。
凄まじいGが体にかかり、脳から血液が不足し視界が黒くなり周辺視野が失われていく。
機体が水平に戻った時、ヘンダーソンの投下した爆弾は見事敵機複数の中で炸裂した。
「命中!命中!」
ポートが歓喜と共に叫ぶ。
ヘンダーソンが振り返り見つめる先、滑走路上では最低でも四機が完全に破壊されていた。爆弾の破片を含めるとさらに多数の敵機に損害を与えただろう。
満点の急降下爆撃だった。




