意趣返し
ウォルマス海軍基地の奇襲からおよそ二週間後。ヘンダーソンと母艦ポラリスは敵国防軍海軍基地へ近接しつつあった。
過日の奇襲攻撃の報復として敵基地を攻撃する。
この作戦にはヘンダーソン所属の対潜グループのほか、正規空母一隻が参加する。この正規空母はウォルマス島への航空機の緊急輸送に従事した。通常の艦載機の搭載を減らし、さらに格納甲板と飛行甲板に限界まで詰め込んだ。
この正規空母は戦艦一、重巡洋艦一、軽巡洋艦一、駆逐艦五を伴っていた。
合流した両艦隊は空母を中心に、その周囲を他の艦艇が取り巻く輪形陣で航行していた。
飛行甲板からこの光景を見るヘンダーソンは感嘆の息を漏らすほかない。それほど圧巻の光景だった。戦艦──知識としてやや旧式に属するのは知っているが──も正規空母も他を圧倒して止まない威容を誇っている。
荒波の外洋にあって、まったく揺れずただ粛々と前進している様は正に黒鉄の城。この陣容であれば世界の果てまで征服できそうな気がしてくる。
と同時に正規空母を見て、なぜ首席卒業の自分が乗組を命じられなかったのかと疑念と悔恨が湧き出てもくる。
ヘンダーソンは艦隊に非常な頼もしさを覚える一方で、作戦には拙速の感を拭えずにいた。
兵は拙速を尊ぶ、とは兵学の世界の基本である。とはいえ、とはいえあまりに拙速が過ぎないだろうか。
対潜グループは先の奇襲で駆逐艦一隻大破着底、唯一の軽巡は中破。むしろなぜ軽空母が無事だったのか不思議に思える。他に地上に上げ整備していた艦載機10機が失われている。
この損害が補充されないまま作戦は実行に移された。
ポラリスの艦載機は10機減の35機、正規空母も航空機の輸送のため定数を削減していたから20機減の45機。二隻合わせて80機。なるほど正規空母一隻を上回る戦力ではある。
加えて、一撃を浴びせた後は急速避退するとのことだから問題は無いのかもしれない。
自分は駒に過ぎず、作戦を立案した自分より遥かに優秀な頭脳を持つ参謀には別の視座があるのだろう。
けれどどうしても、これは拙速を超えて無謀なのでは、との感が拭えなかった。
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いよいよ奇襲攻撃の日。起床は00:00。格納甲板では整備員が夜を徹して機体の整備、武装に当たってくれていた。
ヘンダーソンの乗機にも胴体下に1,000lbs(ポンド=545kg)爆弾が懸吊されていた。
ポラリスは所属のドーントレス艦爆19機全て、戦闘機16機の内艦隊上空の直掩に最低限の6機を残して10機が出撃する。文字通りの全力出撃。
艦載機が続々と飛行甲板に上げられる。
ポラリスが艦載機が発艦時に合成揚力を得るために風上に向かって全速力で航行を始めた。時速にして40km/hは出ているから凄まじい風が吹き遊び、途方もなく寒い。
暖気運転を開始。エンジンは快調。プロペラもバラバラとこちらも快調に回っている。異音は無い。
大海原を切り裂くように疾駆する空母、そして南冥の海に轟かせる艦載機のエンジン音。
ようやく水平線に曙光が滲み始めた頃に発艦開始。
『発艦始め』を意味する青と白の格子模様の旗が鋭く前方に突き出された。艦上戦闘機から順に各期発艦していく。
ヘンダーソンは最終点検を実施。操縦桿を回し水平及び垂直尾翼が、フットペダルを踏みエルロンが正常に作動しているのを確認。フラップを離陸位置に下げた。
いよいよ艦戦の発艦が終わり艦爆の番。ヘンダーソンの機は艦爆隊の中でも前方に位置している。
前であればあるほど滑走に使える距離は少なく、それだけ高い技量が求められる。つまりヘンダーソンの技量も高いということだ。
いよいよヘンダーソンの番。
ランディングギアのブレーキを掛けた上でエンジン回転数を最大に。唸りはいよいよ猟犬のの如く。したがってプロペラも回転数を増し、右に回転していたプロペラが左回転に見え、回転数が最大まで上がるとまた右回転に戻った。
車輪止め外せ、と怒鳴りながらコックピットから出した両腕を横に数回折り曲げ合図を出した。
1,200馬力のエンジンが空冷エンジンが機体を前へ前へと導く。エンジン音は、空母が波濤を切り裂く音を遥かに凌駕し機体は甲板を駆け抜けた。
機体が甲板を蹴ると速力、ひいては揚力の不足から一度ガクンと沈んだ。けれどそれも一瞬のことで、すぐに空冷エンジン特有の乾いた響きを高らかに伴って上昇した。
発艦後は艦隊上空を周回しつつ、分隊、小隊ごとに編隊を組み、最終的に艦戦21、艦爆31、艦攻6の編隊が組み上げられた。
編隊を組んでからおよそ一時間三十分後、編隊は高度6,000メートルで敵国防軍のレーダー探知範囲に入ったと思われる距離になった。
ここから敵基地上空までは約40分。敵が戦闘機を持って基地に傘をかけていれば早くて5分後には空中戦に突入するだろう。
懸念点として層の厚い雲が多い。下方一面を丸っ切り覆っているわけではないが、この分だと下手をすれば敵基地上空にも同様に雲がかかっている。そうなれば攻撃は断念せざるを得ない。
汗が滲んできた。操縦桿を握る手に力が入る。思えば実戦配備になって以降、敵機と空戦をしたことも、本格的な対空砲火を浴びた経験も無い。
体が震える。ええいこれは武者震いだと無理矢理自分を納得させたヘンダーソン。
そんな昂った精神に突き刺すかこように無線が飛び込んだ。




