奇襲
ヘンダーソンと母艦のポラリス、そしてその対潜グループは母港ウォルマス海軍基地に帰港していた。
ウォルマス海軍基地。スリン島の西およそ1,500キロメートルに位置するウォルマス島に所在し、スリン島と帝国を往来する船舶を守る上で非常に重要な場所にある。
ポラリスを中核とする対潜グループは本島で1週間の休暇を取る。
その休暇3日目、ヘンダーソンとポートはチマチマと機首の12.7mm機銃の弾薬ベルトの作成に取り組んでいた。曳光弾1発、徹甲弾1発、焼夷榴弾3発の割合でひたすら弾薬ベルトに弾を込めていく。
休暇にも関わらずヘンダーソンとポートが雑務をしているのは、単に暇だったからだ。というのもこの島、小さくて海軍基地の他には何も無い。
福利厚生に配慮した軍は居酒屋やスポーツ施設を作りはした。実際ヘンダーソンは上陸初日と2日目は居酒屋で浴びるほど飲んだ。賭けで戦友から巻き上げた金の面目躍如といったところ。だが民間経営で無いせいか、あるいは痛飲したせいか味に飽きてしまった。
そこで無聊を紛らわせるための軽作業。明日は訓練の名目でドーントレスを飛ばそうか、などとポートに相談しながらの作業。
いつの間にか司令部のあたりにしきりに人や車が行き交っている。通りかかった兵に聞くと定期哨戒に出た四発爆撃機『フォートレス』が帰ってこないという。
その兵は慌ただしく去ってしまった。それからフォートレス1機がこれまた同様に慌ただしく離陸していった。
不穏なものを感じた2人は司令部へ聞き耳を立てに行った。
司令部には同様に不穏なものを嗅ぎつけた将兵が多く詰めかけていた。聞く限り、どうやら最後の定時報告の後、一切の連絡が取れないのだとか。燃料も既に切れている時間だという。
フォートレスは4基のエンジンの内2基までが停止しても飛行できるという。もし整備不良や事故であれば3基以上のエンジンが同時に止まったことになる。だとしても機体は滑空するからそのことを連絡する時間はあるだろう。
それすら無いとなると、主翼や胴体が断裂して錐揉みになって落ちたかしかない。
もっともこれらの想定は平時であればの話である。今は戦時。となれば一番考え得る可能性は被撃墜だろう。
被撃墜。文字通り撃墜されたということだが場所が問題だ。この島から一番近い敵国防軍基地は距離にして4,000キロメートルは離れている。四発爆撃機だって片道前提じゃなきゃ来れない。
となると敵空母がいる。未帰還のフォートレスは敵空母の艦載機に撃墜されたと考えるのが妥当だ。
基地はにわかに緊迫の度を増した。当直の戦闘機搭乗員に機上で待機するよう命令が出された。
突然、敵機が現れた。この島には200メートルほどの高さの丘というか、山が複数ある。超低空でそれら丘陵に隠れて飛んできたようだった。
先頭4機の敵機は強烈な逆ガル翼を持つ敵急降下爆撃機。それぞれ胴体下、主翼下に懸吊していた500キロ爆弾を滑走路に投下した。
このウォルマス海軍基地には小型機用と大型機用の2つの滑走路があるが、まず最初に小型機用の滑走路が狙われた。
邀撃の戦闘機が離陸するのを未然に防ぐために違いない。
ヘンダーソンは我先にと手近にあった草地の窪みに飛び込んだ。最初の爆弾が爆発したのはそれとほとんど同時だった。
着弾と同時に、グワッ、ズドーン、と何もかもが彼方に吹き飛ばしひっくり返すような轟音、衝撃波。
後続の敵機は大型機用の滑走路、大慌てで進発しようとする戦闘機を爆撃した。
ヘンダーソンが恐る恐る見上げる先には、さらに敵戦闘機の姿もあった。両翼下に懸吊したロケット弾を発射し、機銃掃射で航空機を撃破していく。
基地上空にはただ敵機だけが乱舞していた。
グワンと一際大きな音が軍港の方から響いて、身を焦がすのではないかというほどの高熱に襲われた。
港の方を見れば濛々《もうもう》たる黒煙が凄まじい早さで雲を突き破るほど膨れ上がっている。どうやら燃料タンクがやられたらしい。
それがフィナーレの合図とばかり、潮が引くように敵機は去っていった。
後に残ったのは徹底的な破壊の傷跡。どこもかしこも燃え、ガソリンや科学薬品の匂いが鼻を突く。聞こえるのは炎の音と負傷者の呻き声のみ。
格納庫、掩体、露天、場所を問わず駐機していた航空機の大半は炎上していた。襲撃が終わってからまだ1分も経っていないのに、もう骨組みだけになって燃えている航空機もあった。まるで燃え盛る骸骨みたいで不気味の限り。
先程詰めかけていた司令部付近には死体が散乱し、目を覆いたくなる惨状をていしていた。五体満足の死体は少ない。焦げた腕や足が乱雑に投げ捨てたみたいにバラ撒かれていた。見るに大勢が集まっているのを見た敵機がロケット弾と機銃掃射を加えたらしい。
もし自分が早く異変に気付いて、早く司令部に行っていたら、避難が間に合わずあの死体の山の中に加わっていてもおかしくなかった。
誰も彼もが呆然としているところへ、自転車に乗った伝令兵が『敵艦船接近中!退避せよ!』と叫びながら走っていった。
無事だったポートと顔を見合わせ、大急ぎで防空壕へと走った。
5分、あるいは10分ほど経過した後、またグワッ、グワッと炸裂音が聞こえ始めた。その烈度は先程の空襲よりも激しい。
1発炸裂したと思った次の瞬間にはもう別の砲弾が炸裂する。さながら大地が自分を押し潰そうとしているかのよう。時折りパラパラと土だか埃だかが降ってくる。
薄暗く、また人の多いため酸素の薄い防空壕内にあって、実は自分はもう既に墓の中にいるのではないかという妄想さえしてしまう。
堪え難いほどの精神的苦痛。永遠に苛まれるのかのよう。しかし振り返ってみれば時間にしてみれば10分にすぎなかった。
弾着、炸裂の音がだんだん遠くなっていく。息が詰まるようだったこともあり、ヘンダーソン始め多くの兵が防空壕から出た。
敵艦船による艦砲射撃は軍港の方へ向けられているようだった。
滑走路はめちゃくちゃだった。見渡す限りどこもかしこも穴だらけ。格納庫に修理廠、レーダーやその他建物のことごとくが炎上、倒壊している。
この奇襲攻撃において在島の帝国軍航空部隊は壊滅した。四発及び双発の爆撃機合わせて40機、輸送機20機は文字通り全滅、戦闘機や爆撃機、攻撃機などの単発機約160機の内130機ほどが消し飛んでしまった。合計すれば8割以上が消滅してしまった。
惨憺たる結末を残した。




