直掩
輸送船団が目的地のスリン島へ近付いた。あと3日の距離。本日をもって軽空母ポラリスとその対潜グループは船団護衛の任を終え、明日からはスリン島の帝国陸軍航空隊がその任を引き継ぐ。
雲量8、雲高500メートル。層の厚い雲が広い範囲に存在し、哨戒するにしても視界がひどく制限される環境。
今日はずっと雲の下を飛ぶことになりそうだ。ちなみに高さ1メートルから水平線までの距離が約4キロ。高度500メートルでは理論上50キロメートルを越す範囲を視界に収められる。哨戒任務のために12倍率の双眼鏡を支給されているがどこまで見えるものか。
哨戒地点まで、空気抵抗のより薄く、ドーントレスの最適な飛行高度4,500メートルを最小限の燃料の消費で飛べる巡航速度で飛行する。
「しかし昨日は大勝だったね」
ポートが昨日仲間内で開かれたギャンブルについて言及した。
その通り、ヘンダーソンは月給の3倍ほどをも1時間で稼いだ。戦地にいる空母艦載機搭乗員の、書けばその額の多さが推し量れるだろう。
「もちろんだ。俺は強いからな」
実際、ヘンダーソンは強かった。耐えて耐えて、最後に1発ドカンとやる。急降下爆撃と似た戦い方だった。急降下爆撃も対空砲火をただ耐え掻い潜り投弾する。急降下爆撃はヘンダーソンの性格にピッタリと合っていた。
母艦と船団との中間地点。通信手も兼ねているポートが急に青ざめた。
「た、大変だ……!輸送船団が襲撃された!」
震える声でポートは続報を伝える。
「輸送船一、駆逐艦一が撃沈された……」
ヘンダーソンはエンジン出力を最大に上げ、緩降下で増速、胸を焦がし尽くさんとする焦燥に駆られるまま船団の所在する海域を目指す。
途上、船団前方海域の哨戒に当たっていた機から無電が飛んできた。どうやら襲撃の報を聞いて船団上空に引き返したらしい。
『我敵潜水艦ヲ見ユ』
海域に到達すると、上空を旋回するドーントレスと残った一隻の駆逐艦が連携して敵潜水艦を追い詰めているところだった。盛んに爆雷を投下し、その炸裂で無数の水柱がそそり立つ。
透明度の高い南冥の海面下に輸送船の巨躯が見えた。完全に転覆していて赤く塗られた船底が上を向いている。
それにしても波間に漂う人数が少ない。一万トン級の船だったから、乗組員と将兵合わせて3,000人を越す人員が乗船していたはず。なのに眼下の海面に漂う人数ははどう見ても4桁を越えない。
おそらく、想像するに恐ろしいことだが、大多数の将兵が退船する前に船は転覆し沈没してしまったのだろう。夥しい将兵を乗せたまま。
輸送船団は敢えて船団を解き、バラバラに逃げることで敵潜水艦の魔手から逃れる算段のようだった。
突如その駆逐艦の右舷に水柱が現れた。被雷。敵潜は一隻だけではなかったらしい。
視力の良いヘンダーソンの目はしっかりと見えた。艦体がVの字に曲がり、苦悶に震え、そして急速に傾いていく。
敵魚雷の航跡は見えなかった。敵である国防海軍の使用する魚雷は純酸素を燃焼させて航走する酸素魚雷。純酸素の燃焼後に排出される二酸化炭素が水に良く溶けるため視認は極めて難しい。一応、最初の700mは始動用圧縮空気で動いているため航跡は残るのだが、攻撃される側からすればどうせ見えない。そんな近距離から発射なんてしないからだ。
そしてこの酸素魚雷は戦艦すら一撃で行動不能に追い込むほど高威力ときている。そんなものを駆逐艦が無防備な横っ腹に喰らったらどうなるかなんて、わざわざ言うまでもない。
大量の浸水はたちまち駆逐艦を呑み被雷して1分も経たず機関停止、煙突から蒸気煙が排出されなくなり、直後、水蒸気爆発を起こした。
瞬時に白い噴煙が天に沖するほど立ち昇り、か細い艦体は真っ二つに折れ、さらに弾薬の誘爆と思われる茶色っぽい爆炎も上がり、そして瞬く間に波間に姿を没した。
「あ……」
別の輸送船の左舷に水柱が屹立した。駆逐艦より遥かに船体の大きい輸送船だが、防御では戦闘を想定していない分駆逐艦より脆い。
見てわかる速度で急速に傾斜を増し、甲板からは次々に将兵が海面へ飛び降りる。最後の最後に駆逐艦を上回る船体の生み出す余剰浮力のためか横転した状態で止まった。
けれどそれも束の間のことで、到底総員の離船が完了しない内に輸送船は海没してしまった。
救命艇も短艇もほとんど下ろされていない。
ポートが眼下の惨状を母艦に報告する。水難者救助のためにもしかしたら対潜グループ全てが来るかもしれない。
ヘンダーソンは復仇の執念に燃えていた。
今の雷撃でおおよその位置を掴めたと思う。魚雷は直線でしか進まない。駆逐艦と輸送船から線を伸ばすとある一点で交差する。大雑把ではあるが確認してみる価値はあるだろう。
推測した地点へ行くと、いた。潜航していて輪郭はボヤけているが、透明度の高い海のためにはっきりと視認できた。
どうやらこの海域より離脱している様子。
敵潜は比較的浅い深度に位置しているが、だからといってもさすがに機銃とロケット弾では攻撃のしようがない。
ヘンダーソンは別のドーントレスが漂流者の周囲を旋回、なるべく見失わないようにしているのを確認すると追撃するに決した。
まったくの推測だが、敵潜水艦はおそらく船団が来るまでずっと潜航していたのではないか。なぜなら船団前方を哨戒していたドーントレスがいたから。襲撃のその瞬間まで海中で息を潜めていたと考えるのが自然だ。
なら敵潜水艦は艦内の酸素やバッテリー残量の問題からそう遠くないところで浮上するはずである。
浮上したならロケット弾で致命傷を与えられる。
ヘンダーソンが敵潜の艦首方向、推定される速力を告げ、後席のポートがそれを元に海図に書き込む。
それからヘンダーソンはエンジン出力を絞って雲の上を飛んだ。出力を絞るのは第1に燃料の節約、第2に敵潜が浮上した際、早期にエンジンを聞かれ再び潜航されるのを避けるためだ。
ジグザグに飛行して1時間後。海面に視界を広くとる目的で背面飛行で雲の下に出た。
いた。ドンピシャに敵潜水艦がいた。
操縦桿を引き背面飛行のまま急降下に移る。途中でロールを打ち180°反転、通常の急降下の態勢に。戦闘機以外では機敏な機動性を要求される急降下爆撃機にしかできない機動である。
敵潜水艦はヘンダーソン機に気付いた様子は全くない。そもそも艦橋のハッチが開いていない。どうやら浮上してすぐの状態らしい。
ロケットを発射する直前、ハッチが開いて敵兵が出てきたが、もう遅きに失していた。
それでもヘンダーソンは確実に命中する距離まで発射を踏み止まった。隠忍自重。待って待って、ようやく発射した時にはハッチを開けた敵兵がヘンダーソン機に驚いて艦内に姿を消していた。
そこまで抑えて撃った射弾は当然のように命中した。
2本のロケット弾の炸裂に艦体は断裂し、艦首と艦尾がそれぞれ垂直に近く直立した。それも一瞬のことで、凄まじい勢いで沈むと、後には大量の破片と燃料と思われる油が海面に漂っていた。
これで、輸送船から脱出できず海水の濁流に飲まれた将兵の無念を幾らかでも晴らせた、と思う。




