髀肉の嘆
「馬鹿野郎お前俺はやるぞ!」
帝国海軍軽空母ポラリスの格納甲板内でヘンダーソンは整備員と盛大に言い争っていた。今や言い争うの次元を超えて、全力の殴り合いに発展しそうなほどだった。
きっかけはヘンダーソンが対潜哨戒時に爆弾を搭載していくと主張したことだった。もちろん前回の対潜哨戒時に友軍艦爆隊が過早に投弾して全弾外した醜態を受けての発言だ。
だが整備員、そして整備長は規則を理由に無理だと言った。それにそんなことをしては航続距離が減り、任務を達成できないだろう、と。
「うるせぇ!正規の手順でも達成できなかったじゃねぇか!」
規則と任務の達成を理由に拒否する整備長と、前回の経験を理由に主張するヘンダーソン。両者の主張は完全に平行線となって、相棒のポートはヘンダーソンが殴りかからないよう後ろからはがいじめにして抑えていた。
「何の騒ぎだ!」
大声の一喝。現れたのはポラリスの艦載機全てを束ねる飛行隊長のオリオン中佐。
気付けば相当の規模になっていた野次馬が事の次第を説明する。
そうかそうかと頷いた中佐はそれならばと折衷案を出した。82ミリロケット弾2発の搭載である。
爆弾では重すぎる。しかしロケット弾なら哨戒任務に影響するほどの影響は無いだろうという考えに基づいた措置だった。
ちなみにヘンダーソンの乗機の急降下爆撃機『ドーントレス』は最大で82ミリロケット弾を6発搭載できるから三分の一の搭載になる。
そうしてヘンダーソンはロケット弾2発を吊り下げて輸送船団の哨戒に当たっていた。
船団は帝国で最大の石油の産地であるスリン島へ増援の戦力一個師団一万人強とその装備を積載した6隻の船団。これを駆逐艦2隻が寄り添って護衛し、ヘンダーソンの母艦の軽空母ポラリスの対潜グループ(軽空母一、軽巡洋艦一、駆逐艦四)が上空に傘をかける形で間接的に援護する。
正直に言えばヘンダーソンにとっては退屈な任務だった。元々ヘンダーソンは、正に決戦の場で空母や戦艦といった大物に急降下爆撃を加えることを夢見て急降下爆撃機乗りになったのだ。
教育部隊を最優秀で卒業し、晴れて大型の正規空母に配属かと思ったら配属された先は後方で対潜哨戒やその他軽任務に使用される軽空母。
その不満、ロケット弾に制限された不満を晴らすべく、ヘンダーソンは船団上空で派手な機動をした。縦旋回、バレルロールといった基本的な戦闘機動から果てには片翼を失速させて水平に旋回しながら落ちていくフラットスピンまでした。海面スレスレで飛び船と船の間を通過し、最後には一番デカい輸送船相手に実際の急降下爆撃と同じ要領で急降下もした。
思いのままの機動と船団将兵からの拍手喝采で多少気を晴らしたヘンダーソンは船団の往路へ向かった。船団の針路20〜30キロメートル先で対潜哨戒に従事するのだ。
当該地点へ向かう途中、対潜哨戒を終え帰投する僚機とすれ違った。見れば先日手負いの敵潜水艦の機関砲の射撃に日和って過早に投弾、外した機だった。マヌケめ!と中指を立ててやった。
哨戒地点に達するとジグザグに飛んで哨戒する。たとえ敵潜を発見できなくとも、敵潜に潜航を強要できれば船団護衛という任務を達成できるからだ。
この時代の潜水艦は水上航行時にバッテリーに充電し、潜航時はバッテリーでエンジンを回す。そのため潜航時の速力は半減する。
一例を挙げれば帝国軍の敵である国防軍の潜水艦の水上速力が17ノット(約31km/h)に対して水中速力7ノット(約12km/h)。水中では速力は半分以下になる。
こうなると潜水艦は船団を追跡できなくなるし、魚雷発射に最適な地点に占位することも著しく困難になる。
このように、物理的に潜水艦を排除しなくとも、潜航を強要することで敵潜水艦の任務の達成を妨害できる。ミッションキルとも言う。
この哨戒飛行を2時間ほど交代の機がやってくるまで行う。意義ややりがいというのを感じないではないヘンダーソンだったが、やはり元々艦体決戦に身を投じることを夢見ていただけに退屈という感情は隠し切れなかった。
雲量は3。千切ったような雲が点々とあるていど。雲高は2,000メートル。
ヘンダーソンは高度を下げ海面を精査したり、あるいは高度を上げ広範囲を索敵したりして哨戒飛行に従事した。




