決死行
02:00(午前2時)に起床したヘンダーソン以下航空機搭乗員はソード少佐を前に緊張の面持ちで整列していた。
「以上、諸々を鑑みるに敵空母は健在であるとの結論に達した」
全員が虚脱状態に陥った。
あれほどの激烈極まりない弾幕を、決死の武勇で潜り抜けた末の戦果が誤認だとは。
上級者の戦死により、搭乗員では最先任となったソード少佐がよくわかると頷いた。
その上で敵空母攻撃に向かう搭乗員の名前を粛々と読み上げる。
今や消耗に次ぐ消耗により、航空機より搭乗員の方が多くなっていた。
「搭乗員は次の通り」
ヘンダーソンもその中にいた。
自分の名前が読み上げられた時、どうしようもなく嬉しかった。
自分より戦歴の長い搭乗員もいる中で選ばれたということは、それだけ自分の実力が認められたということだからだ。
同時に、いよいよ俺も死ぬのか、と無常の気持ちが湧いてきた。
02:30より搭乗員作戦室でブリーフィング開始。
ブリーフィングは最初から殺気立っていた。というのも、全員帰れないものと覚悟していたからである。
この攻撃で敵空母に損害を与えられれば艦隊はウォルマス海軍基地の航空機の掩護を受けられる位置まで逃げられる。
逆に失敗すれば、ウォルマスまでの2日、艦隊は航空機の掩護無しに敵艦載機の猛襲を受ける。大半が沈むだろう。
だからこそ、全員もし爆弾を命中させられなければ、自分が愛機諸共爆弾となって敵空母に突入自爆する覚悟だった。
03:00(午前3時)に発艦準備。この頃より天気が荒れ始めた。鈍色の雲が低く垂れ込め、波浪が激しくなり、伴って艦体の動揺も大きくなる。
普通であれば発艦を中止すべき条件ではあるが、
1、天気予報によれば、天候は漸時回復すること
2、敵の練度ならばこの条件でも襲撃してくること
3、元より全滅覚悟であり、天候が回復せず着艦不能となっても問題無いこと
から攻撃に発進することになった。
ソード少佐はブリーフィングの最後に、全員の決意を汲み取って正式に命令した。
『全機急降下爆撃に失敗したならば敵空母に突入自爆すべし』
そして突入自爆の要領についても下達した。
爆撃終了後、一度敵艦隊から離脱、その後高度を取り直し急降下爆撃と同じ要領で再度敵艦体上空に進入、そのまま急降下で突入する。
この際の注意点は2つ。
なるべく敵艦体奥深くに突入できるように可能な限り減速しないこと(つまりエアブレーキを使わない方が好ましい)。
次に、前に挙げたのと同様の理由から60度以上の角度で突入すること。
一度解散してヘンダーソンが1人でいると、ソード少佐がやってきた。
「そういえば話してなかったな」
「はあ、何をです?」
「お前を軽空母に配属した理由だよ」
「な……、教官が?」
ヘンダーソンには信じられないことだった。まさか教官、それもソード少佐が自分の配属先を決めていたなんて。
教官は着陸も簡単な航法も急降下爆撃も、ほとんど全ての訓練で『良くやった』とサムズアップしながらヘンダーソンを褒めたからだ。
まさか冗談でしょうとなお疑念を抱くヘンダーソンに、少佐は間違いはないんだよと静かに首肯した。
「しかし、一体なんだって……」
あんた俺が正規空母への配属を希望してたことは良く知ってたでしょ。そう怒鳴りたい気持ちをグッと堪えた。
いや、堪えなくても、激しい動揺のために怒鳴ることはできなかったろう。
少佐は、まあ落ち着け、理由があるんだと手で制した。
「お前達が卒業する直前くらいに噂が聞こえてきたな。配属先の正規空母が出撃するって噂だ」
噂。ヘンダーソンは少佐のこの言葉を文字通り受け止めなかった。
なぜならヘンダーソンは、少佐は強く広い人間関係を築いていることを知っているから。
そこから得た情報(おそらくは機密事項も含まれる)、推測を隠すために噂とベールをかぶせたのだろう。
「お前が知らないのも無理はないが……。配属されたベンにエリスト、それからブラウンにウィアーは全員戦死したよ」
衝撃的な情報に、ヘンダーソンは言葉も無かった。
何も言えないヘンダーソンを横に少佐は訥々と続ける。
「お前には才能があったからな。いきなり死なれちゃ困るんだ。だから比較的穏当な軽空母に配属したんだ。戦場に慣れてほしくてね。それがまさか、こんなに早く激戦に巻き込まれるとは思ってもみなかったよ」
最後に少佐は、そう苦笑した。
ヘンダーソンは少佐の心遣いに感謝した。
「ヘンダーソン。俺はな、疲れたよ。帝国軍人てやつは口を開けば『お国のために死ぬ』しか言わない。航空機搭乗員てのがどれほどの時間と金と手間をかけて錬成されてるのかまるでわかっちゃいない」
一体1人死ぬたびにどれだけの損失だと思ってるんだ。そう嘆いた少佐はヘンダーソンに一通の封筒を渡した。
「お前には生き残ってもらう。帰艦して戦果報告しろ。それはその命令書だ」
一息区切って少佐は続けた。
「生きて戦い続けろ、ヘンダーソン」
それは戦力維持の観点の他に、1人の人間として死を悼む心からの言葉であるとヘンダーソンには感じられた。
03:30には全員が機上の人となった。
この間、まことに幸運なことに02:00に空母を発艦した哨戒機が暁闇に敵艦体を発見、通報していた。
艦体司令長官が日誌に『これぞまさに天慶。信じられぬほどの僥倖』と大書したほどだった。
04:00発艦開始。
艦戦6機、艦爆6機。
戦闘機も爆装もしくはロケット弾を懸吊していた。もし敵機が現れなければ戦闘機も爆撃に参加するための処置である。
波浪はいよいよその不気味なうねりを増していた。グラリグラリと艦も縦揺れする。
もっとも、風が強いことは発艦には有利なである。
さらに、縦揺れこそひどいが、これまで軽空母に乗ってきたヘンダーソンにとって正規空母の飛行甲板は広く、十分発艦できる自信があった。
艦橋、左右の対空銃座から無数の士官、機銃員、整備員が腕をハチ切れんばかりに帽を振っていた。
ヘンダーソンは艦が前傾したタイミングで発進した。
あらかじめエンジン出力を全開にしておいて、尾輪が浮くほど速度が出た状態で車輪止めを解放。
機体は滑り落ちるように加速していく。
艦がおおよそ水平になったタイミングで飛び出し、無事発艦作業を完遂した。
後続機の発艦を待つため艦体上空を周回していると、戦艦や駆逐艦からも大勢が手や帽子を懸命に振っていた。
彼らは、航空機の掩護無しに受ける空襲がどんなものであるかは良く知っている。だからこそ自分達に託す希望には大なるものがあることは、ヘンダーソンには良く理解できた。
最後の1機が滑走を始めた。
「マズイ」
この機は艦が後傾した、つまり甲板が上り坂になったタイミングで発進してしまった。そのようでは発艦に必要なだけの速力がつかない。
飛行甲板の真ん中あたりでパイロットもそれに気付いたらしい。しかし止まるには遅すぎる。
尾翼や補助翼、フラップをバタバタを動かし足掻いているのが見える。
けれど、その奮闘に意味はなかった。
発艦のための十分な揚力を得られず、艦体全体の注視の中で、その機体は頭から海面に突っ込んでしまった。
そしてそのまま空母の巨体に圧し潰されてしまった。
空母は、機体を押し潰した後ようやく右に転舵した。大急ぎで舵を切り衝突を避けようとはしていたようだが、その巨体ゆえに舵が効き始めるのは遅く、間に合わなかったようだ。
攻撃隊はドーントレスの機数1を減じ、爆装艦戦6機、艦爆5機で敵艦体へと向かった。




