第四章 第6話 真実の絆
衝撃の事実に戸惑う直人だが、
これを美沙に伝えなければいけない。
それはとても大事で必要なこと。
直人は家に戻った。
ミュートのお陰で、出掛けた時から、
ほとんど時間は進んでいなかった。
夜の静寂がしっとりと落ちている。
しかし、直人の心は喧騒で燃えている。
落ち着けという方が無理な心根だ。
美沙が気付き、
「終わったのね。無事という事ね」
と笑顔で言ってくる。
直人は笑顔も作れず、下を向いたまま
「ああ、戻った」
とだけ言う。
美沙は、元気のない直人の様子に怪訝な表情を浮かべた。
「どうしたの?何かあったの?」
と心配そうに聞いてくる。
直人は寝室で寝ているひなを見に行く。
まおうぬいぐるみを抱いて、すやすやと寝ている。
愛おしい。
頬を撫でて、その幼い肌の感触を自分の手の感覚の中に残す。
「美沙、ちょっと座ってくれ」
「何、あらたまって」
リビングのソファに掛ける。
「美沙、今から話す事は、とても正気の話じゃない。
受け入れられないと思う。
しかし、話す」
その真剣な表情に、美沙も顔を曇らす。
直人は美沙を見つめたまま暫く無言のままだ。
逡巡しているのがわかる。
「話して。聞くわ」
直人は黙って頷き、意を決して話し始める。
「ひなだ」
「ひながどうしたの?」
「最近、よく熱出すだろう。その原因がわかった」
「何?何がいけないの」
美沙が不安そうな顔で聞いてくる。
「ひなの幼稚園に”門”がある事は話した通りだ」
「うん」
「その門は、俺の前任の魔王が死んだ時に出来たそうだ」
「そうなのね」
「その門が開いた時に、偶然ひながそこに居たそうだ」
美沙が驚く。
不安そうに
「それ、どういうこと。ひなに関係あるの」
直人は一拍置く。
「前の魔王のマナ、Lv99のマナをひなが一身に浴びてしまったんだ。
つまり、ひなの身体の中にはLv99のマナがある」
美沙は目を大きく見開く
「どういうことよ!」
語気が荒くなる。
「全くの偶然の出来事だ。
だけど、それは……、
ひなが魔界に引っ張られることを意味してる」
美沙の表情がみるみる変わる。
怒り、混乱、恐怖。
みるみる表情が険しくなる。
「何故よ、何故そんなことになるの!!
そんな事ありえない、許さない、誰よ、そんな事…」
美沙は立ち上がり、厳しい表情で直人を見下ろし、
「直人、知ってたの、何とかしてよ、バカ、どうして、何で…
どうしてひなが、ヤダ、許さない。バカじゃないの。
すぐに何とかしてよ。すぐになんとか…」
美沙は混乱して支離滅裂な言葉が続く。
髪の毛をかきむしり、顔を左右に振る。
「ありえない……そんなの、絶対に駄目……駄目よ……!」
「何とかして、直人、何とかして、何とか…」
直人は立ち上がり、美沙を抱きかかえる。
美沙は涙を流し始める。
驚き、恐怖、怒り、悲しみ、色々な感情がないまぜになり、
小刻みに震えている。
「わかってる。俺も今すぐ叫びたい。
だけど、ひなが起きてしまう。少し座ろう」
直人は美沙を抱きかかえたままソファに二人で座る。
暫く美沙が涙を流し、抱えられたまま直人を叩く。
「バカ……バカ……バカ……」
か細く、絞り出すような声で続く。
美沙の震えを受け止めながら、
直人も天井を向き目を閉じていた。
美沙は直人に顔をうずめながら、涙を流す。
嗚咽が聞こえる。
「ねえ、どうしてなの……どうして……」
か細い声になり呟く。
直人はより強く抱き寄せる。
無言の嗚咽がどれだけ続いたのだろうか。
夜の静寂が永遠の時を刻んでいるようだ。
暫くすると、少し震えが収まってきたようだ。
引き続き抱きしめていると、ある程度は落ち着きが戻って来た。
直人が涙を拭いてあげ、目をしっかりと見る。
すると、
「ごめん、取り乱しちゃったみたい……」
美沙の震えが少し落ち着いてきた。
直人が口を開く。
「俺が、魔王としてLv99になればひなを助け出せる」
「そう…なの?」
美沙は少し落ち着いたようで、腫れた目で直人を見上げる。
「ああ、大丈夫だ。俺がひなを救う」
直人は”可能性”という言葉を省略した。
嘘ではない。
俺がそう決めたんだから。
仮にどんなに確率が低くても、俺はそこに向けて進むしかない。
美沙に余計な心配はかけたくない。
「Lv99ってまだ遠いんでしょう?」
「ああ、俺は今Lv43だ。これからどんどん上げる。
幸いな事に、ミュートしておけば、魔界の時間だけが進むから、
こちらでひなの時間はほとんど進まない。
俺が向こうでLv99への時間を稼げる」
「熱はそのマナが原因だったの?」
「そのようだ。こっちにいるから、マナはあまり暴れないが、
時々幼い身体に悪さをするようだ」
「お薬とか無いの?」
「残念だけど、そういう薬は無いそうだ。
解熱剤のようなこちらの薬で対応するしかない」
美沙は心配そうな表情で聞く。
「幼稚園に門があるからいけないんでしょう?
通園して大丈夫なの?」
「俺も、そこは少し心配したが、門自体より、ひなの問題だそうだ。
ひなをずっと休ませる事も出来ないだろう。
精神的不安定を避けろと言われてもいる。
体調悪い時以外は行かせた方がひなが安定すると思う」
「幼稚園変えようか」
「それも考えたが、今すぐ動かして、
ひなが不安を感じて安定しなくなる時期を作りたくはない」
「それに、ミリアが結界を張ってくれているようだ。
むしろ、幼稚園なら守られているらしい」
美沙は逡巡するが、
「そうね……」
「無理に通わなくていい。体調悪い事を園に相談しよう。
それに、その前に俺が何とかする」
「何とかって…」
二人は手を取り合い、しばらく無言の時間を過ごす。
直人は少し落ち着いた美沙に
「大丈夫だ。俺がひなを守る。
向こうで過ごす時間は長くなるかもしれないが、
極力、こちらのひなの苦しい時間を作らないようにする」
「やっぱりそうなのね。昔は普通だったのに、
最近、ひなが魔王魔王ってよく言うようになってたの
ちゃんと理由があったのね」
「そうかもな」
もう深夜になっていた。
二人で、再びひなの寝顔を見る。
その姿は、天使には例えられても、
”魔王”などという言葉は全く似合わない。
「ひな、俺は絶対に守るぞ」
直人の言葉は、美沙には悲痛な叫びに聞こえた。
(つづく)
目指すゴールが定まった直人。
しかし、道はそう簡単ではない。
設計通りにはいかない茨の道。




