第四章・第5話 真実の重み
降りて来る予感がある直人。
何が?
ミカゲは、応接の対面に座っている。
直人を見ながら、おもむろにソファに寄り掛かる。
手をソファの上に乗せながら、視線を一度外す。
「魔王、佐倉直人殿、これから真実をお話します」
「今さら真実だと?」
ミカゲは視線を直人に戻し、静かに見つめながら口を開く。
「最初にミリアがあなたの前に現れたのは、偶然とお考えですか」
直人は一瞬止まる。
(忘れもしない、その時からこの理不尽が始まったんだから)
「偶然とは」
ミカゲは一息つく。
「あなたは、たまたま巻き込まれて、
ダンジョン管理者になったのでは無いということです」
直人は疑心暗鬼の目つきで
「どういうことだ」
ミカゲは続ける
「この世界では、通常、魔王が亡くなった場合、
そのダンジョンの門が解放されます。
そして、問題はこれからです」
ミカゲは再度直人の目を見る。
「Lv99魔王が亡くなった時には、どこかに新たな門が開かれます。
場所は全くのランダムですが、普通は魔界のどこかに出現します」
「そして、今回、大変珍しいことに、
あなたの前任魔王がLv99で亡くなった際に出現したのが、
現世日本に開いた、あなたのダンジョンの門なのです」
ミカゲは一拍置く。
「しかし、その門は、前魔王の魂が消滅する最後に、
残った力で仮閉門してありました」
「そうなのか」
直人は初めてその因果関係を知り、一瞬驚く。が、
ミカゲの次の言葉が、衝撃の真実を告げる。
「その門が幼稚園に開いた時に、偶然その場にいたのが、
あなたのご息女、ひなちゃんなのです」
直人の目が大きく開かれる。
「……それが何の関係ある」
ミカゲは直人をしっかり見ながら
「門が開いた時に、前魔王Lv99のマナ放出を、ひなちゃんが
一身に受けてしまいました」
直人はゴクリと唾を飲み込む。
「つまり、ご息女、ひなちゃんはLv99のマナを受け、
門が招く”魔王候補”なのです」
「何だと!」
直人は驚き、思わず立ち上がり、ミカゲを睨む。
瞬間、頭に血が上り、怒りの感情がせり出す。
「ふざけるな!」
自分が立っているのか座っているのかさえ分からなかった。
理解が拒絶した。
口を開けたままなのにも気付かなかった。
脂汗が出て来る。
そして、隣に座るミリアに
「知ってたのか…」
ミリアはゆっくり頷く。
「そんな、……馬鹿な……」
それ以上の言葉を出せなかった。
ミカゲは淡々と続ける。
「しかし、ご息女は現世のお子さんです。
そのまま魔界に行っても身体が持たない。
そこで、その時にダンジョン管理者代行であったミリアが、
ひなちゃんの父親であるあなたなら、
お子さんのマナの状況を見ながら判断できますし、
大人なので、マナが無くても”魔界対応可能”な存在と判断したのです」
直人はミリアを見る。
彼女にしては、大人しく話を聞いている。
こちらを見て、笑みを浮かべる。
直人は思考の整理がつかない。
言葉も見つからない。
ミカゲはさらに、
「あなたは、幸いにも、ミリアを模したゲームに馴染みがあり、
ミリアに対して既視感があった。
そこで、ミリアは、ひなちゃんを魔界に近づけないために、
あなたを魔王として育てる道を選んだのです」
「更には、幼稚園で魅了をかけ、皆の目に門を認識できないようにし、
結界を張り、ひなちゃんだけでなく、幼稚園も守ったのです」
直人は身震いをした。
あの日の違和感の正体。
門が見えている恐怖。
ミリア先生への嫌悪。
それら全てに意味があったとは。
「ミリア、そうだったのか」
「はい♡」
ミリアは笑顔だが、いつもより薄い表情だった。
いつもの見上げる目つきだが、
その瞳の奥に宿る真実の光が見えた気がした。
ミリアを責める言葉が見つからない。
ひなを守ってくれた事実が直人を沈黙させた。
ミカゲは更に、
「門が揺れる原因はひなちゃんのマナによるものです。
まだ現世に居るため、マナの成長は抑えられていますが、
Lv99のマナは非常に強力で、出口を求めます。
このままでは、ひなちゃんのマナが、
ミリアの結界を破り門を開けてしまう可能性もあります」
直人は即座に
「やめろ!そんなこと」
と、震える声で言う。
ミカゲは
「こればかりは、普通は止められません。
Lv99のマナはそれほど強力なものです。
将軍たちの存在感をお考え頂ければ理解できるかと」
「ひなちゃんが”まおうごっこ”などの言葉を出すようになったのは
恐らくその頃かと思いますが」
直人は言葉が見つからない。
理性も感情も沸騰している。
確かに、ひなが”まおうごっこ”などと言いはじめたのはその頃だ。
ミリアが現れた日も言っていた……
門。まおうごっこ。熱。虫の影。
ばらばらだった警告が、一つの線になっていく。
ミカゲは
「あなたのマナとも共鳴しているようです。
魔術コントロールや、スキルの際、ひなちゃんの影響が見られます」
直人は天を仰ぐ。
直人は瞬きも忘れ、眼球がひりひりと乾くのを感じる。
何を言うべきかも混乱してまとまらない。
そして、直人は、やっと、絞り出すような声で、
「やめろ……やめてくれ……」
そして、
「ひなを……救う方法は無いのか……」
ミカゲは
「現時点でご提案できるものとしては、一つだけあります」
「教えろ」
「あなたがLv99になる事です。
それだけではありませんが、
今お話できるのはそれです」
「何だと?」
ミカゲは直人をじっと見る。
「Lv99のマナは非常に強力です。
普通は手を付けられません」
「しかし、あなたがLv99になれば、同族間のマナの吸収又は移設が
出来る可能性があります」
「但し、これは可能であったとしても、双方大きなリスクが伴います。
今までに行った者はいませんので、結果の予測が難しいです」
「それでひなは助かるのか?」
直人の縋るような問いかけに、
「確かにお救いできる可能性はありますが、
過去の同様な事例がございませんので、
全てが順調にいけばという仮定でしかございません」
「何故…、もっと早く…教えなかった」
直人はミカゲを睨む。
「早くにお知らせしたら、あなたは急いでLvを上げたでしょう。
まだ奥様にもお話していない段階で、ご家庭に影響はあったでしょう。
急激なLvアップの反動は、あなた自身がお分かりのはずです」
直人は怒りが静まらない。
「俺が壊れることより、ひなの方が大事だ」
ミカゲは黙って頷き、
「あなたの状態を考えての事でしたが、
私の判断で、お知らせを遅くしたことは、
心よりお詫びいたします」
直人は唇を噛む。
いくら考えても、”その先”が見えない。
絞り出すような声で、
「俺がLv99になればいいんだな」
「はい。それが入口に立てる最低条件です」
「それと、ミリアは、当然この件を知っています。
あなたのLvを上げさせようとしていた理由の一端がそこにあります」
「ひなちゃんを救う目的も含め、あなたを魔界で導きました」
直人は色々な事が頭の中を巡る。
最初に画面から現れた時の驚き。
魔界仕様の説明の曖昧さ。
Lv上げを要求し続けた事。
今になれば、パズルのピースが合っていく。
ミカゲは一息ついて、
「但し、あなたは現世の人間です。
Lvを上げて頂く為に、記憶の欠損と戦わねばならなかった。
そこは私が、特上素材で支援させて頂いています」
「そこは理解している」
「そして、現世の魔王は、ユニークスキルを持つ事がある。
あなたの”バグ”がまさにそれです」
「ああ、訳わからん嫌なスキルだけどな」
「その、あなたのようなロジックを持つ人間だからこそのそれは、
今度は魔界の我々が欲しい能力です」
「何のために?」
「そこは今回のひなちゃんの件とは関係ありませんので
時期が来たらお話いたします」
魔界の都合など、今はどうでもいい。
それよりも、ひなだ。
助けなければ。
「ひなが熱を出すのも、それか」
「はい。現世にいますので、マナは暴れませんが、
時々悪さをします。
幼い身体への負担はあるかと思います」
「ひなが耐えられる時間的猶予はどのくらいだ」
「はっきりお答えするのは難しいです。
しかし、季節がいくつも巡るほどの猶予はない、と思ってください」
直人はミカゲの目を鋭く見る。
「間に合わない……場合は……」
ミカゲは視線を逸らす。
「マナの暴走……。
身体も精神も魔界に引かれ、戻れなくなる可能性があります」
そんなばかな。
(ひなが……ひなが……)
胸の奥で重たい石が落ちる感覚を覚える。
明るい食卓。ひなの笑顔。天使の寝顔。
全てが崩れてしまうのか…。
美沙に何て言えば。
色々な事が頭を駆け巡る。
直人は絞り出すような声で問う
「もう一度聞く。俺が…Lv99になれば…いいんだな…」
「はい。それが最低条件です」
「失敗の可能性は?」
「何とも言えません。前例の無い事なので」
「Lvを早く上げる方法は無いのか」
「まず階層を増やして頂く事、地味ですが確実です。
しかし、こちらは上昇限界があります。
他に、勇者を撃退すると1Lv上がります。
そして、一番効くのは”破り”です。
これは5Lv上がります。
最後に、魔王対戦。勝てば3Lv上がります。
魔王対戦は任意でも組めます」
「だから、対戦があったり、破りを放置か……」
「はい。目的は他にもありますが……」
「もう一つ。今のひなに与える”鎮静剤”のようなものはないのか」
「そういう特効薬はありません。現世のお薬での対処療法でしょう。
それと、もう一つ。精神の不安定があると、マナが暴れます。
落ち着いた精神状態が推奨されます」
ミカゲは、一拍おいて、
「ただ、前例は無いのですが、他に何か策があるかは探ってみます」
直人は頭を抱えて暫く何も言えなかった。
理性の薄氷を踏む思いだ。
走馬灯のように色々な場面が浮かんでは消えていく。
全てがひなの顔だ。
生まれてからこれまでの、”幸せ”な日々。
それが今崩れようとしている。
駄目だ、絶対に駄目だ。
何としても守る。
俺が守る。
ミリアがいつになく落とした声で
「魔王さま、Lv上げましょう♡」
「そう……だな……」
今までのミリアの笑顔の意味を理解できた気がした。
復活ペナルティが何だ。記憶が何だ。
魔王対戦の痛みも残り、Lv上げの怖さもあるが、
大切なものには代えられない。
もう待ってなどいられない。
直人は、Lv99まで全力で進む道を見据えた。
「待っててくれ、ひな。俺が助ける」
(つづく)
遂に重大な真実を知った直人。
今までの思惑とは反し、見据えるものが変わる。




