第三章 第26話 用心棒ドラゴニュート
アビス将軍との面談で色々聞かされた直人。
考える事は色々あるが、優先はダンジョン防衛。
将軍派遣の用心棒が到着する。
昨日もひなの熱が出た。
ここのところ、熱を出す日が増えた気がする。
一度、小児科で診てもらうか。
熱が下がったひなは園に行きたがった。
美沙と一緒にひなが出かけた後、玉座の間へ。
魔鉱石が届いて、自動迷宮化した。
B20まで進んで、戦えるボスも整えた。
——それでも直人の胃は、軽くならなかった。
抜かれる時は抜かれる。
直人はUIを開く。
ログは最小でいい。今は“現実”の方が重い。
【現場】階層:B20
【防衛】自動迷宮化:有効(破り専用)
【資材】魔鉱石消費:高(破り時のみ)
背後でミリアがにこにこする。
「魔王さま♡ 設計上手♡」
直人は返さない。返したら泣きたくなる。
その時、UIが短く点滅した。
【通知】来訪者
【注意】危険度高
直人は息を止めた。
(何だ――破りか?)
続けてUI表示
【確認】将軍ID持参。非敵認定。
【推測】支援者
【解除】玉座の間への転移鍵発行
(そうか、アビスの“派遣”のやつだな)
空気が変わる。
ホールの入口に「圧」が来る。
そこから現れたのは、長身の影だった。
鱗。角。尾。翼。
剣でも槍でもなく、存在そのものが武装みたいな体。
炎を出していないのに、焼かれそうに熱い。
しかし、目が冷たい。
目線だけで射抜かれるようだ。
ミリアが涼しい顔で言う。
「ドラゴニュートさんです♡」
直人は喉を鳴らす。
(ドラゴン面接を思い出すな。胃が痛い)
ドラゴニュートは片膝をついた。
「ダリオンと申します」
礼儀は正しい。正しいのに圧がある。
最初のドラゴンとは大違いだ。
「アビス将軍より命を受けた。用心棒として派遣された」
声が低い。余計な単語がない。
直人は気圧されながらも
「助かる。条件を確認する」
ダリオンは頷いた。
「望む」
直人は短く三つ。
「第一、破りを止めろ。殺すかどうかは俺が決める」
「第二、門と現世に触るな」
「第三、配下は道具じゃない。現場で折るな」
ダリオンは一拍置いて言った。
「了解」
短い。即答。
しかし、ダリオンがわずかに動いただけで
玉座の間の空気が鳴った。
直人は唾をゴクリと飲み込む。
(凄い圧だ)
ミリアがにこにこする。
「採用♡」
直人は首を振る。
「契約だ。破り来訪の際、B11に来い。
最後の壁になることを期待する」
ダリオンは目を伏せた。
「命令、承知した」
UIに登録する。
【契約】用心棒(外部派遣)
【指揮】魔王
【指示系統】現場連携:デーモンロード
シズクが一歩だけ前に出る。
「魔王様。彼の存在はどんな剣よりも鋭利です」
アコニットも珍しく
「あの圧に近づくのは無理です」
直人は二人の言葉に、少しだけ救われた。
ダリオンが淡々と言う。
「B20はまだ浅い」
「深いダンジョンは“狙いにくい”。浅いダンジョンは“抜きやすい”」
直人の胃が冷える。
「……分かってる。だからB30を設計する」
用心棒の加勢は、盾になる。
しかし、盾は割れる場合がある。
割れたときの壁が必要だ。
今の深さだけでは壁が薄い。
シュレの報告にあったようにB50が魔界推奨基準。
協会がLvアップにうるさい理由も、同じ線上にある。
「魔王自身も強くなる必要がある」
ダリオンが言い切った。
言い切りが、現実の上司より痛い。
直人は言い返せない。
「……分かってる。だから上げる」
ミリアが肩を揺らす。
「魔王さま♡ 決意♡」
直人は返さない。
決意だけで済むなら苦労はない。
そして訓練部屋。
シズクが、
「魔王様。スキルコントロール訓練続けます」
直人は頷く。
「最強の評価もらっても、これ嫌すぎる」
「同意します」
エーデルが結界を張る。
外へ漏れない枠。
アコニットが影に溶ける。
いつの間にか背後。
心臓が跳ねるが、前より“跳ね方”が浅い。
直人は“虫の影”を一瞬だけ思い浮かべ、
(払うんじゃない、当てる)
——空気がズレる。
壁が一枚だけ、雑に増える。
迷路にもならない。
だが視線が一瞬遅れる。
これが破り相手なら、視線の遅れで抜かれる。
直人は舌打ちを飲み込んだ。
(また誤爆)
直人はUIの提案を見る。
【提案】差分解除
【追跡】BUG-26
【対応】暫定隔離のみ
コマンドを入れる。
壁がストンと戻る。
エーデルがため息を吐く。
「……それ、ほんと嫌です」
アコニットが淡々と。
「でも、止めるの早くなりました」
シズクが短く言う。
「前より、ましです」
直人は頷く。
「ましで十分だ。現場は完璧じゃない」
どうやら隔離は早くなったようだ。
「修復が先に上達する。俺らしいな」
直人は自嘲する。
しかし、また、アコニットに背後を取られた。
また、負けて勝つ。
(実戦じゃ、死んでたな)
訓練を見ていたダリオンが、入口で静かに言った。
「それが武器なら、練度を積め」
直人は頷いた。
「わかった」
現実に戻る前、直人は一度だけUIを見る。
B20。自動迷宮化。魔鉱石残量。協会からの未読通知。
そして、”破り再来兆候警告”。
全部が一本の線に繋がっている気がした。
嫌でも、目を逸らせない。
直人はミリアを見ずに言った。
「次はB30までの設計に入る。破りと協会。両対応だ」
ミリアが嬉しそうに囁く。
「魔王さま♡前進素敵♡」
直人は小さく息を吐いた。
「帰る」
「いってらっしゃい♡」
(こちらが俺のホームと言いたいのか?)
直人は押した。
【現世】。
帰る場所がある。
守るべき場所がある。
そのために、現場を回すしかない。
現実側。
その日の午後、妻からLINEが入った。
【美沙】ひな、また熱っぽい。37.7度。
【美沙】最近多いね…病院行く?
直人の胸が沈んだ。
またか。
確実にひなが熱を出す頻度が増えている。
偶然かもしれない。
だが偶然は、続くほど意味がある。
直人は短く返した。
【直人】迎え行く。病院も行こう。
【直人】ポカリ買って帰る。
送信した瞬間、嫌な予感がする。
(偶然……だよな)
ひなを病院に連れて行く。
「風邪気味ですね」といつもの薬。
夜。
ひなは解熱剤で何とか落ち着いた。
美沙の顔は疲れている。
直人は言い訳を飲み込んで、ただ洗い物を代わる。
ひなが寝たあと、美沙が小さく言った。
「……向こう、今日は行く?」
直人は一拍置いて答えた。
「行く。でもひなが優先」
美沙は頷く。
「無理しないで」
直人は頷いた。
無理をしないと終わる。
無理をすると壊れる。
その狭間が、もう日常になっていた。
(つづく)
ダリオンという盾を得て、
ダンジョン防衛は一応形にはなった。
しかし、不安要素は現実にもある。ひなだ。
堅実、魔界双方での懸念事項を抱えたまま直人は進む。




