第三章 第25話 アビス再訪
破り対策で一つまだ未完のもの。
用心棒。
アビスへの依頼の為、将軍御所に向かう。
朝方、家族との時間を過ごした直人は、
新たな記憶欠けのようなものは見つからなかった。
本当に欠けて無いのかは正直わからないが……
ひなと美沙が笑顔で出かけるのを見送った後、
直人は玉座の間に向かう。
今日はアビス将軍への訪問だ。
魔鉱石の礼は、今の直人にとって“儀礼”じゃない。
命綱の更新だ。
自動迷宮化を実装した。
破りが「また来る」と言った時点で、必ず来る。
直人は玉座の間で一度だけ息を吐き、ミリアを見ずに言った。
「……行くぞ」
ミリアがにこにこする。
「はい♡」
転移陣の紋様が光を増す。
目を閉じろ、と言われる前に閉じる。
もう“手順”通り動く事に慣れた。
床が呼吸する。
空気が剥がれ、匂いが変わる。
そして——空間が消える。
次の瞬間、足元に岩盤。
湿り気のない地下。
音が遠く、視線が刺さる場所。
「……また来たな」
口の中だけで呟いた瞬間、背筋が冷えた。
ここは向こう側の世界。
スケールが違う。
アビス将軍の御所。
兵が立っている。
屈強な魔人だ。
俺はこいつに勝てないのが一瞬でわかる
統率された武装と、統治の空気。
「魔王さまです♡」
ミリアがいつもの笑顔で通す。
直人は小声で言う。
「名乗りはいいのか」
「もう名乗ってます♡」
「そういう話じゃない」
道が開く。
「将軍がお待ちだ」
広いホール。
岩で作った壇。
その上に、アビスがいた。
ただ座っているだけで、空気が“整列”する。
デーモンロードの圧とも違う。
これは統治の圧だ。
直人は頭を下げた。
「魔王、佐倉直人。再び参りました」
将軍の声が落ちる。
「異界の魔王か」
「はい」
「要件は」
直人は結論から入る。
「魔鉱石支援、感謝する。——礼に来た」
「それと、追加で依頼がある。用心棒が欲しい」
将軍は一拍置く。
沈黙が支配する。
沈黙に仕事をさせる。
「用心棒とは」
「破り対策だ。自動迷宮化は実装した。だがまだ弱い」
直人は短く続けた。
「現場を止める“手だて”が欲しい」
将軍の視線が直人を貫く。
「ただの支援は無いと言ったが」
直人は受ける。
「守るためだ。条件を」
そのときだった。
ホールの横から、影が一つ前に出た。
小柄。
銀に見える髪。
ミリスだ。
軽い足音。軽い笑い。
軽いのに、背筋が冷える。
「また来たんだ、異界の魔王」
前に見た“銀の影”だ。
「ミリス」
ミリアの声が落ちた。
温度がない。
(やはりミリアと似ているな)
ミリスはにこにこしながら直人に寄る。距離が近い。
「用心棒? 私がついてあげよっか」
直人の胃が痛い。
(またこれだ。現実でも一番面倒な“軽さ”だ)
ミリアが一歩前に出る。
「離れなさい」
ミリスが笑う。
「嫉妬?」
「違う。前と同じにしない」
「嫉妬だ♡」
直人が口を開く前に、将軍が一度だけ咳払いをした。
空気が凍る。
ミリアもミリスも、黙る。
怖い。統治の圧は怖い。
将軍は直人を見る。
「話を戻す。礼は受けた」
直人は頷く。
「はい」
将軍は続ける。
「用心棒は出せる。ただし条件がある」
「何を」
「一つ。破りの情報を共有しろ。戦い方、痕跡、来訪周期」
直人は即答した。
「承知した。こちらも欲しい」
「二つ。お前の所の“深さ”を増やせ」
直人の胃が冷える。
直人は一拍置く。
「B20にした」
「足りぬ」
短い。冷たい。
直人の背中に冷たい汗が浮く。
B20にしたばかりなのに。
(もっと上げろ=もっと削れ、に聞こえる)
直人は歯を食いしばり、別の聞き方をする。
「……なぜそこまで深さが必要なんだ」
将軍は初めて、少しだけ目を細めた。
「破りだけではない」
直人の喉が鳴る。
(勇者か。協会か。……それとも)
「魔王同士もだ」
将軍の声が落ちる。
「一定以上で、“対戦”が組まれる」
直人は一瞬、言葉が出なかった。
「……魔王同士」
「避けられぬ。勝てば成長する。負ければやり直す。ルールだ」
直人は驚き問う。
「やり直す……とは?」
「なに、少しの回り道よ。
ただ、異界の魔王には制裁に近いかもしれんがな」
「制裁……」
(だから協会はレベルに拘る。だから“規定”がある)
将軍が最後に言った。
「三つ。協会の報告を怠るな」
(そこに繋げるのか)
「了解した。運用……ではなく、実行する」
アビスは目を細める。
「……確実にな」
納得感が刺さる。
同時に違和感も刺さる。
(誰がルールを作った? 誰が“組む”?)
直人が口を開く前に、将軍が淡々と続けた。
「そして——その先がある」
直人の背中が冷える。
「先?」
将軍は答えない。
答えないまま、視線だけで“先”を示すような感覚があった。
先は岩盤だ。
なのに、直人は“先”を見た気がした。
(……まただ。世界が広がる匂い)
直人の頭の片隅で、シズクの独白が蘇り、まだ先があることを思い出す。
前魔王。Lv99。最後の戦い。
点と点が繋がりそうで、繋がらない。
将軍が言う。
「用心棒の件は手配する。だが条件は守れ」
「承知した」
「お前の配下も守れ」
直人は目を細める。
「……配下?」
将軍は短く言う。
「現場は道具ではない」
直人は一拍置き、頷いた。
(この言葉だけは、現実に近い)
そして、将軍が遠くを見るような目をする。
「前の魔王とは、古い」
直人の喉が鳴る。
「……前魔王」
「良い奴だった。強かった。
しかし、届かなかった」
うなだれた表情になったかと思えば、
再びニヤリと笑みを浮かべる。
「それと、お前のところにデーモンロードが居るだろ」
「ああ」
「奴は、俺が送った」
直人は言葉が喉に詰まる。
思考が追い付かない。
「どう……いう……ことだ」
「お前が使えん奴なら、ダンジョン乗っ取って来いと命じた」
直人は適当な言葉を探すが、目を大きく見開くしかできない。
「しかし、どうやら、お前は使える奴のようだ」
と、アビスは豪快に笑う。
直人の中に、違和感と納得が同時に来た。
デーモンロードが素直に部下になった件。
自分がここにいる理由。
協会が急かす理由。
色々なことが頭を駆け巡る。
(まさか、破りも?)
隣でミリアがニコニコしながらこちらを見ている。
全部の話が一本に繋がりそうで、まだ繋がらない。
繋がらないから恐ろしい。
話が終わった瞬間、ミリスがまた近づいてきた。
懲りない。
「ねえ、異界の魔王。今度は一緒に行ってもいい?」
ウインクまで付ける。
胃が痛い。
ミリアの声が低い。
「くどい」
ミリスが笑う。
「好きにしていい?♡」
ミリアが珍しく露骨に不機嫌になる。
「戻りなさい。また間違いを」
瞬間、気のせいか。ミリアの影が揺らいだ気がした。
直人は口を開かない。
開くと余計な単語が出る。
余計な単語で世界が曲がる。
将軍が淡々と告げる。
「ミリス。遊ぶな」
「はーい」
返事が軽い。
軽いのに、背筋が冷える軽さだ。
転移陣へ戻される。
戻されるという表現が一番正しい。
自分で歩いているのに、意思がついていかない。
玉座の間に戻った瞬間、直人は椅子に沈んだ。
胃が痛い。頭が痛い。
ミリアが何事もなかったようににこにこする。
「お疲れさま♡」
直人は目を閉じたまま言った。
「知ってたのか」
「魔王さま♡ 少しお勉強♡」
ミリアはニコニコ顔のままだ。
UIでデーモンロードを呼び出す。
玉座の間に入って来るが、
近づくだけで影までが圧縮されそうだ。
「何だ魔王」
「聞いたぞ」
「何を、そうか、アビスに会ったか」
「お前の忠誠は仮か?」
「そう見えるか」
デーモンロードは表情一つ変えずに直人を目で射抜く。
直人は一瞬言葉が詰まる。
「イヤ、余計な事を聞いた。――これからも頼む」
「魔王の統治がある限りはな」
デーモンロードの影が消える。
直人は目を閉じた。
家族の顔が浮かぶ。
門の揺らぎが浮かぶ。
ミリスの軽い笑いが、なぜか最後に残る。
それでも直人は立ち上がった。
ミリアは笑顔で立っている。
縋る事を求めるんじゃない。
俺がここに立つ。
それが目的なんだ。
直人はそう判断を入れ、玉座の間を後にした。
(つづく)
デーモンロードの来歴に驚く直人。
しかし、用心棒の手配に目途がつき、
成果は手ごたえを感じている。
次回、いよいよ用心棒が。




