第三章 第20話 増員
B15になり、管理の手も増える。
シズク一人では限界となり、スタッフの増員が急務に。
B15まで増えて、直人は初めて分かった。
深さが増してきて、現場の量が増えている。
入口層(B1〜B5)は“嫌すぎる花壇”みたいな再生ボスで固めた。
B6以降は既存の迷宮とボスをスライドして、厚みを作った。
破り対策の自動迷宮化は、まだB1だけだ。
協会の条件は相変わらず曖昧で、メールは増える。
バグは最強になるのかもしれないが、嫌すぎる。
そして何より――
現場が広すぎる。
直人は玉座に座り、杖のUIを開いた。
【現場】階層:B15
【入口層】再生ボス:稼働中
【自動迷宮】B1のみ:稼働待機
【管理】負荷:増大中
直人は息を吐いた。
「……手が足りない」
ミリアが隣でにこにこする。
「魔王さま♡経営♡」
直人は頷くだけで返した。
そこへシズクが現れる。
珍しく手ぶらだ。背中の長剣はあるが。
「魔王様」
直人は顔を上げる。
「補充が必要か」
シズクは即答した。
「はい」
「候補はいるか」
「戦えるメイドがいます」
直人は一拍止まる。
また、戦えるメイド。
この世界は便利に狂っている。
シズクは淡々と続けた。
「破り対策は“現場対応”が要です」
直人は頷く。
シズクは続ける。
「害をなす者は、また来ます」
言い切りが怖い。
「以前、私の現場にいた二名を呼べます」
「能力は」
「エーデル。魔法担当」
「アコニット。偵察・暗殺担当」
直人は確認する。
「暗殺?」
シズクは一拍も置かずに言う。
「害悪相手に“殺意を見せる”必要があります」
直人は頷く。
ミリアが肩を揺らして笑う。
「魔王さま♡ メイドハーレム♡」
直人は目で叱る。
「呼んでくれ」
直人が言うと、シズクは短く頷いた。
「承知しました」
玉座の間に、二人が来た。
来た瞬間に、空気の質が変わった。
エーデルは静かな炎みたいな目をしている。
華奢なのに、立ち方が“術を出す者”。
そして杖を持っている。良く見る魔法の杖。
アコニットは影そのものみたいに薄い。
そこにいるのに、目が滑る。
視線を置けない。
直人は立ち上がらない。
「要件は三つ」
直人は短く言う。
「第一、シズク補助の現場対応」
「第二、有事対応」
「第三、訓練相手」
エーデルが一礼した。
「承知しました、魔王様」
アコニットは笑わないまま頷く。
「命とあれば、いつでも消します」
直人はすぐ言い換える。
「消すな。追い返せ。ここのルールだ」
アコニットの口角がわずかに動いた。
「承知。追い返します」
ミリアが小声で囁く。
「魔王さま♡ 面接短い♡」
直人は頷く。
「シズクが認めている。それ以上の要件はない」
シズクが淡々と確認する。
「採用でよろしいですか」
直人は即答した。
「採用。現場はシズクの指揮系統で」
シズクが頷く。
「了解しました」
二人は礼をし、下がる。
杖のUIが点灯する。
【雇用:戦闘メイド】
エーデル / アコニット
権限:現場(中)
有事:守護転用
その日のうちに、訓練部屋。
シズクが言う。
「本日は、二名も参加します」
エーデルが軽く手を振った。
「魔王様、よろしく」
アコニットは気配だけで返事をした気がする。
「……」
直人は深呼吸を一つだけして、頭の引き出しを閉める。
「バグの誤爆を抑える」
直人が言うと、エーデルが首を傾げた。
「“バグ”って何?」
ミリアが嬉しそうに答える。
「嫌すぎるスキル♡」
直人はミリアを見ない。
「……説明は後。まず試す」
シズクが合図した。
「開始」
エーデルが小さく指を鳴らした。
早速結界だ。
訓練用に“外へ漏れない”枠を張る。
直人は内心で評価する。
(仕事が早い)
アコニットは、いつの間にか直人の背後にいた。
背後に“いたことに”気づいた瞬間、心臓が跳ねる。
足跡のログを残さない。これもハッカー並みの能力か。
肝を冷やし、一瞬横に跳ねると、バグが嫌な顔を出した。
——空気がズレた。
UIが赤く点滅する。
【異常】バグ:誤適用
【追跡】BUG-20
【影響】低
直人は歯を食いしばる。
(来た)
次の瞬間、エーデルの防殻が“二重”になった。
影が増えたように見える。
いや、影が“ずれる”。
更には、防殻に揺れが起こり、「隙間」ができる。
エーデルが一歩引いた。
「……何これ」
シズクが止まる。
「魔王さま、今は誤爆です」
直人は低い声で言う。
「わかるのか」
「現状分析です」
便利な言葉だ。腹が立つほど便利だ。
直人はUIの提案を見る。三行だけでいい。
【発動】バグ
【結果】誤動作
【影響】結界術式
まただ。
直人はデバッグ入力する。
【提案】差分解除
【追跡】BUG-20
【回復】不可(隔離のみ)
直人は押した。
エーデルの魔術が、ストンと“一つ”に戻る。
エーデルは、何事もなかったように言った。
「……面白いです」
直人は息を吐いた。
「面白がるな。事故だ」
エーデルが静かに笑う。
「魔王様、止めるのは上手いですね」
直人は否定しない。
「止められるが、回復はすぐにできん」
シズクが直人を見る。
無言で。
その視線が「調子に乗るな」と言っている。
直人は頷く。
分かっている。調子に乗ると、またズレる。
訓練は続く。
エーデルの魔法は“制圧”じゃなく“制御”だ。
アコニットも“殺意”を持ちながら、制御する。
シズクだけはいつも通り容赦がない。
そして直人は、ほんの少しだけ気づく。
(これで現場が回る)
人が増えると、心が少しだけ息をする。
現実に戻る。
夕食後、美沙が洗い物をしながら言う。
「……向こう、どう?」
直人は“事実だけ”言った。
「……メイドが二人増えた」
美沙の手が止まった。
「……え?」
「現場が広くなった。シズク一人じゃ回らない」
美沙はこっちを見ないまま言う。
「メイド……若い?」
直人は答える。
「……多分」
美沙の目が冷えている。
沈黙。
洗い物の音だけが残る。
美沙が低い声で言った。
「……直人、今日は楽しそうじゃない」
直人はすぐ答えられない。
答える雰囲気でもない。
でも、
「楽しくない」
直人は言った。否定ではなく、事実だ。
「でも、必要だ。破り対策には必要だ」
美沙の声が少し尖る。珍しく。
「……破りって、あなたを追い詰めてるやつでしょ」
「そう」
「じゃあ、私の敵じゃん」
直人は息を止めた。
美沙が“敵”と言った。
それだけで胸が熱くなる。
美沙は小さく言う。
「……メイドに負けないくらい、私も役に立ちたい」
直人はゆっくり頷く。
「……もう十分だ」
「ずるい」
美沙は小さく笑って、でも目が潤んでいた。
嫉妬だ。
同時に自分が無力と思って自分を責めている。
可愛いとか言ったら地雷だ。直人は飲み込む。
「……ありがとう」
それだけ言った。
その夜、魔界側。
玉座の間に戻ると、シュレがいた。
いつも通り音もなく。尻尾だけ揺らして。
「報告にゃ」
直人は背筋を正す。
「破りか」
「破りだけじゃないにゃ」
シュレの目が、いつもより真面目だ。
直人の胃が冷える。
この猫が真面目な時は、良くない事の前兆だ。
「この大陸最強の勇者が動いてるにゃ」
直人の喉が鳴った。
「……最強の勇者?」
「最強にゃ。噂じゃなくて匂いにゃ」
「どこに」
「こっちの方向にゃ」
シュレの尻尾が揺れた。
「お前、今『大陸』って言ったな」
「そうにゃ」
「ここは大陸なのか?」
「ネブラ大陸にゃ」
(大陸。前、遠くに街があるって言ってたな。
大陸のどこかに魔王協会があると。
アビスもその途中にということか)
シュレに「例の物」を与える。
最近は買いだめして常に準備している。
直人は目を閉じた。
破り。
協会。
ネブラ大陸。
そして最強の勇者。
“よその現場”が、こちらへ歩いてくる。
直人はゆっくり息を吐き、ミリアを見ずに言った。
「……準備を前倒しする」
ミリアが囁く。
「魔王さま♡ 戦争準備♡」
シズクが淡々と告げる。
「魔王様。増員は正解です」
直人は頷いた。
直人は、UIを通してデーモンロードに
「勇者注意報」を送る。
破りとは別軸の脅威。
撤退誘導が効く相手なのか?
玉座の間の影が、少しだけ伸びた。
次の客は、恐らく礼儀正しく来ない。
来たら、現場が壊れる。
見られている違和感もあるが、
何より”試されて”いる感覚の方が強い。
ならば、受けて立とう。
破りとは違う脅威に身震いしながら決意した。
(つづく)
メイド2名が増え、管理運用が回り始める。
バグも有用な事はわかるが、文字通り誤爆が日常。
そんな折、新たな脅威の勇者たちの情報。
新たな体制で迎え撃つ。




