第三章・第18話 消えた迷宮
怪しい巡回が来た後だが、やはり破りが脅威である事に変わりはない。
直人の脳はダンジョンの強化に目が向く。
深夜、ひなの寝顔を見る。
まおうのぬいぐるみを抱いて、天使のような顔で休んでいる。
時々熱は出すが、我が家の平和な幸せを象徴する存在だ。
頬を手で撫でた後、PC前に移り、
美沙に「行ってくる」と言い、ミュートを押す。
玉座の間に戻ると、
音もなく現れたシュレが、尻尾を揺らす。
「報告にゃ」
目がいつもより真面目だ。
「破り」
シュレは短く言った。
「空っぽのダンジョン、消えてたにゃ」
直人の指先が止まる。
「……消えた?」
「塞がってたにゃ。穴が無いにゃ」
「昨日まで“あった”場所が?」
「匂いだけ薄く残って、あとは無いにゃ」
直人は息を一つだけ吐いた。
頭の中で、嫌な連想が走る。
破りは壊す。抜く。
そして――痕跡ごと消す?
直人は確認する。
「誰が塞ぐ」
シュレは肩をすくめる。
「知らにゃい。自然じゃないにゃ」
直人は結論を急がない。
(誰かが“片付けている”)
ミリアが、珍しく軽口を言わない。
シズクの気配が硬い。
直人は判断する。
「破りは動いているか」
シュレが尻尾を揺らす。
「動いてるにゃ」
直人は次を聞く。
「うちの近くか」
「近くはないにゃ。……でも匂いは残ってるにゃ」
直人は頷かない。
「十分だ」
報酬のスティックを与える。
一心にむしゃぶりつく。
(確かに餌付けだな)
今はやるべきことがある。
B10は、もう“深い”とは言えなかった。
深いと思っていたのは、自分だけだった。
直人は、視線を落とし、前回の“現場”を思い出す。
破りは、迷わず解体する。
こちらが「退かせる」前提の設計だと、骨格から持っていかれる。
「“時間稼ぎ”じゃ足りない」
直人は結論を出す。
「人の判断より速く動く仕組みが要る」
ミリアが口の端を上げる。
「リアルタイムシステム♡」
「迷宮化を急ぐ」
ミリアが小さく頷く。
「魔王さま、反撃♡」
そこにシズクが現れる。
無言でうなずく。
直人は確認する。
「届いたのか?」
シズクが答える。
「魔鉱石、採掘班により少し確保しました」
直人の眉が僅かに動く。
魔鉱石がある。
それで仕組みが作れる。
まだ全部は無理だが、入口くらいなら出来そうだ。
直人は判断する。
「やる。緊急時自動迷宮化」
シズクが頷く。
直人は最小限の言葉で指示する。
「発動条件は破り検知。効果は迷宮化と階層閉鎖」
だが、魔鉱石は充分ではない。
差し当たりB1のみ実装する。
シズクが問う
「解除条件は?」
直人は一拍置く。
「俺の承認。UIによる解除。勝手に戻ると事故る」
ミリアが嬉しそうに囁く。
「魔王さま♡ セキュリティ♡」
直人は小さく息を吐いた。
「害虫侵入ガードだ」
設定し終えた瞬間、空気がひとつ震えた。
ミリアが先に口を開く。
「……門♡」
直人は即座に確認する。
UIにワーニングが出ている。
【門】揺らぎ(軽微)
「揺らぎか」
直人は目を細めた。
さっきの「消えた穴」が頭をよぎる。
門の揺らぎが、ただの摩耗ではなくなる。
「何故だ」
ミリアは一拍置いて言う。
「……破り…かも♡」
直人の胃の奥が冷える。
シズクが淡々と付け足す。
「“構造破壊”の影響の可能性があります」
直人は息を吐いた。
(破りに構造を破壊されたのか?)
現実に近づく。
それは、最悪だ。
直人は結論を出す。
「深くする」
ミリアが小さく笑う。
「魔王さま素敵♡」
直人は言い換える。
「到達までの手間を増やす。時間を稼ぐ。門から遠ざける」
そして、覚悟を決める。
覚悟は言葉にすると逃げ道が消える。
それでも言う必要がある時がある。
「B15まで設計する」
ミリアが、少しだけ目を丸くする。
「命がけの背伸び♡」
直人はミリアを見ながら頷く。
そして、直人は先日シュレの報告にあったB50情報が頭に残っていた。
B50級ダンジョンは強いと報告があった。
当分無理だが…
UIで階層を進める。
次でLvも動くかもしれない。
それでも、
「YES」コマンド押下。
迷いなど無い。
「まずはB11だ。B15までの実装は時間が必要だ」
シズクが頷く。
「建設的です」
直人は短く返す。
「現実を削りたくない」
直人は、Lv上げに伴う記憶消去の恐怖がまだある。
特上素材でリスクが減っているという事らしいが、
そうなってみなければわからない。
直人は玉座の間で、階層図を頭の中に広げた。
B15まで。
深さ。距離。迷宮化。再生ボス。撤退誘導。
その全部は、門を守る為だ。
ミリアが横から言う。
「ボス、どうします♡」
直人は一拍置く。
「再生可能で、破りを引っぱるタイプ」
「引っぱる?」
「抜くのに時間がかかる。呪いとか、粘着、増える。そういうの」
候補は、UIで選択してある。
ある程度のラインナップは頭の中にある。
名前だけでも嫌らしい連中だ。
実装は後日。
直人は椅子に深く座り直した。
冷たさが、今日は少しだけ現実に近い。
「シュレ」
直人は言う。
「もう一つ。消えた場所——また見たら、すぐ言え」
「あと、破りの匂いを追え」
シュレが尻尾を揺らす。
「了解にゃ」
報酬のスティックをもう一つ投げる。
シュレが空中で受け取り、むしゃぶりついた。
ミリアが囁く。
「アンテナ♡」
直人は頷く。
「価値はある」
直人は最後に、小さく息を吐いた。
直人は玉座に座り、指を組む。
協会の要求は「規定Lv」
破りは「準備して来る」
アビスは「強くしろ」
世界は「B50が普通」
そして、現実では——ひなが笑っている。
その笑顔を守るために、直人は今日も“設計”を選んだ。
直人は玉座の肘掛けに手を置き、壊さない程度に力を抜いた。
いつまた破りが来るかはわからない。
気は焦るが、着実に進めるしかない。
魔界の理不尽にも多少慣れてきた。
しかし、ひなを脅かす存在は許さない。
直人は誰に言うでもなく言う。
「俺の大事なものは俺の設計と運用で守るんだ」
(つづく)
ダンジョンを拡張する事に舵を切った直人。
階層進めるのは目的だが、記憶欠けの恐怖もまだある。
しかし、後戻りなど出来ない状況。
覚悟と実装の次回へ。




