第三章・第17話 本物の巡回
ユニークスキル「バグ」で混乱した直人、
身内の事案でゴタゴタしている所に、外部の異物が押し寄せます。
玉座の間で、直人はいつもと違う空気を感じた。
ミリアが、珍しく——警戒している。
扉が開いた。
入ってきたのは一人。
背は高くない。上等な外套。指輪が多い。
足音は静かだが、自分の影までも従わせるかのように歩く。
「巡回だ」
胸元の印章か札のようなものが一瞬だけ光る。
名乗りはしない。
そして、見下すように話す。
直人は玉座から立たない。
立たないのは無礼ではなく、線引きだ。
「目的は」
直人は短く聞いた。
男は薄く笑った。
「確認だ。提出が揃っているか。運用が報告通りか」
視線が、部屋を見る。
玉座を見て、壁を見て、直人ではなく値踏みしている。
直人は確認する。
「確認とは」
「まずは上納」
男は当然のように言った。
「それから——」
目が細くなる。
「協力」
直人は一拍置く。
「協力?」
男は、声だけ柔らかくした。
「分かるだろ。期限とか。評価とか。そういうのを都合つける」
直人は、言い返さない。
言い返しても解決しない。
まず分類する。
(これは監査ではない。便宜供与だ)
直人は静かに言う。
「条件を提示してくれ」
男は肩をすくめる。
「協力費だよ。契約や帳簿で記録するものじゃない」
ミリアが笑っていない。
シズクの気配が一段硬い。
ただし刃は抜かない。
ここで抜けば“こちらが悪い”体にされる。
直人は判断する。
この場で拒絶して揉めるのは悪手。
証拠が要る。
直人は淡々と返した。
「今は出せない。必要なら正式な手続きで言ってくれ」
男が笑う。
「正式な手続き?文化の違いだな。異界の魔王は」
直人は表情を変えない。
「俺は異界の堅物だ」
男は小さく舌打ちした。
「まあいい。次の巡回までに考えろ」
そして、去り際に一言だけ落とす。
「あと、提出の“遅れ”が多い。それも含めろ」
——脅しだ。
直人はそれを“感情”では受け取らない。記録だ。
直人は息を一つだけ吐き、ミリアを見ずに言った。
「……あいつ、正規の巡回か」
ミリアが小さく頷く。
「たぶん♡でも“本物”です♡」
直人は内心で整理する。
(本物が腐っている。最悪だ)
直人はベルを取った。
チリン。
音もなく、シュレが現れる。
尻尾が揺れる。目が鋭い。
「呼んだにゃ?」
直人は結論から言う。
「調べろ。今の巡回。名前、評判、金」
「欲張りにゃ」
「優先度は高い」
「報酬はずむにゃ」
直人は一拍置く。
「出す。成果次第で上乗せ」
シュレが満足そうに笑い、消えた。
シズクが淡々と確認する。
「魔王様、今の要求に応じるおつもりは」
直人は頷かない。
「応じない。そのために背任情報を取る」
シズクが頷く。
「妥当です」
ミリアが小さく囁く。
「腐ってますね♡」
直人は黙ってうなずく。
現実に戻る。
戻っただけで、家の空気がやけに温かく感じる。
それが救いだ。
一晩ゆっくり休む。
朝。
今日は休日。
美沙がコーヒーを淹れている。
ひなはテレビの前で、何か踊っている。
“普通”の日常。
直人はしばらく立ったまま、その音を聞いた。
音を聞いている間だけ、自分が保てる。
美沙が振り返る。
「顔、疲れてる」
直人は一拍置いて頷いた。
「……ちょっと、面倒が増えた」
美沙はすぐに責めない。
「面倒?」
直人は、迷った末に言葉を選んだ。
「向こうもこちらと変わらん」
美沙はそれ以上追わない。
追わない優しさが痛い。
直人はひなの昼寝の時間に合わせて
美沙にひなの見守りを任せ、
ミュートを押し、玉座へ戻る。
玉座の間に、封筒のようなものが置かれていた。
ミリアが言う。
「届きました♡ 追加素材♡」
直人は確認する。
「特上?」
シズクが頷く。
「“特上”です。説明書が付属しています」
“説明書”が付いているのが、最悪だった。
【倦怠・発熱の可能性。安静推奨。水分補給。
意識が混濁したら現世へ戻ること。
——回復後何らかのマナ向上が見込めるが、個人差あり】
直人は目を細めた。
「マナ向上…」
シズクは淡々。
「重要です」
既にシズクが調理してあった。
直人は器を見る。
黒い。濃い。光る。動いてる。
前の素材より“圧”がある。
直人は息を吐いた。
これは嫌でも選択肢はない。
「……飲む」
ミリアが嬉しそうに言う。
「魔王さま、覚悟♡」
直人は一気に飲んだ。
——すぐに来た。
熱。倦怠。重い眠気。
立っていられない。
直人は玉座の肘掛けに手を置き、壊さない程度に力を抜いて、ゆっくり座る。
シズクが即座に言う。
「横になりますか」
直人は首を振らず、短く返す。
「現世に戻る。今は、そっちで休む」
ミリアが、珍しく軽口を言わない。
それが逆に怖い。
直人は“現世”へ戻った。
戻って即寝室に向かう。
布団に倒れ込んだ瞬間、体が言う。
無理。
熱が上がる。頭がぼんやりする。
それでも、以前のような“崩れ方”ではない。
混濁より、眠気が来る。
美沙が駆け寄る。
「直人? どうしたの」
直人は、息を整えてから言った。
ここは隠しても仕方がない。
体調不良は隠せない。
「……ちょっと、魔界のパワードリンク飲んだ。
こっちのとは効きが違う」
美沙は水を持ってくる。
額に手を当てる。
「熱ある。病院行く?」
直人は首を振る。
「大丈夫。少し休めば戻る」
根拠はない。
だが今は、言葉を選んでいる余裕がない。
前より混濁はひどくない。それは本当だ。
美沙は布団を掛け直し、隣に座った。
「何があったの」
直人は目を閉じたまま、短く吐き出す。
「……監査みたいなのが来た。まともじゃなかった」
「まともじゃない?」
「要求してきた。金みたいなものを」
美沙が黙る。
黙った後に、静かに言う。
「最低」
直人は、少しだけ救われた。
自分が“おかしい”と思っていいんだと確認できるから。
「俺、上手くやれてるのか分からない」
直人は愚痴をこぼした。
情けない。だが今は出していい。
「向こうも、全部仕事になってきた」
美沙は直人の手を握る。
「……家は仕事じゃないよ」
直人は目を閉じたまま、息を吐いた。
それがどれほど救いか、言葉にできない。
熱が引いたのは、数時間後だった。
病み上がりの体は重い。
でも、頭だけが妙に澄んでいる。
焦りのノイズが一枚、剥がれた感覚。
何を優先すべきかの道が、見える気がする。
美沙に頼んで、コンビニで”例の物”を買ってきてもらった。
「こんなの何にするの?ペットでも飼ったの?」
「そんな感じ。魔界の情報屋が猫だからね。仕事の報酬だ」
「報酬じゃなくて飼育じゃない?」
「そうかもな」
夜になり直人はやっと起き上がり、就寝中のひなを見る。
寝ながら笑っている。
その笑顔が、愛おしい。
直人は小さく呟いた。
「……ひな」
そして、美沙に断り、ミュートを押す。
玉座の間。
シュレが戻ってきて、尻尾を揺らした。
「報告にゃ」
直人は確認する。
「さっきの巡回」
シュレは軽く言う。
「腐ってるにゃ」
「どういうことだ」
「チェリーピックと呼ばれてるにゃ。袖の下の噂、山ほどにゃ。
免除も、期限延長も、売ってるにゃ」
「……相手は」
「弱い魔王にゃ。泣いてるにゃ」
(……チェリーピックね、美味い所だけかすめ取るか。
お似合いの名だな)
直人は、”例の物”を2つ与える。
シュレは一心不乱にむしゃぶりつく。
「もっと仕事欲しいにゃ」
とろーんとした目で直人に言う。
「破りに抜かれたダンジョンをもう少し調べろ」
「わかったにゃ」
音も無く消える。
直人は、息を一つだけ吐いた。
怒りを抑える。
抑えないと判断が鈍る。
代わりに決める。
「対処する」
ミリアが後ろで囁く。
「魔王さま♡ 正義感♡」
直人は首を振らない。頷かない。
「正義じゃない。リスクだ。身内の害虫駆除」
直人は言葉を発してから気付く。
俺は魔王の立ち位置でも改善屋だ。
直人は続ける。
「しかし、それよりも、今は——破り対策が先だ」
腐った巡回。
特上の副作用。
記憶欠けの恐怖。
体調はまだ万全ではない。
しかし、全部を抱えたまま、直人はまだ立っている。
それだけで、今は前進だった。
(つづく)
腐った巡回に辟易する直人。
しかし、優先度は他にある。
破り対策。
直人の最優先事項に進みます。




