第三章 第16話 嫌すぎるスキル
美沙との間にあった秘密のベールを外した直人。
秘密の共有は出来たが、まだまだ頭痛の種は多い。
(――直人視点――)
ひなを寝かしつけた。
今日もいつもと変わりは無かった。
美沙が洗い物を終えるのを待ち、
直人はまだ言ってない細かい事、
――協会がある事や、将軍がいる事。
現在ダンジョン増築設計中な件。
部下や魔物の事など、向こうの「日常」を話した。
ただ、ひなの虫の事は話してない。
直人にも説明がつかないからだ。
話す事で、本当にひなに影響がある気もした。
「まだ本調子じゃない」と言いながらも、
「……今日も、少しだけ“向こう”を見てくる」
と伝える。
美沙は一瞬止まり、すぐに頷いた。
「分かった。無理はしないで」
「うん」
無理をしないと、終わる。
でも無理をすると、壊れる。
夕方コンビニで買ってきた、”例の物”を持ち、
直人はミュートを押した。
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(――美沙視点――)
直人が「向こうに行く」と言って、
PCを触り始めたら、
何か音が遠ざかるような、周囲が遠ざかるような感覚があった。
そして瞬間、直人の姿が“すっと抜ける”みたいに消えた。
(物理的に飛んだのではなく、存在が抜けた感じに)
誰もいないPC部屋の空気が凍る。
「本当……なのね」
受け入れる、受け入れないではない。
事実として認めるしかない。
戻ってくるのだろうか。
戻ってきても、同じ直人なのだろうか。
そう思った瞬間、自分の手が震えていることに気づいた。
美沙は手を合わせ、祈るように固く握った。
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(――直人視点――)
玉座の間。
杖のUIが勝手に点滅している。
嫌な点滅だ。
直人はため息を飲み込んだ。
「……またか」
差出人は、ほぼ同じ。
【差出】担当ナンシー
【件名】再再再:定期報告(未提出)
【件名】素材支援:条件確認
【件名】フォーマット差し戻し(別紙)
【件名】破り報告再確認(詳細確認)
「現象だけ書け。期限は書くな。軽微は使うな。重大だけ」
直人がぶつぶつ言いながら打ち込んでいると、
ミリアがニコニコしながら、
「魔王さま、社畜♡」
直人は指を止めた。
「社畜は祝う所じゃない」
執拗なのは報告だけじゃない。
素材の“条件”が、露骨になってきている。
ナンシーのメールの本文が、急に現実的になってきた。
追加支援(魔鉱石/特上素材)について
「現在のダンジョン階層・魔王Lvでは配布対象外となります。」
定期報告。素材支援。破り報告。別紙。差し戻し。
現実の仕事を止めたはずなのに、別の勤務表が開いている。
直人はミリアを見る。
「協会って何なんだ。どこまで知ってる」
ミリアは笑顔のまま、曖昧にする。
「魔王さまのお仕事を増やすところです♡」
「それは知ってる」
直人は言い換える。
「条件って何だ。Lvいくつがお望みなんだ」
ミリアは首を傾げる。
「ケースバイケース♡」
直人は静かに息を吐いた。
(出た。ケースバイケース。最悪)
「じゃあ俺は、どこまで上げればいい」
ミリアはにこにこする。
「魔王さまが生きて帰れるところまで♡」
答えになっていない。
でも、妙に刺さる。
シズクが現れる。
「魔王様。訓練です」
直人は頷く。
「……バグ」
「はい」
「このスキル、冗談じゃない」
シズクは即答する。
「同意します」
(同意するな)
訓練部屋。魔物は退去。
床の格子が光り、空気がきれいに整列する。
シズクが言う。
「今日は誤爆のトリガーが目的です」
直人は眉を寄せる。
「発動条件か」
直人は目を閉じて、魔力の“鎧”を抱く。
守る。ひな。美沙。
——のはずが。
頭に、気になる現実が浮かんだ。
「休職」
「診断書」
「顧客変更」
現実の枝分かれが浮かんだ瞬間、
部屋の空気がズレた。
UIに赤文字
【異常】バグ:誤適用
直人は周囲を見回す。
何も起きていない。
——ように見える。
次の瞬間、訓練部屋の壁の一部が、なぜか“迷路っぽく”曲がった。
一枚の壁が増える。増え方が雑。
「うわっ」
ミリアが横で拍手しそうになる。
「魔王さま♡ 自動迷宮化♡」
直人が低い声で言う。
「何もしてない」
シズクが淡々と告げる。
「……“壁が増える”は、破り相手では効果的です。味方側だと致命です」
「冗談じゃない」
直人はUIでデバッグの入力をする。
すると、表示が出る。
【提案】差分解除
【杖UI対応】一時隔離のみ可能
【完全復旧】不可
【追跡】BUG-01
【影響】自動迷宮
【一時隔離を実行しますか】
YES / NO
「……つまり、暫定対応か」
直人は急いでYESを押す。
壁が、ストンと戻る。
【隔離:実行】
【警告】隔離は復旧ではありません
【残留バグ痕:あり】
直人は息を吐いた。
「……このスキル、嫌すぎる」
ミリアがにこにこする。
「魔王さま♡嫌がらせ♡」
直人は言い返さない。
嫌なのは事実だ。
改めてUIを見る。
【原因】異界由来干渉
【管理対象外】生成魔術以外は隔離
【復旧不能】誤術式の場合
【暫定遮断のみ実行可能】
「生成術式以外は暫定遮断のみか……」
「……復旧コマンドじゃない。防火扉だ、これ」
なぜ誤爆が起こるんだ?
今日はひなは出て来なかったぞ?
(俺の心の迷いがバグなのか?)
訓練終盤、農園側から騒ぎの知らせが来た。
直人が行くと、シュレが魚を咥えている。
「これ、もらうにゃ」
農園責任者のシリカが目を吊り上げた。
「それは“増殖魚の配分用”だ。勝手に持ち出すな」
シュレが尻尾を揺らす。
「配分ってことはもらえるにゃ」
「個別の配分では無い」
直人は二人を見る。
現場計画と臨機応変が喧嘩する。
「シュレ」
直人が呼ぶ。
「何にゃ」
「勝手に盗るな。申請しろ」
シュレがしぶしぶ魚を置く。
「申請、嫌いにゃ」
直人は軽く言った。
「俺もだ」
ミリアが肩を揺らす。
「魔王さま♡ 同族♡」
直人は聞こえないふりをした。
「仕事だ。報酬で満足しろ」
直人は、シュレに周辺の再調査を命じる。
猫はすっと消える。
玉座の間に戻ると、直人はB10の表示を見た。
ここまでで良いと思っていた。
入口層を厚くして、迷宮化を仕込んで、再生ボスで時間を稼ぐ。
十分“面倒”だ。
十分“仕事”だ。
だが現実は、常に上書きされる。
暫く協会返信などに時間を割く。
宝箱隊のヒアリングも行い、報告書に活かす。
どれだけの時間が経ったのだろう。
シュレが戻る。
「他のダンジョン、すごいにゃ」
直人は眉を寄せる。
「何が」
「深いにゃ」
「どれくらい」
シュレは尻尾を揺らして言った。
「B50とか、普通にあるにゃ」
直人の喉が鳴った。
「……B50」
「そういうダンジョンは強いにゃ」
ミリアがにこにこする。
「魔王さま♡ 世界広い♡」
直人は笑えなかった。
B10で“背伸び”していると思っていた自分が、急に小さくなる。
協会がLvを要求する理由が、少しだけ分かってしまう。
この世界の「普通」が、別の場所にある。
UIに無表情に表示されている。
【魔王Lv】Lv7
直人は指を組み、静かに言った。
「……B10は“入口”なんだな」
ミリアが嬉しそうに囁く。
「魔王さま♡ 世界デビュー♡」
直人は笑えない。
シズクが淡々と告げる。
「魔王様。迷っている暇はありません」
直人は息を吐いた。
「分かってる。…でも、削られる」
直人は目を閉じた。
ひなの顔が浮かぶ。
虫の影も浮かぶ。
シュレにスティックおやつを与える。
「やっぱこっちがいいにゃ」
いつものようにむしゃぶりつく。
その時だけはカワイイと思ってしまう……。
そして、みるみるうちに協会の未読が増えた。
【差出】担当ナンシー
【件名】素材支援:条件再提示(至急)
【件名】魔鉱石在庫状況報告(至急)
【件名】定期報告差し戻し(至急)
……。
直人は淡々と返信する。
そして、指を止め、低い声で言った。
「……次は“仕様変更”だ」
ミリアが囁く。
「魔王さま♡ 改善♡」
直人は小さく頷いた。
(嫌でも、向き合わなければならない物がある)
バグが、次の世界の扉を開けた気がした。
バグなのに……。
目を閉じると、美沙と昨日見た公園の眩しい陽光が浮かぶ。
しかし、その穏やかな光景をも壊してしまう不安が先に立った。
(つづく)
バグでバグる厭らしさは現世も魔界も同じようで。
ともあれ、ダンジョンを進めなくてはいけない。
直人の次の手は階層増。




