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「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に…  作者: 遠藤 世羅須
第三章 魔界でも社畜でした

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第三章 第12話 現実の選択

体調不良が起きて休む直人。

丸1日寝ていた。

特上素材の反動は大きかった。

朝、直人は起き上がれた。

起き上がれた、というだけで勝利みたいに感じるのが嫌だった。


体はまだ重い。

けれど昨日みたいに世界が歪んではいない。

高マナの薄膜は、まだ頭の奥に残っている気がする。

思考は整理できる。代わりに、感情が鈍い。

(便利だな)

(最悪だな)


リビングには、美沙がいた。

コップに水を入れて、直人の前に置く。

何も言わない。

その沈黙が、昨日のLINEより重い。


「……話、する?」

美沙の声は優しい。優しいから逃げ場がない。


昨日、美沙が帰宅した時、

直人は話ができる状態ではなかった。

「今晩はゆっくり休んで」

とだけ言っていた。


わざわざこのために休みを取ったらしい。

直人は頷いた。


ひなを幼稚園に送った後、二人はテーブルに向かい合った。

いつもの朝なら、ここで直人はノートPCを開く時間だ。

今日は開かない。

それどころではない。

挿絵(By みてみん)


美沙は真っ直ぐに言った。

「最近、直人が“直人じゃない”時があるって送った。覚えてる?」

直人は息を吐いた。

「覚えてる」

「何が起きてるの?」


直人は一拍置いた。

ここで真実は言えない。

言えば壊れる。

壊れるのは家庭だ。

でも、嘘もつきたくない。

嘘をつけば、もっと壊れる。


直人が選んだのは、その中間だった。

矛盾を抱えたままの“現実的な説明”。

「……仕事だ」

美沙が眉を寄せる。

「仕事の負荷?」

直人は頷いた。

「うん。超えてる。無理。だから、止める」


美沙の目が少し揺れた。

「止めるって、何を」

直人は言葉を選ぶ。

「会社の仕事を、一回止める。休む」


美沙は黙る。

その黙り方が「信じたい」と「信じられない」の間だった。


直人は続けた。

「ここ数か月、負荷が積み上がった。

 頭がずっと回ってて、夜も止まらない。

 変な言葉が出るのも、そのせいだと思う」


美沙が小さく言う。

「……寝言」

直人は頷く。

「寝言。言語化できないストレスが、外に漏れてる」


嘘ではない。

本質の半分は合っている。

半分だけだから、胸が痛い。

美沙は静かに聞く。

「じゃあ、どうするの」

直人は結論から言った。

「休職する」


言った瞬間、胸の奥が沈んだ。

“休職”は、現実の仕事を止める言葉だ。

でも直人の現実には、止められない仕事がもう一つある。

美沙は驚いて、でもすぐに現実の顔になる。

「休職って……手続きいるよ。診断書とか」

直人は頷く。

「分かってる。心療内科行く。相談して形にする」

(エビデンスは取れる。

 ……だって本当に壊れかけている)


美沙は直人の目を見つめる。

そして、息を吐いた。

「収入の事もあるよ」

「わかってる。でも倒れる方が困る」


美沙が一息ついて、

「……直人がそう言うなら、そうしよう」

直人はその言葉に救われそうになって、救われきれなかった。

救われる資格がない気がした。


直人はその日のうちに会社へ連絡した。

上司には、体調不良と休職の相談。

人事には、手続き確認。

顧客には、当面の窓口変更を伝える。

淡々と、事務を片付ける。


不思議だった。

あんなにしんどかった「至急」が、今日は処理できる。

頭の中の薄膜が、仕事を助けている。

その薄膜が、家庭を削っている気もする。


手続きは順調に進んだ。

医師の予約。診断書。休職開始日。

健保への傷病手当金手続き。

一つずつ決める。決めるたびに、現実の重みが増す。


美沙は途中で言った。

「会社休むの、怖くない?」

直人は正直に答えた。

「怖い。……でも、このまま続けたらもっと怖い」

美沙は頷いた。

「うん。正しいと思う」


“正しい”。

その言葉が痛い。

正しいのに、隠している。

美沙も、受け入れてくれた。

でも、直人から視線を外さなかった。


夕方、ひなが帰ってきて、いつも通り「まおうごっこ」をせがむ。

直人は笑って頷いた。

その笑顔が、少し遅れて出る。

自分でも分かる。

美沙は直人を見て、何も言わない。

言わないのが、優しさなのが分かる。

分かるから、余計に苦しい。


夜、ひなが寝た後。

美沙が小さく言った。

「直人。全部は言わなくていい」

直人の喉が鳴る。

「……ごめん」

美沙は首を振る。

「ごめんじゃない。

 ただ、私が知らない“別の何か”があるなら——

 いつか教えて。怖いから」

直人は頷いた。

頷くしかなかった。


いつか。

いつかが来る前に、破りが来るかもしれない。

協会が本性を現すかもしれない。

門が揺れるかもしれない。

でも今は、言えない。

「……分かった」

その一言が、針みたいに胸に刺さった。


翌日。

直人は一人で外に出た。

休職が始まって、初めての平日。

平日なのに、PCを開かない。

それだけで世界が違う。


近所の公園に行く。

ベンチに座る。

子どもの声が遠い。

木の匂いがする。

現実の匂いだ。


直人は深呼吸を一つだけする。

肺に入る空気が軽い。

だが、軽いのに、胸は重い。

脳裏にほんの一瞬だけ『魔界の焦げた匂い』が蘇る。

スマホを見る。

会社の通知は止まった。

止まったが、

指が勝手に「魔王」のボタンを探す。


癖だ。

出勤癖。

しかし、その指の震えが止まらない。

直人はスマホを伏せた。

今日は押さない。

押してはいけない。

押すと、現実がさらに削れる気がした。

(体を回復させる)

(次の一手を考える)


直人は頭の中で箇条書きを作る。

・自動迷宮化の実装(魔鉱石不足)

・統治者への依頼(仲介:ミリア)

・協会の報告(補給停止リスク)

・破り対策(抜かせない)

・そして——記憶


記憶の喪失。

それが最大の縛りだ。

守るために上げる。

上げるほど失う。

失えば守れなくなる。


矛盾だ。

現実よりよほど厄介な仕様だ。

直人はベンチで目を閉じた。

目を閉じると、玉座の間が浮かぶ。

ミリアの笑顔が浮かぶ。

シズクの声が浮かぶ。

デーモンロードの影が浮かぶ。

そして、ひなの寝顔が浮かぶ。


直人は小さく息を吐いた。

「……待て。焦るな」

焦ってレベルを上げるのは危険。

でも、止まるのも危険。

今は、回復。

そのための休職。

そのための嘘。

そのための痛み。


直人は立ち上がった。

公園の出口へ歩く。

足取りはまだ重い。

だが、昨日よりは現実に立っていられる。

帰ったら、水を飲む。

少し寝る。

夕方、ひなと遊ぶ。

その後で——

“次の一手”を、もう一度だけ設計する。


直人は公園の空気の中で、静かにつぶやく。

「休むのは逃げじゃない。

 守るための準備だ」


(つづく)

美沙に一部打ち明けた直人。

しかし、心に引っかかるものを抱えたまま。

しかし、魔界は待ってくれない。

次話、統治者との対面。

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