第三章 第10話 自動迷宮化に向けて
直人はB10まで設計した。
しかし、もっと欲しい、何かが…
直人は玉座に座り、指を組んだ。
B10まで増やした。入口を厚くした。再生可能ボスも置いた。
それでも足りない。
「次は準備して来る」
デーモンロードのその一言が、まだ耳の奥で鳴っている。
現実でも最悪の言葉だ。
直人は深呼吸を一つだけする。
(手で回す運用には限界がある。何か次の手を)
杖のUIを開く。
【運用】→【防衛】→【緊急時対応】
見慣れない項目が、薄く点灯している。
【自動迷宮化(未実装)】
条件:危険検知/侵入者異常
効果:ルート再編/扉増設/封鎖/誘導の自動化
備考:資材消費(大)
直人は目を細めた。
「……未実装」
ミリアが当然のように言う。
「嫌なダンジョン♡」
直人は頷くだけで返す。
直人は淡々と設計に入った。
現実で言うなら、緊急対応の自動化。
SREが泣いて喜ぶやつだ。
だが魔界では、SREは担当者が死ぬ。
(俺か?)
「条件は“破り検知”で先行発動」
直人は小声で読んだ。
「遅延すると抜かれる。抜かれたら終わる」
ミリアがにこにこする。
「魔王さま♡ 仕事の顔♡」
直人はミリアを一瞬見ただけで進める。
【自動迷宮化:設計案 v0.1】
・トリガー:破り検知(優先)
・処理①:階層(B1〜B5)を“壁”モードへ
・処理②:B6以降のルートを自動再編(B9既存迷宮除く)
・処理③:扉増設(行き止まり生成/撤退導線は保持)
・処理④:B10を一時隔離(侵入不可)
直人は最後の一行で指を止めた。
「撤退導線は保持」
そして、深層へ進む導線は潰す。
入らせない。進ませない。
だが、出る道だけは残す。
殺さない運用。
それは譲らない。
譲ると、直人が直人じゃなくなる。
ミリアが口を尖らせる。
「やさしい♡」
直人は淡々と返す。
「優しさじゃない。人を殺す判断を、日常に残したくないだけだ」
問題は「資材消費」だった。
直人が「消費見積」を押した瞬間、画面が赤く反転する。
【見積:自動迷宮化(1回)】
必要資材:魔鉱石(大)
推定消費:***
備考:扉生成・結界補強・迷宮再編に使用
警告:現保有量では絶対的不足
直人はしばらく無言になった。
(魔鉱石……大量?)
「つまり、予算不足…」
ミリアが笑顔で言う。
「足りません♡」
直人は頷いた。
「足りないな」
足りない。
それだけなら現実でもよくある。
問題は、これが命綱だということ。
設計だけなら、自動化の意味がない。
直人は一拍置いて結論を出す。
「どうすれば手に入る」
ミリアが嬉しそうに言う。
「魔王さま♡ 調達♡」
直人はミリアを見ながら
「どこから」
直人が言うと、ミリアの笑顔が少しだけ“仕事”になる。
「統治者から♡」
直人は言葉を選ぶ。
「メールで依頼できるのか」
「まずは魔王さまが直接ご挨拶♡」
「じゃあ」
ミリアが涼しい顔で言う。
「仲介します♡」
直人の胸が少し痛んだ。
魔界の組織図。中間管理。
(支社長への挨拶ね。菓子折りでも持って行くのか?)
「……分かった。ミリア、仲介頼む」
ミリアはにこにこする。
「了解です♡ 魔王さま♡」
そこへ、シズクが来た。
銀の盆はない。
代わりに、訓練用の木剣が一本。
「魔王様」
直人は顔を上げる。
「訓練か」
「はい」
直人は一拍置いて言う。
「……今日は俺から頼む」
シズクの目が、わずかに動いた。
直人は短く言う。
「破りは準備して来る。俺も準備する」
シズクは頷いた。
「承知しました」
ミリアが楽しそうに囁く。
「魔王さま♡ 訓練♡」
直人は返さない。
訓練部屋。
魔物たちは場所を開ける。
床の格子が薄く光る。
シズクの足音だけが、一定で響く。
「今日は、避ける練習です」
直人は木剣を握る。
「避ける?」
「はい。受けない。壊さない。逃げるのではない。生き残る」
直人は頷いた。
生き残る。
復活年数が伸びた今、死ぬことは“長期離脱”だ。
現実が待ってくれない。
シズクは淡々と続ける。
「魔王様は装備が強い。ですが、運用が弱いです」
直人は苦笑する。
否定できない。
「まず、視線」
シズクの木剣が来る。
直人は避ける。
避けた先に、次が来る。
避けた先に、次の“仕事”がある。
現実と同じだ。
直人は一歩ずつ“減らす”。
足の指に一瞬の力を入れ避ける。
無駄な動きを減らす。
無駄な力を減らす。
手袋で壊しそうになるのを、指で抑える。
汗が出る。
息が荒くなる。
それでも、前より“形”になっている。
シズクが一言。
「……少しはましです」
直人は息を吐いた。
「褒め言葉として受け取る」
シズクが木剣をおろす。
「頃合いです」
玉座の間に戻り、シズクが厨房から持ってきたもの。
待ち望んだ“それ”だ。
前回届いた、特上素材。
毒抜き済みだそうだが、
見た目は飲むとか食べるとかの概念から遠く離れている。
黒い。ぬめる。
表面に白い筋が渦を巻き、時々、目のような粒が光る。
光るたびに、直人の胃が反応する。
さらに、浮き沈みする物体。
シズクが淡々と告げる。
「摂取後副作用の可能性があります」
直人は喉を鳴らす。
「飲むのか……」
ミリアがにこにこする。
「魔王さま♡ 成長ドリンク♡」
直人は言葉を返せない。
直人は器を持つ。
手袋が怪力でも、割らないように持てる。
その事実が少しだけ嬉しい。
訓練の成果だ。
匂いが来る。
甘い。焦げる。鉄。木。海。土。
全部が混ざっている。
混ざり方が悪意だ。
食物の匂いではない。
直人は目を閉じた。
ひなの顔が浮かぶ。
美沙の声が浮かぶ。
“守る”という言葉が浮かぶ。
直人は、飲んだ。
——舌が理解を拒否した。
冷たいのに熱い。
苦いのに甘い。
最後に、激辛麻婆豆腐みたいな痺れ。
(なんでまた麻婆)
直人の目が潤む。
「……うそだろ」
ミリアが肩を揺らす。
「魔王さま♡ いま泣きそう♡」
直人は返事をしない。
返事する余裕もない。
二口目。
喉が嫌がる。
でも、飲む。
飲み切った瞬間、胸の奥が熱くなった。
世界の輪郭が、少しだけ立つ。
玉座の間の影が“厚み”を持つ。
遠くの門の揺らぎが、一本の線として感じられる。
(……見える)
しかし、見えたことが嬉しいのに、
見えてはいけないものまで見えた気がした。
だが、喉の奥の痺れが引かない。
顔に火照りがある。
シズクが淡々と宣告する。
「効果は短時間で出ます。副作用は——」
直人が先に言う。
「長い」
シズクは頷く。
「はい」
直人はカップを置き、ゆっくり息を吐いた。
胃が痛い。
頭が重い。
でも、見える気がする。
気がするだけかもしれない。
それでも今は、それが必要だ。
直人は玉座に座り直し、指を組んだ。
「……よし。次は自動迷宮化を目指す」
ミリアが囁く。
「魔王さま♡ 嫌がらせ♡」
直人は頷いた。
「運用だ」
破りが“準備”を進めている。
今、確かな事は、
直人も歩みを進めるしかない事だった。
素材が効いてきたようだ。
ミリアの顔が段々遠くなる。
シズクが何か言ったようだが、
言葉が反響して聞き取れない。
直人の意識は、闇に向かって歩いていた。
(つづく)
特上素材を摂取した直人。
現実の身体への異変が起こっている。
次話、副作用がきっかけとなり、現実が動く。




