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「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に…  作者: 遠藤 世羅須
第三章 魔界でも社畜でした

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第三章・第5話 業務報告とマーキング

シュレを請け負いで使う事にした直人。

しかし、相手は契約の無い魔人。

信用できるのでしょうか?

直人が玉座の間に来ると、厨房から「気配」を感じた。

さらに、「殺気」まで伝わって来る。


厨房は、戦場だ。

シズクはそう言っていた。

直人は半信半疑だった。——今は信じている。

刃物と魔術と規律が、そこにはある。


次の瞬間、シズクの声が飛ぶ。

「止まりなさい」


厨房に向かう直人は足を止める。

声の温度が違う。

これは“戦場の声”だ。


厨房の中で、シュレが片足を浮かせていた。

棚に手を伸ばし、銀の蓋に指先を掛けている。

お菓子を盗む子供みたいな手つきだ。


直人は確認する。

「……何してる」

シュレは悪びれずに言う。

「味見にゃ」


シズクが即答する。

「不許可です」

「美味しい匂いにゃ」

「神聖な場所です」

「硬いの嫌いにゃ」

言葉が軽い。

軽いまま、指が蓋を開けた。


次の瞬間、空気が変わる。

湯気の奥に、一本の“線”が走った。


シズクの短剣だ。

抜いてないが、いつの間にか、シュレに向く。

「戻しなさい」

「やだにゃ」

シュレがふっと消える。


直人の視界から一瞬だけ消え、次の瞬間には天井近くの梁にいる。

音がない。軽い。

そして——口の端に、何かが付いている。

(食った)

シズクが、ため息を吐くように言った。

「……つまみ食いは、重罪です」


直人は反射で「大げさだろ」と言いかけて、飲み込んだ。

いま口を挟むと、包丁より危険なものが飛ぶ。


シズクが一歩踏み込む。

踏み込んだだけで、厨房の空気が“整列”する。

棚の瓶が揺れない。湯気が乱れない。

厨房そのものが、シズクに従っている。


シュレが尻尾を揺らす。

「こわいにゃ」

「怖いなら出て行きなさい」

「でも、おいしいにゃ」


猫がもう一度消える。

今度は床に落ちる。

落ちた先が、シズクの死角。


——だが、シズクは死角を作らない。

短剣が“場に刺さる”。

刺さった場所に、シュレの動きが重なる。


「っ」

尻尾が跳ねる。

当たっていない。だが止められた。


シュレが笑う。

「すごいにゃ」

挿絵(By みてみん)


シズクの声は冷たい。

「厨房制圧術式(中)」


直人の背筋が冷える。

その術式を聞くと身震いする。


湯気が、ぴたりと止まる。

鍋の蓋まで整列する。

空気中の匂いまで固定されたように感じる。

シュレの動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。


その一瞬に、シズクが距離を詰める。

短剣の先が、喉元に“来る”。

触れていないが、斬ったように空気が裂ける。

「——出て行きなさい」


シュレは、さすがに一拍置いた。

そして、軽く手を上げる。

「わかったにゃ。降参にゃ」


シズクは刃を引く。

引き方が早い。

戦闘が終わった空気が、一気に戻る。


直人はここで裁定する。

「シュレ。厨房への侵入は禁止」


シュレが尻尾を揺らす。

「お腹が、空くにゃ」

直人は淡々と返す。

「成果報酬で食え」


シズクがすかさず付け足す。

「食事は配給に従ってください」

シュレは不満そうに言う。

「規定だらけにゃ」

直人は、

「契約が無くても、ここでは規定には従え」

シュレは、不満そうな顔で消えてゆく。



その日の夕方。


直人が一旦現実へ戻り、コンビニで買い物をし、

家族と夕食を過ごしている時、

美沙が「先週話したあの件だけど」と口にした瞬間、

直人の頭の中が真っ白になった。


何も思い出せない。

適当に笑って誤魔化した背中に、冷や汗が伝った。

美沙の少しだけ間のある”普通”の顔も痛かった。

(……俺は、また何かを失ったのか)


その夜、家族が寝静まった寝室で、

直人は這うようにしてパソコンの前に座り、ミュートを押した。



玉座の間に再び戻ったとき、

何かがおかしいとすぐ分かった。

匂いだ。


「……ミリア」

直人は低い声で言う。

「玉座の匂いが変だ」

ミリアが涼しい顔で答える。

「変ですね♡」


直人は玉座を見る。

重厚感のある座面の一部が、妙に濃い。

匂いもする、アンモニア臭のような…


(これは……、あれだ……)


直人は確認する。

「シュレか」

ミリアが視線を逸らさずに言う。

「たぶん♡」


直人は目が死んだ。


シズクが横で淡々と付け足す。

「“マーキング”です」

直人は唇を噛む。

(玉座にマーキング……)


直人は深呼吸を一つだけして、

シズクに、

「即刻清掃頼む」

シズクが頷く。

「承知しました」


挿絵(By みてみん)


直人は続ける。

「そして、玉座への接近禁止」

ミリアが嬉しそうに言う。

「契約してません♡」

直人は返さない。返すと泣きたくなる。


直人は、思考を切り替え、仕事を出すことにした。

雇用ではない。請負だ。

成功報酬を払う相手の扱いは現実でも同じだ。


直人は無言でポケットからベルを取り出し、

必要以上に鳴らした。

チリン、チリンという軽い音が、無駄に広い玉座の間に響く。


直後、音もなく猫が現れた。

(……本当に聞こえるんだな、これ)


「シュレ、お前、玉座に近づくな」

反省はしていない顔だ。

「ご主人へのお近づきにゃ」


直人は半分諦めながら、新たに言った

「仕事はしてもらう。

 だが、用事の無い時は、玉座や厨房への立ち入り禁止」

「気分にゃ」


直人は、そうで無くても色々鬱陶しい最中にこの騒ぎが煩わしい。


一拍置いて、直人は確認する。

「仕事はできるか」

「できるにゃ」


「仕事は何にゃ?」

直人は結論から言う。

「ダンジョン周辺の地理と人の里。どんな場所か報告」

「協会に嗅ぎつけられる動きは避けろ」

シュレは目を細めた。

「ややこしいにゃ」

直人は淡々と返す。

「ややこしいのが仕事だ」

シュレは笑った。

「簡単にゃ」

音もなく消えた。


直人は日課の報告書の確認をする。

侵入者、宝箱、食料供給、インシデント。

特に問題はない。


そして、

シュレが戻るのは早かった。

早すぎて怪しむ早さ。


シュレが玉座の間に現れ、尻尾を揺らす。

「報告にゃ」

直人は確認する。

「お前、早いな」

「これが仕事にゃ」

確かに、手や足に泥はねの汚れがある。


直人はふっと一拍置き、

「周辺は」

「辺鄙な田舎にゃ」


直人の眉がわずかに動く。

「人の密度」

「薄いにゃ。だから見つかりにくいにゃ」

「街は大分遠いにゃ」

直人は判断する。

「他は」


シュレはさらっと言った。

「“破り”が来るにゃ」

「何だ?」

「ダンジョン専門に”破る”にゃ」

「冒険者は『探索』にゃ。勇者は『討伐』にゃ。

 破りは『破壊』にゃ」

「迷宮そのものを壊して、中身マナを根こそぎ奪う奴にゃ」

直人の呼吸が一瞬止まる。

破り。

ダンジョン破り。

魔王の敵。


「いつ」

「わからにゃい。でも、匂うにゃ」

「何が」

「動いた匂いにゃ。足跡にゃ。あと、噂にゃ」


直人は判断する。

(具体は薄い。だが“危険”として拾う価値はある)

「一人か?」

「多分、匂いは一人にゃ」


直人は短く頷いた。

「十分だ」

ミリアが嬉しそうに囁く。

「耳♡」


「報酬」

直人が言うと、シュレの目が光る。

直人は「スティック型おやつ」を一つ渡す。

シュレは、むしゃぶりついた。

学習しているのが腹立つ。


そして、

相変わらずナンシーとのやり取りが、終わらない。

『提出された別紙のフォントが規定外です』

『先週の報告書と“軽微”のニュアンスが異なります』

形式。定義。範囲。数字。

直人は玉座の間でそれをこなしているのに、胃が現実みたいに痛む。

こっちでもZoomやSlackしてる気になる。


ミリアがにこにこする。

「魔王さま♡ 事務の才能♡」


やっと提出を終えた瞬間、また通知が来た。

直人は目を細める。

嫌な予感が当たる時の感覚だ。


文面は短い。

【要件】巡回について

【対象】ダンジョン魔王

【差出】VD

【時期】近日


直人は、玉座の肘掛けに手を置いた。

今度は壊さない。壊すわけにはいかない。


(……巡回)

(VDとは…?)

「ミリア、巡回って何だ」

ミリアが笑顔で言う。

「魔王さま♡ 見られます♡」


直人は息を吐いた。

見られる。

つまり、誤魔化しが効かない。


直人は判断を出した。

「準備する」

そして指示に落とす。

「現場を整える。報告を揃える」


おやつを食べ終え、

毛づくろいをしていたシュレが尻尾を揺らす。

「巡回、嫌いにゃ」

直人は一拍置いて言った。

「俺もだ」


玉座の間の影が、少しだけ伸びた。

世界がこちらを見始めた。

ここからさらに面倒になる予感だけがした。


(つづく)

色々振り回される直人。

今度は魔王協会本体と直接対峙することに。

さらなる世界の広がりが見えることに。

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