第三章 第2話 運用、ボス、そして薬
いきなり協会からのメール攻勢に面喰らう直人だが、
まだ魔界の事はよくわからない。
ミリアに問いかけるも…
玉座の間の空気は、今、書類の匂いだ。
正確には紙ではない。
だが「提出」「差し戻し」「別紙」という概念が、
この部屋に染みついてきた。
直人は玉座に座っている。
“座ると決めて座る”が、少しずつ当たり前になるのが怖い。
隣でミリアが、いつもの笑顔を作っている。
「ミリア」
直人は声を荒げない。
「協会と魔界の話の要点を」
「報告は“税”みたいなものです♡」
直人の眉がわずかに動く。
「税」
「はい♡ 出すと補給が回ります♡ 出さないと施しがなくなります♡」
直人は即答しない。
「施し?」
ミリアは笑顔のまま、軽く言う。
「箱とか♡ 素材とか♡」
「つまり」
直人は結論をまとめる。
「協会は敵じゃない。だが味方でもない。役所だ」
ミリアが嬉しそうに頷く。
「正解♡」
「提出物が増える理由は?」
ミリアは即答する。
「共闘です♡ 魔王さまとの♡」
直人は少しだけ目を細めた。
何に対する?
要領を得ない。
もうこれ以上こいつからは無理だ。
直人は、話を切り替える。
今日の本題は、現場だ。
「B6とB7の設計を決める」
ミリアの目が少しだけ輝く。
「拡張♡」
直人は“拡張”という言葉を口の中で転がし、最小限に落とす。
「方針は変えない。撤退誘導が基本だ」
「ただし、入口階を“壁”にし続けると、いつか対策される」
直人は続けた。
「だから、B1とB2は“通れる階”にする」
ミリアがにこにこする。
「やさしい♡」
そして、
「既存ボスは、そのまま下げる」
B1〜B5のボスを、二階層ずつ下げる。
B2の迷路はB6へ。B3の溶岩はB5へ。B4の地獄はB6へ。
そしてB7——最下層はデーモンロード。
強いものほど深く置く。
“強い者を深く置く”のは戦略でもあり、心理でもある。
万が一の時、最後に守る壁になる。
「デーモンロード」
直人は呼ぶ。
空間の影が立ち上がる。
「……魔王」
直人は結論から言う。
「B1とB2を再生可能ボスに切り替える。既存ボスは全て下げる」
沈黙は短い。
「了解した」
直人は一拍置く。
「B1B2面接は俺がやる」
「承知」
影が薄れる。
先日面接手配していた「再生可能」ボス2名。
B1ボス候補「スケルトンメイジ」(再生可能)
B2ボス候補「キングスライム」(同じく再生可能)
面接にやってくる。
まず、スケルトンメイジ。
骸骨の見た目だが、禍々しい(まがまがしい)佇まい、漆黒のローブ、
眼窩に宿る紫炎、冥界の波動を感じる。
そして、キングスライム。
「スライム」だが、そのイメージとは程遠い。
圧倒的質量。三日月形の裂けた口、
呪われた王冠、瘴気を纏う。
「要件はシンプルだ」
「俺のダンジョンは“殺さない運用”が基本。撤退させろ」
2人とも困惑の表情だ。
スケルトンメイジが、
「最初から戦闘放棄か?」
直人は一拍置いて言う
「違う、なるべく避けろということだ。
ここは来ても無駄とわからせる。
宝箱は好きなだけ持ち帰らせろ」
スケルトンメイジは
「俺は入口だろ。そこで返していいのか?」
直人は
「ダンジョン自体、面倒と思わせれば良い」
スケルトンメイジが
「面倒ね…。魔界の常識と違い、面白い事を言うな」
キングスライムが言う
「不思議な魔王もいたものだ」
直人が
「不満なら断っていい。お前たちは“再生可能”だ。
倒される痛みを恐れず、適当に威圧して宝箱を渡すだけの
『圧迫受付業務』だと思え。条件は変えない。従うか?」
両者、怪訝な表情で顔を見合わせるが、
スケルトンメイジ
「従おう、魔王よ」
キングスライムも
「面白い事は好物だ」
直人は
「フロアは任せる。ただし現世側への干渉は禁止」
「現場はデーモンロードの指示に従え」
両者声を合わせて
「承知した」
直人はミリアを見る。
「これで入口が“壁”じゃなく“回廊”になる」
ミリアが頷く。
「迷子が減ります♡」
直人は淡々と返す。
「迷子を減らす」
“放置で運用できる迷子”は強い。
ただし、怖がらせすぎない。帰れる道は残す。
話が終わりかけた時、シズクが静かに近づいてきた。
直人の喉が鳴った。
待っていたものが来たときの予感がする。
「……できたのか」
シズクが
「時間かかり申し訳ございません」
ミリアが嬉しそうに言う。
「魔王さまお待ちかね♡」
記憶欠けを減らすため。
そのための材料と調理。
シズクが前に出た。
銀のトレーを持っている。
湯気はない。冷たい気配だけがある。
器の中身は——どす黒い。
黒いのに、時々、光の粒が沈んでいるのが見える。
それと、浮き沈みする黒い物体……
見た目が「飲み物」ではない。
(……あの瞬きしていた目玉の塊を、
完全に液状化しやがった。さすが厨房制圧)
直人は、嫌な予感を押し潰しながら聞く。
「……安全か」
シズクは即答する。
「安全です」
一拍置いて、付け足す。
「死にはしません」
直人の眉がわずかに動く。
(生死が会話なのが魔界だな……)
「効果と副作用は」
シズクは短く。
「マナが整います。暴れにくくなります。
ただし——体は重くなります。現実に帰ると出ます。
それと、これは高位の部位ではありません。
効果は限定的です」
ミリアが囁く。
「記憶の欠けが、少しだけ減ります♡」
直人は器を見る。
それは薬なのだが、薬の見た目ではない。
直人は一度だけ、ひなの顔を思い浮かべた。
約束を忘れた日の、あの冷え。
二度と味わいたくない。
直人は器を手に取った。
重くはない。だが、決断が重い。
「……飲む」
喉を落ちる感覚が、熱とは違う刺激がある。
舌が焼けて痺れるような泥の味に、奥歯を噛みしめる。
同時に、肩から指先にかけて、
鉛を流し込まれたような鈍い重力が一瞬だけ走った。
(これが”栄養ドリンク”か……)
胸の奥のざわつきが、ほんの少しだけ整う。
頭の中のノイズが、一段だけ下がった感覚だ。
直人は器を置き、息を吐いた。
「……効いた気がする」
シズクが頷く。
「気のせいではありません」
ミリアが嬉しそうに言う。
「魔王さま♡ 前進♡」
直人は玉座に座ったまま、少しだけ考え込む。
協会。報告。世界。
階層は増える。運用は重くなる。
そして、その重さの中で、現実を失わないために“飲む”必要がある。
守るために、強くなる。
強くなるために、背負うものが増える。
直人は目を閉じ、短く言った。
「……次の一手を、間違えたくない」
玉座の間の静けさが、いつもより少しだけ“整って”いた。
その静けさの底で、赤い通知だけが消えなかった。
【門:不安定化(軽度)】
(つづく)
ようやく素材を摂る事ができた直人。
効果のほどは不明だが、階層ボス増やした事と合わせ、
精神的な安定となれば良し。
しかし、まだ魔王協会のことがよくわからない直人。
次話、新キャラ登場です。




