第三章 第1話 定期報告
本話より第三章となります。
タイトル改変致します。新タイトル
『「リモート魔王」――改善してたら魔王に定義されました。家族との絆が削られる魔王に…』となります。
直人君、いよいよ魔界という巨大な世界に立ち向かうこととなります。
まずは、魔王協会からのメール対応となります。
玉座の間は、静かだった。
直人は玉座に座っている。
座ると決めて座る。
それだけで、背中が少しだけ真っ直ぐになる。
目の前に浮かぶ文面は短い。
【要件】定期報告
【期限】至急
【差出】魔王協会 担当ナンシー
直人は息をひとつだけ吐いた。
現実のメールと同じ手触りがある。
「至急」「定期」「担当」——これが揃うと、詰む。
隣のミリアは、いつもの笑顔で立っている。
銀髪。青いダイヤ。煽りの顔。
だが今日は、笑顔の温度が少し低い。
「ミリア」
直人は努めて冷静に聞く。
「これは何だ」
ミリアは即答する。
「魔王さまのお仕事です♡」
直人はまず確認する。
「協会は何を要求している」
「報告書です♡」
「提出しないとどうなる」
ミリアは笑顔のまま言う。
「困ります♡」
直人は一拍置く。
「困る、の中身」
「補給が止まったり♡」
「……補給」
直人は低く繰り返した。
補給。
宝箱。資材。食料?
今やっと“回り始めた”現場の血液だ。
直人は声を絞り出す。
「ここだけで回ってるんじゃないんだな」
ミリアはにっこり
「はい♡」
直人は結論を出す。
「提出が義務だな」
ミリアが嬉しそうに言う。
「素直♡」
直人は淡々と続ける。
「こちらの主導権が残る形で、最小限で出す」
ミリアはにこにこ。
「魔王さまの好きな書類♡」
「好きなものか」
直人はミリアをじっと見つめる。
いたずらっ子の顔に戻ってる。
だが、さっき「補給が止まる」と言った時の彼女は、
明らかに“協会の仕様”を知っていた。
最初にPC画面に現れた時には驚いた。
”推し”が現れたと動転した。
幼稚園に現れた時も心底驚いた。
しかし、ここ迄来ると、
底知れない淀みを感じている。
一体こいつは何者なんだ?
どうせ聞いてもごまかされる。
考えていても仕方ない。
今はやるべき事をやる。
報告書のフォーマットは、目が痛い。
見慣れた“項目の圧”だ。
直人は流し読みしない。必要箇所だけ抜く。
「必要なのは、稼働状況、事故、門、階層の変更——」
直人は指を止めた。
「……在庫報告もあるな」
ミリアが笑顔で言う。
「あります♡」
直人は短く。
「宝箱と資材。食料。現場が止まるところを突かれてる」
シズクが、部屋の端にいつの間にか立っていた。
背筋が真っ直ぐで、声も真っ直ぐだ。
「魔王様。提出は必要です」
「分かってる」
「ただし、書きすぎると干渉が増えます」
直人は頷く。
「前魔王もこれを?」
シズクは一拍置く。
「はい。定期で」
直人は、最小限の文章に落とす。
稼働:安定
重大事故:なし(軽微は内規で処理)
門:不安定(対策中、詳細は保留)
階層:増設あり(稼働中)
補給:継続希望
書き終えた瞬間、直人は気づく。
これは“報告”ではなく、“存在証明”だ。
「魔王生きてるか?」という確認。
直人は小さく息を吐いて、送った。
しかし、
返事は速かった。
速すぎて、嫌な汗が出る。
【差出】担当ナンシー
【要件】差し戻し
【理由】不備あり
直人は目を細める。
「……不備」
「……早すぎる。自動チェック(bot)か?
いや、手動だとしたら最悪のレスポンス速度だ」
ミリアが嬉しそうに言う。
「お仕事の手際がいいです♡」
直人はミリアを見ない。
見たら腹が立つ。八つ当たりしそうだ。
差し戻し理由は短い。
“軽微”の定義が曖昧
“階層増設あり”の範囲が不明
“門:不安定”は具体性不足
在庫報告の数値未記載
玉座の肘掛けに指を置き、壊さない程度にふっと力を抜いた。
現実のデスクなら、間違いなく叩き割っている。
ここでやったら玉座が死ぬ。
「……やり方が現実と同じだな」
直人の声は低い。怒鳴りではない。
ミリアがにこっとする。
「同じ社会♡」
直人は一拍置く。
「社会は嫌いじゃない」
直人は書き直しを始める。
“軽微”の定義を作る。
“階層増設”の範囲を明記する。
“門の不安定”は最低限だけ具体化する。
数字は最低限。
直人は言葉を選ぶ。
選びすぎない。選ばなさすぎない。
ちょうど相手の手が入らないラインを探す。
現実で培った、最悪な技術。
「ミリア。門はどこまで書くべきだ」
ミリアは即答しない。
一拍置いて、甘い声のまま言う。
「……書きすぎない方がいいです♡」
直人は頷く。
「なら、現象だけ。対策中。期限は書かない」
シズクが静かに言う。
「“期限”を書けば、期限で殴られます」
直人は短く返す。
「分かってる」
直人は再提出した。
直ぐにまた返事が来る。
今度は不備が減っている。
減っているが、ゼロではない。
【要件】追加提出
【内容】在庫報告(宝箱/資材)を別紙で提出
直人は目を閉じた。
別紙。
現実で言うところの「追加資料」だ。
この沼に入ると抜けない。
直人は目を開け、判断を出した。
「協会対応の前に、現場の実態を把握する」
直人は言った。
「宝箱と補給が“止まる”のが一番困る」
ミリアが嬉しそうに言う。
「魔王さま♡ 優先順位♡」
直人は、玉座の間で呼ぶ。
「宝箱隊」
すぐに、規則正しい足音が来た。
カタ、カタ、カタ。
仕事の足音。
マリオネットが一体、礼をして前に出る。
胸元の札に『隊長』。
「魔王様。宝箱運用、報告します」
直人は頷く。
「補給が止まると、何が起きる」
マリオネットは即答する。
「低位箱の循環が落ちます。中位以上が空箱になります」
直人は一拍置く。
「撤退率が落ちるな」
直人の胃が冷える。
直人は質問を続ける。
「在庫報告は出せるか」
「出せます」
「数字は?」
マリオネットは薄い紙を差し出した。
書式が整いすぎている。書類文化が浸透している。
カチャ、カチャと顎の関節だけを機械的に動かしながら、
抑揚のない声で報告を始める。
「直近一周期」
「侵入:三組」
「開封:低位十四、中位二、高位零」
「未回収:三」
「中位在庫:薄」
「高位在庫:なし」
直人は頭の中で整理する。
(高位ゼロは問題ではない。中位が枯れると誘導が弱まる。
未回収三は回収で対処)
直人は結論だけ言う。
「未回収は回収。中位は必要最小限を維持。高位は今は要らない」
マリオネットが礼をする。
「了解しました。手動補充致します」
直人が頷く
「手動補充はこういう事だったか」
直人は次を聞く。
「補給を止められた時の代替は」
マリオネットは一拍置いて答える。
「コレクターカラスが採集しますが、現場で賄うには限界があります」
直人は頷く。
「つまり、報告を落とすと現場が詰む」
ミリアが嬉しそうに言う。
「魔王さま♡ 魔界でも上司が♡」
直人が
「ここでも社畜か」
直人は決めた。
「協会には出す。必要最低限。現場を止めないために」
そして、もう一つ。
「宝箱隊。今後、在庫数字は日次で上げろ。俺がまとめて出す」
マリオネットが即答する。
「承知しました」
シズクが静かに言う。
「魔王様。それが統治です」
直人は息を吐いた。
統治は、守るための仕事だ。
守るためには、面倒な手続きを飲み込む必要がある。
それが分かってしまうのが、現実の悪い癖だった。
直人は玉座の間で、もう一度“別紙”を開く。
担当ナンシーの名前が、画面の隅でこちらを見ている気がした。
直人は小さく言った。
「……やってやるよ。付き合ってやるよ」
ミリアが満面の笑みで言う。
「魔王さま♡ 新章、開幕♡」
直人はミリアの後ろに大きな世界を見た気がした。
手を止めると、何かを失う気がした。
だから、ただ指を動かした。
現場を止めないために。
そして何より、門を守るために。
(つづく)
早速社畜の匂いが露呈してしまいました。
今後の憂鬱が確定してしまった感じです。
直人君、腹を決めないといけないですね。




