第二章 第26話スケルトン戦
魔法コントロールのきっかけを掴み始めた直人君、今度は魔王装備のコントロール。相変わらず厳しいシズクの訓練を続けます。
訓練部屋の空気は、いつもより乾いていた。
遊び場の匂いが薄い。
魔物たちは妙に静かだ。
直人は深呼吸を一つだけして、手袋の感覚を確かめた。
怪力はある。だが怪力は、制御できなければ事故る。
それを直人は痛いほど理解している。
シズクが、無駄のない声で言う。
「異界の魔王様」
直人は顔を上げる。
「素材はどうした?」
「毒素を消し去るには時間が必要です。
今暫くお待ちください」
直人は暫く遠くを見つめる。
そして、
「今日の課題は?」
「制御です」
「……それは毎日言われてる」
「毎日できていないからです」
ミリアが
「魔王さま怒られた♡」
直人は頷くしかできない。
シズクが続ける。
「異界の魔王さまは今、初級者です」
言い切り。容赦がないのに、どこか救われる言い方だった。
直人は息を吐いた。
(評価上がってる)
ミリアが後ろで、肩を揺らしそうになって止まる。
シズクが淡々と言う。
「先日、魔法の基礎は出来ましたが、力の制御はまだです」
「守るものを想像してください」
直人の喉が一瞬だけ詰まった。
「……ひな」
口に出さずとも、浮かぶ。
寝顔、指先、小さな声、笑い声。
胸が温かくなる。
温かくなるのに、視界が開ける。
自分でも不思議だった。
シズクは、その変化を見逃さない。
「今、マナの流れが落ち着きました」
直人は眉を寄せる。
「流れ?」
「異界の魔王さまの中の力が、暴れなくなりました」
直人は手を開いて閉じた。
力がある。だが“押しつける”力じゃない。
ちゃんと握れる。離せる。
「試します」
シズクが言うと、床の格子が淡く光った。
【訓練:模擬戦(撃破可)】
対象:スケルトン(再生型)
条件:殲滅/時間制限なし
シズクが言う
「骨は再生しますので、安心して戦ってください」
ミリアが小声で囁く。
「安心の仕方♡」
直人は黙って頷く。
訓練部屋の奥、扉が開く。
骨の擦れる音がした。
カラ、カラ、カラ。
スケルトンが出てくる。
一体、二体、三体、四体。
武器は錆びた剣と盾。動きは遅い。だが数がいる。
直人は一歩下がりそうになって、止めた。
逃げ癖を“制御”する。
それも訓練だ。
シズクが低く言う。
「異界の魔王様。力を出し切る必要はありません」
直人は頷く。
「分かってる。……出しすぎると事故」
シズクは一拍置いた。
「その言い方ができるなら、初級者です」
開始。
スケルトンが一斉に来る。
直人は、まず足を止めない。
走らない。けれど、止まらない。
靴の敏捷に命令する。
“今は、これくらい”
体が勝手に前へ出ない。
それだけで違う。
一体目が剣を振る。
直人は、半身で流す。
手袋に力を込めすぎない。
“押すだけ”。
コツ。
それだけで、骨がばらけて床に落ちた。
カラカラ、と乾いた音。
壊れたのに、嫌な感じがしない。
力を入れたのではない。
制御した。
直人は息を吐く。
(できた)
二体目が盾で押してくる。
直人は怪力で跳ね返したくなる衝動を、胸の奥で止める。
代わりに、角を少しだけ傾けた。
角――魔術の出力。
シズクが言っていた。
「角は、出力の栓です」と。
直人は、ひなの寝顔を思い浮かべる。
守るべきものの温度を、胸に置く。
“壊すな。通すな。制御しろ”
角の根元が、微かに熱くなる。
目(減衰)の水色が、ほんの一瞬だけ光った。
スケルトンの動きが鈍る。
盾が遅い。
剣の振りが“重い”。
直人はそこへ一歩だけ入る。
手袋の力を“半分”にする。
(出力50%……いや、これでも過剰だ。30%にキャップをかける)
掌底を、肋骨の中心へ。
ドン。
骨が崩れ、頭蓋が転がる。
直人は自分の手を見た。
壊していない。
“崩した”。
この違いが、今は大きい。
三体目と四体目が同時に来る。
直人は一瞬、迷う。
迷いそうになった瞬間、ひなの声が浮かぶ。
「パパ、まおうごっこ」
……違う。
これはごっこじゃない。
でも、守るための訓練だ。
直人は体を低くして、床を蹴った。
走らない。滑る。
靴が言う「走れ」を、「滑れ」に変える。
四体目の足元へ入り、膝を叩く。
骨の脚が外れ、崩れる。
そのまま、三体目へ。
スケルトンの剣が頬をかすめる。
怖い。だが、体が固まらない。
体の制御が効いている。
直人は短く息を吐く。
「……ごめん」
言いかけて、噛む。
現実の癖はまだ残っている。
代わりに、動く。
直人は手袋の力を“点”にする。
全力じゃない。一点だけ。
(全体出力は30%に絞ったままでいい。
インパクトの瞬間だけ、
指先へのリソース割り当てを一時的に50%に上げる)
胸骨の中心を、指先で弾くように叩き込む。
――パァンッ! 乾いた破裂音が鳴り、
四体目のスケルトンが衝撃を逃がしきれずに
内部からガラガラと崩れ落ちた。
床に、骨が散る。
乾いた音。
静かになった。
直人は肩で息をする。
倒れていない。
立っている。
手袋で何も壊していない。
(……全部、制御できた)
背後で、骨がきしむ音がした。
倒したスケルトンの骨が、ゆっくり集まり始める。
再生型だ。
戻っていく骨の音が、どこか機械みたいで怖い。
ミリアが小声で言う。
「戻るの、かわいい♡」
シズクが前に出た。
直人を見て、短く言う。
「合格です」
直人は一拍置いて聞き返した。
「……どの程度」
シズクは容赦なく現状を言う。
「初級者として、最低限の制御ができました」
直人はそれでも息を吐いた。
「最低限、でも……できた」
シズクは、ほんの一瞬だけ目を柔らかくした。
それは多分、褒めている。
「異界の魔王様」
「何」
「その制御を、現場でも維持してください」
直人は拳を握り、開いた。
守るための力。
壊さないための力。
床でスケルトンが再生していく音を聞きながら、直人は思う。
(強くなるって、こういうことか)
勝つことじゃない。
制御して、守れるようになること。
そしてそれは、少しだけ――現実に近い。
直人は息を整え、スケルトンの再生を見ながら、
次の動きを頭の中で組み立てた。
今度は、倒すだけじゃない。
“守るため”に動く。
そのために、今日の勝ちは必要だった。
(つづく)
何とかキッカケを掴み始めた直人君、いよいよ二章終盤となり、毎回何かの山が来ます。
次回は、いよいよB7へ。




