第二章 第21話 記憶の確保
階層増やし、LV上げた直人。やはりアレが気になります。
シズクによる地獄の基礎訓練を終え、全身の筋肉痛をごまかしながら
現実のリビングに戻っている。
家は静か。妻もひなも眠っている。
寝顔を見て愛おしいと思うのに、
先週末、ひなが笑っていたことは覚えている。
だが、どこで、何をして、その時自分が何を言ったのか、
その『記録』が欠落している。
さらに、日にちも抜けた。
(Lv5になり、抜けが出てるのか…)
魔界との往復、しかも、こちらと過ごした日々の差で混乱する。
スマホのスケジュールを再度確認する。
他に抜けは無いはずだ、無いはず……。
直人は自分の個人ミーティングルームを開始し、ミュートを入れた。
豪華な玉座への破壊を嫌って、指先だけで杖のUIを開いた。
通知が一件。
そして、ひと呼吸置き、聞こえてくる。
「――報告だ」
声は低い。背後ではない。空間そのものから響く。
デーモンロードは現場に出ない。
だが、報告は欠かさない。
直人にとっては、それが信頼の根拠だった。
「配置の状況は?」
デーモンロードの声は淡々としていた。
「B5:統治線確立。侵入経路遮断。
B4:アークデーモン、配下配置完了。地獄移設完了。
B3:サラマンダー、溶岩部屋移設完了。導線固定。
B2:デーモンジェネラル、迷宮巡回体系を学習中。
B1:エルダートロール、入口の“顔”を設定。撤退誘導学習中」
直人は内心でだけ息を吐く。
(言い方が俺…)
「魔物配置は?」
「適正だ。撤退を優先させている。
反乱兆候は――今のところない」
「食料は」
「配食規律を暫定で通した。農園出力で当面持つ」
報告が終わる。
すべてが問題ないように”見える”。
逆に、それが、不安要素だ。
「……ありがとう。ひとまず問題ない」
「問題はある」
デーモンロードは即答した。
「管理者の負荷だ」
直人は言葉に詰まる。
負荷。
その単語がzoom会議のワードで、笑えなかった。
「……それは分かってる」
デーモンロードの声が一段だけ低くなる。
「なら対策を打て。失う前に」
「失う」
その言葉が、直人の胸を掴んだ。
デーモンロードの気配が消える。
残るのは、画面の静かな光。
直人は唇を舐めた。
乾いている。
Lvが上がるたびに、体の中の何かが増えるのは分かる。
だが同時に、失う恐怖が増える。
直人は椅子から立つでもなく、ミリアの方を向いた。
「……どうすれば、記憶を失わずに済む?」
ミリアは、いつもの煽り顔を一瞬だけ消した。
ほんの一瞬。
「魔王さま。失わない、は難しいです」
「難しいで終わらせるな」
直人は、縋るような鋭い視線でミリアを射抜いた。
「“減らす”でもいい。やりようを言え」
ミリアは小さく肩をすくめる。
「マナです♡」
「……またそれか」
「またそれです♡」
直人は眉間に皺を寄せる。
「マナが何だ。俺の中にも溜まってるだろ」
ミリアは頷く。
「溜まってます♡ だから魔王さまは魔王です♡」
「なら何で欠ける」
「こぼれてます♡」
直人は目を細めた。
「こぼれる?」
ミリアは指を一本立てる。講師みたいに。
「異界の人間は、魔界の器じゃないです。
Lvアップで一気に流し込むと、溢れます♡」
「溢れた分が」
「どこかを削ります♡ 直人さまの“脳”の中を♡」
言い方。
言い方が軽い。内容が重い。
直人は息を吐いた。
「じゃあ、溢れないようにすればいい」
ミリアはにっこりする。
「はい♡ そのために“マナが必要”です♡」
「……同じこと言ってないか?」
「同じじゃないです♡ “器を増やす”マナと、
“安定させる”マナが別です♡」
直人は口を開きかけて、閉じた。
理解したくないほど、筋が通っている。
そこで、シズクが静かに口を挟んだ。
いつの間にか、部屋の端に立っている。
気配が既に圧。
「異界の魔王様」
「……なに」
「端的に言います。安定化が足りません」
「安定化?」
「量を増やすだけでは、器の中身が暴れます」
「必要なのは、流れを落ち着かせる事です」
直人は喉が鳴った。
「整える方法は」
シズクは即答する。
「当座は食事です」
直人は一瞬、安心しかけた。
食事なら、現実の発想で対応できる。
サプリだ。栄養だ。摂取だ。
――そう思った。
「ただし」
シズクが言う。
「ただし、通常の食料では足りません」
直人の安心が死ぬ。
「……何を食えばいい」
シズクは目を逸らさない。
「高マナ素材」
「具体的に」
「希少な草花。イベント級魔物の部位。高密度の核」
直人の顔が固まる。
「イベント級?」
ミリアが横で、楽しそうに言う。
「期間限定♡」
直人はミリアを見ない。見たら調子が狂う。
「それ、どうやって手に入れる」
直人が聞いた瞬間、ミリアが当然のように答えた。
「外注です♡」
直人は目を細める。
「現実語を持ち込むな」
「現実語の方が、魔王さまは動けるので♡」
シズクが補足する。
「異界の魔王様が狩る必要はありません。狩ると危険です」
「俺が弱いから?」
「弱いからです」
「言い切るな」
「事実です」
直人は唇を噛んだ。
「……誰に頼む」
ミリアは、悪びれずに言う。
「デーモンロードに相談♡それから
――フロアボスや魔人、配下の狩猟アルバイト♡ 」
直人は顔を上げた。
「デーモンロードはボスだ。雑務はさせない」
ミリアが微笑む。
「雑務じゃないです♡ “調達戦略”です♡」
言い換えが巧妙で腹立つ。
直人は少しだけ考える。
B5が整った今、現場は任せられる。
任せられるからこそ、次の問題に手が回る。
そして次の問題は――自分の頭だ。
直人は、震えそうになる拳を握り込み、吐き捨てるように言った。
「記憶が欠けたら、俺は終わる」
ミリアが一瞬だけ真顔になる。
「魔王さまが終わると、現世とつながります♡」
直人は拳を握った。
指先に手袋の力が満ちる。
壊す力じゃない。守る力として使え。
そう自分に言い聞かせる。
「……分かった。マナを“整える”」
ミリアが嬉しそうに頷く。
「素直♡」
直人は訂正する。
「素直じゃない。必要だからやる」
「それを素直と言います♡」
直人は杖のUIを開き直す。
“運用”の項目を探す。
そして見つからない。
直人は顔をしかめた。
「……マナ安定化の項目、ないぞ」
ミリアが涼しい顔で言う。
「まだです♡」
「まだ?」
「魔王さまが“必要だ”って言ったので、これから出ます♡」
直人は眉を寄せる。
「音声入力で機能追加かよ。バックログ管理どうなってる」
ミリアは笑った。
「魔王さまの言葉にはUIも従います♡」
直人は息を吐き、静かに結論を出す。
「まず、調達だ。素材を手に入れる」
シズクが頷く。
「調理は私が担当します」
直人は反射で言う。
「鍋が殉職するからな」
シズクは一拍置いて、初めて微妙な顔をした。
「……学習してますね」
ミリアが肩を揺らす。
「成長♡」
直人は笑わない。笑う余裕はない。
直人は、改めてデーモンロードに調達の手配を依頼する。
早く手を打たなければ、また何かが抜ける。
次に抜けるのが、名前でない保証はない。
現実では数分しか進んでいない。
ダンジョンは五階層になった。
統治が整った。
次は――自分の脳を整える番だ。
直人は、小さく呟いた。
「早く、集めてくれ」
直人は“調達”という希望に一筋の光を見る。
しかし、その前に、Lvアップの代償を払う事になる。
(つづく)
次回、直人君、プライベートが、ある意味ちょっとピークになります。




