第二章 第18話 食料危機
【PV4000到達感謝です】
階層増やす決断した直人、しかし、ダンジョンでは不穏な空気が漂っていた。
門の揺らぎ。
B4の増設を急ぎたい。門を安定させる“厚み”が要る。だが——
ダンジョンの空気が、妙に荒れていた。
いつもなら訓練部屋の方から、
金属音と「うおー!」みたいな陽気さが聞こえる。
今日は聞こえない。
代わりに聞こえるのは――地の底からうめくような音だった。
直人は杖のUIを開いた。
そこに、赤い通知が並んでいる。
【食糧:不足】
【士気:低下】
【意見箱苦情】「配給所で小競り合い」
直人は唇を噛む。
(そりゃそうだ。殺させない運用にした。撤退させる。
でも、撤退させたら……肉が落ちない)
背後から、ぬるい声。
「魔王さま♡ 反乱の香り♡」
直人は目を閉じて、深呼吸を一つだけした。
「想定内だ。ミリア、あれを始めるぞ」
次の階層を造り、レベルを上げるためには、圧倒的な魔物の増員が必要だ。
そのためのインフラ投資だ。
訓練部屋の隣、普段は魔物がだらだらしている休憩区画に、
急ごしらえの“集会所”を作った。
テーブルは石材、椅子は木箱。
木箱には、なぜか「持ち帰り箱」と刻印がある。
直人は見なかったことにした。
そこに並ぶのは、代表者たち。
ゴブリン隊の班長グブ。
トロルの料理当番。
ワーウルフの狩猟担当。
そして、デーモンロードは来ない。ボスは雑務に出ない。
代わりに――
配下の魔人が立っていた。
書類を抱えて。
顔が「総務」だった。
書類の一枚目に、赤字で「懲戒規定(案)」が見えた。
直人は見なかったことにした。
魔人が咳払いをする。
「魔王さま。食糧に関して、現場の声を――」
トロルが鍋を抱えたまま言う。
「肉がない。魔獣も死なないから食えない」
ワーウルフが低く唸る。
「獲物がいない。侵入者は逃げる。狩りに行けと言われても困る」
直人は会議で詰められる管理職のように頷きを繰り返す。
「討たせないし、逃げさせてるからな」
全員の視線が直人に刺さる。
刺さるが、直人は刺さったまま言う。
「供給を増やす。殺さずに食料を増やす」
一瞬、沈黙。
次に、トロルが聞き返す。
「どうやって」
直人は杖の画面を表示した。
「生産する」
ミリアが嬉しそうに言う。
「農園♡」
直人は杖で新規部屋のメニューを開く。
増築は“クリック一発”ではない。
このダンジョンは、現実と同じで――工数がいる。
【新規部屋:追加】
候補:農園(未解放)
直人は画面を見て、静かに言った。
「……資材足りない」
結局、資材調達は“現場”に振る。
デーモンロード配下(総務魔人)が指示を回す。
オークが石材化班、リザードマンが土木班、
トロルが運搬、ゴブリン隊が工作班。
直人は現場の動線を引くだけに集中した。
以前、シズクやミリアから聞いていた「作物」だ。
【作業指示】
・採掘:B2通路外壁(崩落禁止)
・予定作物:無限キノコ、増殖魚、マナミート
シズクが控えめに頷く。
「妥当です」
直人は内心で安堵する。
(戦闘メイドに“妥当”と言わせた)
問題は、農園の“中身”だった。
水源。光源。温度管理。
魔界の地下で、農業。
普通に考えれば無理だ。
直人はミリアを見る。
「……これ、誰が設計する」
ミリアは笑った。
「魔王さま♡ エルフです♡」
直人は確認する。
「雇えるのか」
「雇えます♡」
「条件」
「食事♡ 居住♡ 権限♡映え♡」
直人は眉を寄せる。
「最後は趣味だよな」
ミリアが涼しい顔。
「エルフは、土と水に口出します♡」
直人は淡々と返す。
「現場が回る口出しは歓迎。映えの口出しは却下」
ミリアが指を鳴らす。
「呼びます♡」
“すぐ来る”のは都合が良すぎるので、直人は止める。
「待て。契約書を作る。KPIも」
ミリアが目を丸くする。
「農園にKPI♡」
「治安対策だからな」
翌ダンジョン日。
(念のため一度戻り、またミュートしてきた)
農園予定地――増築中の巨大区画に、ミリアが連れてきたのは、
妙に目が据わったエルフだった。
ベテランに見える。顔が“百年単位の職人”だ。
エルフは直人を一瞥して言った。
「……魔王? 人間?」
直人は胸を張らない。
「異界から来た。農業は素人だ」
エルフは頷く。
「素直は良い。嘘つきは土が嫌う」
ミリアが得意げに言う。
「この方、魔界農務の達人です♡」
直人が手を上げる。
「まずは要件から」
直人は契約UIを出す。
【雇用:エルフ(農園長)】
職務:農園設計/栽培指導/生産安定化
報酬:食事改善/居住区画/資材優先権
福利:『完全オーガニック魔素の専用温室』付与
エルフが笑った。
「シリカと申す。契約する魔王は初めてだ」
直人は淡々。
「現場は雇用が支える」
ミリアが拍手しそうになって止める。
「魔王さま、板についてる♡」
直人は一瞬、目線をミリアに向ける。
そして、改めて
「作れるのか。無限キノコ、増殖魚、マナミート」
シリカは指を三本立てた。
「無限キノコは可能。増殖魚も可能。だが、条件がある」
直人は頷く。
「何だ」
「水だ。水源が弱い。今のままだと“増えない”」
直人は杖UIを見る。
水源設備が「未設置」だ。
ミリアが笑う。
「魔王さま♡ 水、どうします♡」
シリカが即答。
「掘れば良い。地下水脈を読む」
直人は総務魔人を見る。
「掘削班を追加。安全最優先。崩落絶対回避」
総務魔人が真顔で言う。
「崩落時は安全確認できる迄、食料生産できません」
ワーウルフが即反応
「崩落絶対阻止」
総務魔人が言う
「ご安全に」
ミリアが囁く。
「魔王さま、完全に管理職♡」
直人は聞こえないふりをした。
直人は、再び現世に戻り、無事を確認して戻ってくる。
そして――
農園の設備が揃う。
まず、無限キノコ。
見た目は普通のキノコ。
ただし、切っても切っても生える。
切り口が“じわっ”と再生する。
直人は眺めて言う。
「……こわい」
シリカは平然。
「食べ物だ。怖がるな」
シズクが頷く。
「厨房で制圧すれば問題ありません」
直人は一拍置く。
「制圧って料理用語じゃないよな」
次、増殖魚。
水槽――いや、池ができた。
水面に小さな波紋が広がり、
最初の一匹がふわりと分裂するように二匹に増えた。
次の瞬間、数が倍になり、また増えて……
直人は思わず息を呑んだ。
直人は杖の画面を見る。
【警告】魚:増殖速度が想定超過
【提案】抑制:捕食者の投入(小)
直人は即答しない。
「……捕食者って誰だ」
ミリアがにっこり。
「スライム♡」
直人は頷く。
「採用。抑制は“食べて調整”が一番平和」
シズクが淡々と補足する。
「食べて太ったスライムを私が制圧(調理)します」
直人は胃を押さえた。
「……この世界の平和の概念は“食べて回す”だな」
最後、マナミート(人工肉)。
シリカが言った。
「魔素を繊維化する。噛みごたえを作る。味は――調整次第」
シズクが静かに一礼。
「調整は私が担当します」
直人は返す。
「味見だけする」
ミリアが小声で囁く。
「魔王さま、成長♡」
直人は再び現実に戻り、
会議をこなし、家族と過ごし、再度来てみる。
数日(ダンジョン日)が経つ。
配食の列が変わった。
押し合いが減る。
意見箱には投書が無くなった。
代わりに増えたのは、申請だ。
グブが板を出す。
『転職希望届(農園)』
ボゴが続く。
『配置転換希望(魚係)』
直人は目を細める。
「……申請文化、まだ続くか」
ミリアが涼しい顔。
「魔王さまが現実で使うから♡」
直人は一拍置いて言う。
「……俺、教育してない」
農園では、魔物たちが働いていた。
ゴブリンがキノコを切り、スライムが池を掃除し、
リザードマンが水路を整備し、トロルが運搬している。
なぜか皆、妙に真面目だ。
シリカが腕を組んで言う。
「働けば腹を満たすものを得られる。
腹が満ちれば刃は収まる。
他の作物も追々増やす」
直人は頷く。
「統治の基本だな」
ミリアが嬉しそうに言う。
「魔王さま♡ いい魔王♡」
直人は、一言。
「運用だ」
その瞬間、杖のUIに新しい通知。
【完了】農園:稼働開始
【改善】反乱予兆:沈静化
【想定】人口:増加(※食糧改善のため)
直人はゆっくり画面を閉じた。
食糧が改善すると、人口が増える。
人口が増えると、また管理が増える。
どこまで行っても――仕事だ。
階層増設で人口は必要だ。
杖のUIを開く。
その瞬間、別の赤が一つだけ残っていた。
【門:不安定化(軽度)】
直人は画面を閉じずに、次の項目へ指を滑らせた。
【課題】
・農園拡張(設備不足)
・水源増設(恒久)
・人員再配置(転属希望:増)
直人は小さく息を吐いた。
「転属か……。定期異動させるか」
ミリアが、誰にも聞こえない声でクスクスと笑った。
「よっぽど恐ろしい支配体制ですよ、それ♡」
農園の奥で、無限キノコが静かに増えていた。
増え方が“自然”だった。
ミリアが、誰にも聞こえない声で笑った。
「夜より、よっぽど好き♡」
直人は気づかないふりをして、仕事を続けた。
(つづく)
食料事情を改善したので、ようやく階層増築に取りかかれる。
直人は傷む心で前に進む。
※ お知らせとお詫び
他作の名前をうっかり使ってしまっていましたので、訂正入れました。
訂正部分:直人の妻の名
誤)美咲
正)美沙
申し訳ありません。




