第二章 第16話 B1突破アラート
直人はいつものようにzoom会議。
そう、いつものように、いつもの・・・
――ピロン。
モニターのUIが、slack通知みたいな軽さで鳴った。
軽いくせに、内容は重い。
【アラート】B1:防衛ライン突破
状態:侵入者、B2へ移行
直人は椅子から半分立ち上がりかけて、慌てて座り直した。
物音を立てるな。現実だ。
「……突破? B1が?」
脳内の最悪ケースが、勝手に走る。
サラマンダーがやられた。
撤退誘導が崩れた。
侵入者がB2へ。
直人は低い声で言った。
「サラマンダー……!」
叩くようにログを開く。
【B1】フロアボス応答:なし
【B1】被害:軽微(※戦闘なし)
直人が固まる。
「戦闘なし……?」
急いでミュートし、「魔王」コマンドで玉座の間に行く。
背後から、涼しい声。
「落ち着いてください」
振り向くと、例の銀髪。
直人は噛みつくように言う。
「落ち着けるか! B1が抜かれたんだぞ!」
すると、デーモンロードがB3側の影から、姿を見せずに“声”だけを落とした。
姿は見えないのに、圧だけがある。
「抜かれたのではない」
「何が違う!」
「通した」
直人の眉間に皺が寄る。
「通した?……誰が」
「私だ」
直人は一拍、言葉を失った。
(出ないボスが、なぜ……? いや、出てない。声だけだ)
直人は低い声で問う。
「サラマンダーはどうした」
デーモンロードが淡々と答えた。
「狩猟休暇を与えた」
「狩猟休暇?……」
「魔界では通常だ。狩りに出る。餌を取り、戦意を整え、魔素を回す」
ミリアが横で、嬉しそうに補足する。
「直人さま♡ “有給”です♡」
直人が睨む。
「言い換えるな。通じない方がまだマシだ」
デーモンロードの声が続く。
「サラマンダーは“撤退”を学んでいる。だが、異文化学習には休息がいる」
直人は低い声で言い返す。
「休息のせいでB1突破されてる!」
デーモンロードは
「心配するな――B2で止まる」
直人はログを見直す。
【B2状況】
侵入者:(4名)
状態:滞留 4時間
進捗:ボス部屋到達 0%
帰還:未
戦闘:一部配置魔獣
備考:ループ判定 12回
直人は目を細めた。
「……12回?」
ミリアが嬉しそうに言う。
「魔王さま♡ 迷ってます♡」
背後から、声だけ。
デーモンロード。
「設計通りだ。 侵入者は自分で折れる」
戦闘痕なし。
つまり侵入者は「勝った」のではない。
「空いていたから通った」。
直人は、胃の奥が嫌な方向に冷えるのを感じた。
(……運用事故だ。魔界でも同じかよ)
ミリアが囁く。
「直人さま♡ “穴”って、怖いですよね♡」
直人は、頭痛を堪えるように奥歯を噛み締めた。
「穴はどこでも怖い」
デーモンロードの声が、静かに落ちる。
「魔王。学べ。強さではなく、穴を埋めることが統治だ」
直人は唇を噛んだ。反論したい。でも正しい。
「……次から勝手に休ませるな」
「承知した」
「事前に“狩猟休暇”の申請を出せ」
「申請文化を植える気か」
「植える。俺は社会人だ」
ミリアが吹き出す。
「最悪♡」
直人が睨む。
「褒めるな」
直人はUIの配置画面を開いた。
B1が空く。穴ができる。そこを突かれる。
戦闘じゃない。運用だ。
「……今はB2だ。止める」
直人は杖のUIを切り替え、B2の現場ログを見る。
【会話ログ(抜粋)】
剣士「……同じ石像、三回目だ」
弓手「違う。角の欠け方が、さっきと逆だ」
魔法使い「……逆? じゃあ、戻ってる?」
神官「戻ってるなら帰れるはずだよね……?」
剣士「帰れない。出口がない」
直人は椅子の背に体重を預けた。
「……士気、死んでるな」
直人は眉を寄せた。
「戻れないのは問題だ」
デーモンロードはあっさり言う。
「戻れる。だが見えないだけだ」
「……見えない?」
「人間は、帰り道が見えないと“帰れない”と思う。
その錯覚が士気を削る」
ミリアがにこにこする。
「魔王さま♡ ほっとけば勝ち♡」
直人が睨む。
「勝ちって言うな。撤退させるんだ」
シズクが冷たく補足する。
「異界の魔王様。士気が落ちれば座り込みます。
座り込みは、最も安全な敗北です」
直人は喉の奥で唸った。
(安全な敗北……それは確かに、望んでいた形だ)
デーモンロードが軽く言う。
「撤退“させる”必要すらない。
侵入者は、放置されると自分で撤退の理由を作る。
管理者が“回収”を用意する」
直人が顔を上げる。
「回収?」
直人は一拍考えた。
(締め切り運用か……現実と同じだな)
直人はUIに短く入力した。
【B2運用ルール】
滞留が一定時間(概ね4時間)を超えた侵入者に、
“撤退導線”を一度だけ提示。
提示後は、追撃なし。
ミリアが拍手しそうになって止める。
「魔王さま♡ 優しい♡」
直人は即答。
「優しくない。事故が嫌なだけ」
その頃、B2の迷子パーティは、石の床に座り込んでいた。
剣士が剣を置き、天井を見上げる。
「……なあ。これ、帰れなくね?」
魔法使いが小さく言う。
「殺さないで見てる」
神官が泣きそうになる。
「やだぁ……」
剣士が吐き捨てた。
「……魔王、性格悪い」
その瞬間、足元の石がふっと温かくなった。
床の魔紋が一筋だけ淡く光り、
まるで誰かがそっと帰り道を示したかのように線を描いた。
矢印ではない。
“帰れるかもしれない”程度の、いやらしい導線。
剣士が顔を上げた。
「……今?」
弓手が歯を食いしばる。
「……選ばせてる」
神官が泣きながら立ち上がる。
「帰る! 帰る帰る帰る!」
四人は光の線を辿る。
辿った先に、出口があった。
最初からあったのに、見えなかった出口が。
誰も振り返らない。
誰も“次は勝つ”と言わない。
言えるほど、心が残っていない。
直人はログを閉じた。
「……よし。これで放置運用できる。だが締め切りは必要だ」
デーモンロードの声が落ちる。
「統治だ」
ミリアが嬉しそうに囁く。
「魔王さま♡ お仕事♡」
直人は乾いたため息を吐いた。
「仕事じゃない。
だが、仕事みたいにしか守れない。
今日はB2で折れた。
それでも、穴は一度開いた。」
B2の表示が静かに脈打つ。
“無限ループ”は、今日も静かに誰かを折る。
(つづく)




