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リモート会議してたらダンジョン管理者になって、改善してたら魔王に定義されました。略称「リモート魔王」  作者: 遠藤 世羅須
第二章 魔王編 通勤魔王

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第二章 第15話 シズクの独り言

続けてのシズク回です。

一人で呟いています。

挿絵(By みてみん)


夜は、訓練部屋に集まる。

魔物が遊ぶ夜。怪我を笑い、転んだ者をからかい、また立ち上がる夜。

そこが“日常”になるように、私は毎日、刃を鈍らせている。


訓練部屋の片隅。

床の傷の数を数える癖がある。

数えても意味はない。

意味がないことだが、数えていると、心が整う。


——ここは、私の居場所だ。

そして同時に、私が守るべき“現場”だ。


今日も、異界の魔王様は倒れた。

倒れ方が派手ではないのが余計につらい。

転ぶ角度が悪い。受け身が遅い。

装備の性能が彼を救い、彼の未熟さが装備を持て余す。


私は、壊れた肘掛けを直す。

壊れた床を整える。

壊れた自尊心を、見ないふりをする。


異界の魔王様は、強くない。

だが、強くないことを誇らない。

強くないまま、守ろうとする。


それが、一番厄介だ。


強い者は守れる。

弱い者は守られる。

普通はそうだ。


だが、異界の魔王様は、弱いのに守る側に立っている。


——だから私は、厳しくする。


優しくすれば、彼は「大丈夫だ」と思ってしまう。

大丈夫だと思った瞬間に、彼は失う。


彼の中には、異界の“時間”がある。

異界の“匂い”がある。

そして、異界の“人”がいる。


彼はそれを、全部抱えている。

抱えたまま、笑おうとする。


笑ってはいけない場所で笑う癖。

謝ってはいけない場所で謝る癖。

現実の癖が、そのままこちらの仕様に刺さる。


私は何度も見てきた。

言葉ひとつで、現場が増える。

息ひとつで、空気が変わる。

小さな油断が、門を揺らす。


異界の魔王様は、今日も「すみません」と言いかけた。

言い切る前に止めた。

止めたから、彼は学んでいる。


学んでいるのに、誰も褒めない。

褒めれば、彼の心が浮く。

浮けば、彼は加速する。

加速すれば、彼はまた失う。


——褒められると、調子に乗る。

異界の魔王様は、その自覚がある。

自覚があるのに、止められない。


それが、人間だ。

それが、異界の魔王様だ。


私は異界の人間を知らない。

正確には、異界の人間をわずかしか知らない。


魔界の者は、失っても戻る。

いや、戻るのではない。

失う場所が違う。


私たちは、失ってもここに残る。

ここが現場で、ここが世界で、ここが生活だ。


だが異界の魔王様は違う。

失えば、彼の現実が削れる。


削れた現実は、誰が拾う?

妻が拾う。

子が拾う。

拾ってはいけないものまで、拾わされる。


私は、それが嫌だ。

嫌なのに、私は現場の者だから、嫌という感情を影に隠す。


だから私は、刃を向ける。

刃は殺すためではない。

生かすための恐怖だ。


異界の魔王様が、ゴブリンに負けたとき。

私は胸の奥で、ほんの少しだけ安心した。


負けるのは正しい。

負け方を覚えるのは、もっと正しい。

勝つより先に、倒れ方を知る必要がある。


彼は倒れた。

だが、倒れた後に立った。


立つ練習を始めた。

始めたのが、彼の偉さだ。


偉さを、誰も見ない。

だから私は見ている。


——見ているだけだ。

まだ言わない。

言えば彼は、背負う。

背負えば彼は、また何かを欠く。


デーモンロード様との模擬戦も教育だ。

私はデーモンロード様には敵わない。

しかし、覚悟と心構えだけは示せたはずだ。

やりようがある事を。


夜。

私は訓練部屋の端で、銀の盆を拭く。

盆は、ただの道具だ。

だがこの盆の上に乗る食事が、現場を回す。


腹が満ちれば刃は収まる。

腹が満ちれば、反乱は遠のく。

腹が満ちれば、異界の魔王様は「守る理由」を思い出す。


異界の魔王様は、守る理由を忘れない。

忘れないから、苦しむ。


苦しむから、強くなる必要がある。

強くなると、また失うかもしれない。


矛盾が、彼の背中に貼り付いている。

私はそれを、剥がせない。

剥がしてやりたいとすら思わない。

剥がしたら、彼は魔王ではなくなる。


私は現場の者だ。

現場の者は、夢を守らない。

手順を守る。

手順が守られた先に、たまたま夢が残る事がある。


だから今日も言う。


「異界の魔王様。立ってください」

「異界の魔王様。目線を上げて」

「異界の魔王様。謝らないで」


彼は、頷く。

頷いて、また転ぶ。

転んで、また立つ。


私はその繰り返しの中で、ひとつだけ確信している。


——異界の魔王様は、ここから逃げない。


逃げない者は、現場を変える。

変える者は、いつか“現場”そのものになる。


だから私は、今日も刃を収める。

殺さないために。

生かすために。


そして、盆の上の湯気を見つめながら、心の中でだけ呟く。


(……失わないでください)

(あなたの現実を)

(あなたの家族を)


その言葉は声に出さず、湯気の向こうへ溶かした。

声にしたら、彼は背負う。

背負ったら、また何かを欠く。


私はまだ、呼び方を変えない。

まだ、認めたと言わない。

その時まで。


——でも、見ている。

見ているだけで、今は十分だ。

私はただ、明日の彼を立たせるために、冷たく銀の盆を磨き上げる。


(つづく)

すみません。推しの独り言をお聞き頂きました。

次回、また通常?業務に戻ります。

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