第二章 第11話 撤退訓練(三文判?)
悩み多き直人だが、ダンジョン運用は当座の仕事。新参ボスのサラマンダー教育が必要。訓練部屋へ向かう
豪華すぎる玉座の間。
座らない。座ったら負ける気がする。
「棘」が刺さったままだ。
他に何か忘れてるのか?
生きた心地がしない。
昨日もシズクの訓練で、地獄の筋力コントロール特訓をさせられた。
コントロールを失敗して石床を粉砕してしまった。
スライムを蹴飛ばしてしまった。
周囲の魔獣を別の意味で沈黙させた。
シズクの冷たい目線が今も思い出される。
気を取り直し、
UIが必要最低限を点灯させる。
【魔王Lv:3】
【ミュート5分=異界4日】
【復活:7年】
直人は小さく呟く。
「……上げない。運用で回す」
背後で、ぬるい声。
「運用♡ すてき♡」
ミリアだ。いつもの笑顔で、いつもの位置にいる。
直人は振り向かない。
「すてきじゃない。胃が痛い」
「胃が痛いの、好きですもんね♡」
「好きなものか」
「今日の課題」
B1撤退誘導
背後に気配
シズクだった。
背中に長剣。左手に武器。右手に銀の盆。
訓練でも配食の準備ができている顔だ。
直人は反射で言う。
「お前、いつから」
「最初から」
「いつも盆持ってるな」
「メイドの盾です」
「!!」
シズクは一歩前に出た。
「異界の魔王様。侵入者にいきなりフロアボスは出しません」
直人が頷く。
「だよな」
「最初は雑務係が担当です。巡回、報告、誘導」
「……現実みたいだな」
「現実です」
ミリアが横から囁く。
「何処でも、現場は雑務♡」
直人が睨む。
「雑務で社会は回るんだ」
直人は【訓練部屋】を選ぶ。
扉の向こうは、体育館みたいに広い訓練部屋――兼、魔物の遊び場。
スライムが跳ね、コボルトが走り回り、小型の飛翔魔物が天井近くを旋回している。
そして火を吹く魔物。
直人は視線を走らせて、ひと息つく。
ミリアが当然みたいに言った。
「魔王さま♡ 元々いた子たちです♡」
「“元々”ってどこからだ」
「安心してください♡ ちゃんと雑魚です♡」
「そういうのを安心詐欺と言うんだ」
ゴブリン隊が整列していた。
グブが一歩前に出て、妙に丁寧に頭を下げる。
「管理者さま。本日の巡回、報告、指揮系統の確認でございます」
直人は目を細めた。
(こいつら、賢くなりすぎだろ)
ミリアが横で嬉しそうに言う。
「直人さまが“最適化”したので♡」
「俺は最適化してない」
「しました♡」
「勝手に拡大仕様になってる」
直人は短く切る。
「よし。今日は“管理”の型を覚える。」
ゴブリンが一斉に頷く。
怖いくらい素直だ。
「サラマンダーも呼べ」
ミリアがサラマンダーを呼ぶ。
暑苦しい声が聞こえる。
「異界の魔王!何だ!」
サラマンダーが出てきた。
熱気が一段増える。
「撤退訓練を行う。実力を示せ」
「わかった。見るがいい」
直人は指を二本立てた。
「一つ、巡回はゴブリン。誘導灯はスライム。
盾はスケルトン。
二つ、抑止の見せ札は――サラマンダー」
サラマンダーが胸を叩く。
「俺の出番だな!」
「出番は“出ない”出番だ。燃えるな」
直人は嫌な予感がした。
シズクが淡々とルールを言う。
「訓練内容。ゴブリン隊の巡回ルート再設定。報告の簡略化。
撤退誘導の統一」
直人が頷く。
「OK。現実で言うと…」
ミリアが食いつく。
「KPI♡」
直人が睨む
ミリアは上目使いで、いたずらっ子のような目で直人を見ている。
直人はゴブリンに指示する。
「巡回は三人一組。報告は短く。異常があったら“赤”だけ」
グブが早速板を出す。
『巡回報告(赤のみ)』
直人は椅子からずり落ちかけた。
「ボード準備してたのか」
サラマンダーが割って入る。
「返事が聞こえん! 声は腹からだ!」
ゴブリン隊が背筋を伸ばし、大声で
「はいっ!」
直人が低い声で言う。
「体育会系か」
サラマンダーは真剣な顔で頷き、次の瞬間、ゴブリンに向かって叫んだ。
「巡回! 走れ! 返事は二回! “はいっ!はいっ!”だ!!」
ゴブリンたちが揃って「はいっ!はいっ!」と二度返事を返す。
直人は頭を抱えた。
「どこでそんな文化学んだ」
ミリアが笑う。
「かわいい♡」
直人が睨む。
「可愛くない。どこかのブラック企業だ」
次は撤退誘導の練習。
侵入者役は“訓練用の幻影”。
ミリアがそういうのを出せるらしい。
武器は木剣。安全設計。
侵入してくる。
すると、いきなりサラマンダーが進み出て、炎を吐く。
ゴォ――
驚いた幻影たちが撤退してゆく。
「どうだ、撤退したぞ」
直人は頭を抱えて絶望する。
「今まで何を聞いていたんだ」
「撤退させたのに、いかんのか?」
直人は諭すように話す。
「入口で追い返すな。学習される」
「少しだけ進ませろ。少しだけ宝箱取って得をさせろ。
――そのうえで、自分から帰らせる」
サラマンダーは、撤退させたのに怒られて不満顔だ。
「おまえは、自分で出るのではなく、配下を使って帰らせる事を覚えろ」
シズクが出て来て
「異界の魔王さま、私が後ほど指導致します」
「頼む」
改めて「幻影」たちが入って来るところから。
ゴブリン隊が前に出る。
グブが丁寧に頭を下げる。
「侵入者さま。こちら、通行申請は――」
直人が遮る。
「申請は今日は無し。撤退誘導を覚えろ」
グブが固まる。
「……撤退誘導」
「そう。戦う前に帰ってもらう」
ボゴが板を出す。
『お帰りはこちら(明るい矢印)』
ニョがペンを出す。
「お帰り理由の記入を……」
直人は椅子からずり落ちかけた。
「帰らせるのに書類いらんだろ!」
ミリアが囁く。
「現実の癖が♡」
「直す!書類文化直す」
直人は短くまとめた。
「いいか。撤退誘導は三つだけ」
指を折る。
「①帰り道を“誘導”する」
「②危険を“匂わせる”」
「③攻撃しない。追わない」
ゴブリン隊が一斉に頷く。
サラマンダーが腕組み。
「攻撃しない? それで帰るのか?」
直人は淡々。
「帰る。人間は“得”で動く」
そのとき、幻影が一歩進んだ。
ゴブリン隊が左右に開く。
幻影は攻撃しようとするが、ゴブリン隊とスケルトンが
上手に壁になり、攻撃させない。
そして、
通路の床がふわっと光って、矢印が出る。
スライムがなぜか道案内みたいに跳ねる。
幻影が矢印を見て、足を止めた。
迷う。
人間らしい迷い。
グブが丁寧に言った。
「こちらの道は段差が少なく、帰りやすいです」
直人は低い声で言う。
「段差少ない情報いらないけど…まあいいか」
控えていたスケルトンが”壁”を作り、帰路だけ開ける。
幻影が矢印の方へ動く。
撤退――成立。
直人は内心でうなずいた。
(実際は素直にいかないが、訓練じゃあこんなものか。これでB1はしばらく回る)
グブが来て、胸を張って言う
「魔王さま、これで三文判ですか」
(三文判?書類も持っていないが…)
直人は直感で閃く。
「三文判じゃない、”太鼓判”だ」
グブは嬉しそうな顔で皆の所に戻る。
(誰がそんな文化を・・・、まてよ、これは”伝言ゲーム”だろ)
ミリアがにこやかに言う
「直人さま、文化侵食♡」
「おまえが教えたのか?」
そこに、サラマンダーが進み出て急に熱くなる。
「よし! 俺も“声かけて”抑止だ!」
直人が嫌な予感。
「やめろ」
サラマンダーは胸を張り、息を吸い――
「退けええええ!!(腹から)」
ゴオッ。
火は――部屋中に反射して、全員が“危険”を理解した。
ゴブリンが体育会系の返事で叫ぶ。
「はいっ!はいっ!!」
直人は無言で顔を覆った。
「……抑止が雑すぎる」
サラマンダーが爽やかに笑う。
「抑止成功!」
「成功の定義がない」
ミリアが腹を抱える。
「体育会系♡」
直人は死んだ魚のような目でミリアを見た。
「KPIどこ行った」
シズクが一歩前へ出た。
「異界の魔王様。やはりサラマンダーは“熱意調整”が必要です」
直人が頷く。
「必要だな」
「訓練で矯正します」
「頼む」
サラマンダーが胸を叩く。
「漢は熱さよ」
直人は低い声で呟く。
「次は消防訓練だな」
(続く)
”文化摩擦”で消耗する直人、しかし、そんな枝葉よりも、やはり”あの事”が気になる。




