第二章 第10話 アークデーモン面接(地獄がお好み)
サラマンダー面接が終わり、B1ボスはほぼ確定。次はB2ボス部屋候補が来る。アークデーモンだ。直人の”仕事”は続く。
B1の改造申請を締めた直後。
面談の間に、今度は“匂い”が来た。
甘い。
香水みたいに甘い。
でも、その奥に焦げた紙の匂いが混じっている。
扉が音もなく開く。
背の高い影が滑るように入ってきた。
黒い外套。
細い指。
笑っているのに、目が笑っていない。
視線だけで、こちらの“弱いところ”を探してくるタイプ。
こちらも、面倒な予感しかない。
ミリアが当然のように言う。
「魔王さま♡ B2フロアボス候補、アークデーモンです♡」
直人は低い声で返す。
「……候補、ね。要件」
アークデーモンは、軽く礼をする。礼が軽い。
「要望は二つ。
一つ目は、B2のボス部屋を“地獄風”にしたい」
「地獄?」
「床は黒曜石。壁は血のように赤く。鎖。檻。呻き声。業火の――」
直人が遮る。
「映えが好きなだけだろ」
アークデーモンは肩をすくめた。
「映えるのは否定しない。だが実益がある」
直人は杖のUIを開く。
「実益を言え」
アークデーモンの口調が少しだけ仕事になる。
「ダンジョンは“疲れ”と“疑念”の場所だ。人間は迷うと、自分の判断を疑う」
「……」
「疑えば撤退する。撤退すれば、魔王の要望通りだろう」
直人は一拍、頷いた。
「そこは合ってる」
アークデーモンは指を一本立てる。
「そして二つ目。使い魔を置きたい」
直人の眉が動く。
「使い魔」
「小さくて、目立たない。だがよく見る。よく聞く。よく記録する」
ミリアが目を輝かせる。
「かわいい♡」
直人が即座に釘を刺す。
「かわいいで採用しない」
背後から冷たい声。
「異界の魔王様。使い魔は“監視”に有効ですが、漏洩リスクもあります」
シズクだ。右手に銀の盆。
今日も訓練と配食の気配しかない。
直人は頷く。
「よし。条件を切る」
直人は現実の言葉を、また持ち込んだ。
持ち込みたくない。
でも持ち込まないと、地獄が現実に漏れる。
【B2ボス部屋 改造申請:地獄風(演出)】
目的:撤退率向上(心理的負荷/迷い誘発)
必須:撤退導線の視認性(迷わせても帰り道は消さない)
必須:緊急遮断(即時停止)
直人はアークデーモンを見る。
「地獄風は許可。ただし“呻き声”は禁止」
アークデーモンが一拍黙り、次に笑った。
「魔王さまは、詩が嫌いだね」
「詩は会議資料に入らない」
ミリアが吹き出す。
「魔王さま♡」
「褒めるな、褒めるな」
直人は続けて打ち込む。
【使い魔配置:許可(条件付き)】
役割:監視/誘導/ログ収集(“見張り”ではなく“記録”)
禁止:現実側の観測(幼稚園・園児への視線は不可)
必須:一斉停止コマンド対象(緊急遮断と連動)
アークデーモンが、嬉しそうに言った。
「君、こういうの好きだろう」
直人は低い声で返す。
「好きじゃない。必要だからやる」
シズクが淡々と補足する。
「異界の魔王様。使い魔は“穴”を埋める道具になります」
直人は杖のUIを確かめ、最後の釘を刺した。
「地獄風は“撤退のための設備”だ。映えのために盛ったら廃止」
アークデーモンが静かに頷く。
「了解。盛らない。……多分」
「多分って言うな」
ミリアが横から囁く。
「魔王さま♡ “多分”は危険ワード♡」
直人は何も言わず睨む。
直人は決裁ボタンにカーソルを合わせる。
押せば、B2は“それっぽい地獄”になる。
でも、それで門が安定するなら――必要だ。
直人は押した。
【改造承認:B2ボス部屋】
モード:地獄風(心理負荷/迷い誘発)
撤退導線:常時表示
緊急遮断:ON
【使い魔配置:承認】
用途:監視・誘導・ログ
現実側観測:禁止
一斉停止:ON
「B2。中継階層は“迷宮”にする」
アークデーモンが口角を上げる。
「なるほど。私向きだ」
「そうだ。B2は“統制”と“誘導”。侵入者が疲れる階だ
無限ループも入れる」
ミリアが小さく拍手しそうになって止まる。
「嫌な階♡」
「最適解だ」
直人は釘を刺す
「ただし、デーモンロードの承認が必要だ」
アークデーモンは、満足げに笑った。
「承知した」
直人は低い声で返す。
「帰らせる。殺さない」
「君は優しい」
「優しくない。現実の事故が嫌なだけだ」
直人は一拍置き、淡々と言った。
「B2フロアボス、仮採用。使い魔は条件付き」
ミリアが拍手する。
「採用♡」
シズクが銀の盆を差し出す。
「異界の魔王様。採用祝い」
直人は受け取りながら、B1とB2の承認ログを見比べた。
(……俺、魔界で内装業者やってないか?)
ミリアが嬉しそうに囁く。
「魔王さま♡ “統治”です♡」
直人は低い声で返す。
「胃が痛い」
直人は最後に、壁際の表示を指した。
【B3フロアボス:デーモンロード(配置済)】
「B3はデーモンロード。最下層は動かさない」
サラマンダーが首を傾げる。
「じゃあ俺、いつかあいつと戦うのか?」
直人は即答。
「戦わない。お前はB1で帰らせろ。統治しろ」
アークデーモンが笑う。
「俺は出ないのか」
直人は低い声で返す。
「出たら負けだ。仕事が増える」
ミリアが露骨に不満そうに口を尖らせた。
「フロアボスが三人♡ つまり管理が三倍♡」
直人は無表情。
「B1とB2が増えただけだ。人間だと胃が死ぬ」
「二人とも定義なしで雇う。デーモンロードに従え」
アークデーモンが目を細める。
「……“定義なし”か」
直人は頷く。
「裁量で動け。その代わり――現実には触るな」
サラマンダーが首を傾げる。
「現実?」
直人は一拍置き、言い直す。
「門の外側だ。触るな」
二人が頷いたところで――
背後から、氷みたいな声。
「異界の魔王さま。訓練です」
シズクだった。
スープを下げたはずだが、もうそこにいる。
存在が理不尽。
直人は反射で言う。
「今、面接中」
シズクは淡々と返す。
「面接は座ってできます。訓練は今しかできません」
「意味が分からない」
「Lv3になりました。ミュート5分で4日進みます」
直人は顔が固まる。
「……それが何だ」
「出力が上がりました。事故ります」
「壊しやすくなったと」
ミリアが露骨に不満そうに口を尖らせる。
「シズク、直人さまの時間を取りすぎ♡」
シズクは一切見ない。
「異界の魔王さまが壊す前に止めます」
「壊す前提やめて♡」
「前提です」
直人は、頭の中でまだ計算を続けていた。
Lvが上がる。
ミュートの進みが増える。
復活が伸びる。
現実の体感がズレる。
何よりも記憶が消される。
冷や汗が出る。
「……因果が雑すぎるだろ」
直人が呟いた瞬間、シズクが直人の袖を掴んだ。
遠慮ゼロ。主従の距離ゼロ。
「訓練部屋へ」
「待て」
「待ちません」
「面接が」
「面接は完了しました。採用です」
「俺が言うんだよ!」
「では言ってください。歩きながら」
「雑すぎる」
「魔界は雑が標準です」
直人は抵抗を諦め、ため息をついた。
「……分かった。行く」
ミリアが楽しそうに手を振る。
「いってらっしゃい♡」
直人が睨む。
「お前も来い」
ミリアがにっこり。
「もちろん♡」
訓練部屋の扉が開く。
遊び場の魔物たちが、なぜか一斉に静かになった。
直人は喉を鳴らし、低い声で呟いた。
「……始まるな」
(つづく)
息をつく暇もなく、直人は急き立てられる。魔王の日常も忙しい。




