第二章 第9話 サラマンダー面接(溶岩がお好み)
衝撃的な事実を聞いた直人。悩み深いが、当座目の前にある事柄を片付ける必要がある。直人には「放棄」という感覚は無い。
現実の夜は、静かだった。
リビングの灯りを落としても、暗闇の向こうに家族の気配だけが残る。
直人はそっと子ども部屋の戸を開けた。
布団の中で、ひなが寝ている。
口が少し開いて、まつ毛が規則正しく揺れている。
小さな手が、ぬいぐるみの耳を握ったまま離れていない。
――ただの寝顔。
ただの、今日が終わった証拠。
直人は息を止めて、その顔を見下ろした。
(守る)
当たり前の目標が、急に重くなる。
守るために強くなる。
強くなるためにレベルを上げる。
レベルを上げると、記憶が消える。
(……どれを失う?)
目の前の寝顔だって、記憶だ。
声も、匂いも、手の温度も。
全部、記憶の集合体だ。
ふと、ひなのぬいぐるみの「名前」が出て来ないのに気付く。
確かひなが名前をつけていたはずだ。
血の気が引く。
胃がキリキリ痛む。
直人は喉の奥で、言葉にならない息を吐いた。
(上げない。俺は――上げない)
戸を閉め、リビングへ戻る。
ソファの背に手を置いて、立ち止まる。
社会人の癖で、頭の中のタスクが並ぶ。
だが、今日はそれより先に“穴”を塞ぐ。
直人はPCを開き、ミュートを入れたまま押す。
【魔王】
豪華すぎる玉座の間。
座らない。座ったら負ける気がする。
UIが必要最低限を点灯させる。
【魔王Lv:3】
【ミュート5分=異界4日】
【復活:7年】
【B1:侵入起点】
【B2:未使用】
【B3:デーモンロード(配置済)】
直人は目を上げず小さく呟く。
「……上げない。運用で回す」
背後で、ぬるい声。
「運用♡ すてき♡」
ミリアだ。いつもの笑顔で、いつもの位置にいる。
直人は振り向かない。
「すてきじゃない。胃が痛い」
「胃が痛いの、好きですもんね♡」
「おまえのお陰だ」
その瞬間、画面の端が点滅した。
【通知】門:不安定化(軽度)
接続先:幼稚園/物置裏
直人の喉が鳴る。
(どういうことだ?)
現実の家が思い出される。
さっきの寝顔が、逆に現実味を増す。
「何故不安定になるんだ?」
ミリアが、いつもの調子で残酷な事実を突きつける。
「魔王さまのLvが上がってないので、結界が弱いです♡」
「かわいく言うところじゃないな」
「Lvを上げろ、という事か・・・」
「あと、俺に”言ってない”事は無いのか」
「今は♡」
息を止め、ミリアを睨む。
いつもの値踏みするような目付き。
「……わかった」
「採用面接、行きましょう♡」
ミリアが扉を指す。
違和感が続いている。
聞かされたLvアップの代償。
心の奥底に棘を刺されたままだ。
(正直今の気分は面接どころではないが…)
しかし、レベルを上げずに結界の負荷を減らすために、
急いでB1の防衛を完璧な“運用”にする必要がある。
直人は頷く。魔王の仕事。
サラマンダーとアークデーモン。
B3が成立した。枠ができた。計画通りだ。
急造の面接室へ向かう。
直人は座らず、杖のUIを開いたまま立っていた。
そこへ、熱気が先に来る。
扉が開く前から、空気が乾く。
温度が一段上がる。
火の気配だけで、部屋が「昼」みたいに明るくなる。
現れたのは――図鑑で見た“サラマンダー”のイメージそのものだった。
岩肌みたいな鱗。ひび割れの奥で、赤い熱が脈打っている。
角は大きく、背の棘は火花を散らす。
立っているだけで、床がじわっと暖かい。
ミリアが当然のように紹介する。
「魔王さま♡ B1フロアボス候補、サラマンダーです♡」
直人は、感情を殺した声で告げた。
「……候補、ね。まずは要件」
サラマンダーは胸を叩いた。
「要望は一つだ!」
嫌な予感しかしない。
「B1のボス部屋を――溶岩流にしてくれ!」
直人の指が止まる。
「……いきなり何言ってんだ」
ミリアが横で目を輝かせる。
「映える♡」
「溶岩流だと誰も入れない」
サラマンダーは真顔だ。
「俺は熱で生きる! 熱で戦う! 熱で燃やす!」
直人は淡々と返す。
「燃やすのは不許可、心を折る仕事をしろ」
サラマンダーが目を丸くする。
「焼いてはいかんのか?」
「そうだ。逃がす技術を覚えろ」
ミリアが横で囁く。
「燃やしたら帰れなくなります♡」
直人が睨む。
「余計なこと言うな」
サラマンダーが食い下がる。
「溶岩流があれば、侵入者は入れない!」
直人は一拍考えた。
(確かに。戦闘じゃなく“撤退”を引き出す演出には使える)
背後から冷たい声。
「異界の魔王様。条件を定めれば運用可能です」
シズクだ。いつも通り、背中に長剣。右手に銀の盆。
存在だけで圧がある。
直人は頷く。
「……よし。許可基準を出す」
杖のUIに、直人は現実の言葉を持ち込んだ。
本当は持ち込みたくない。
でも、持ち込まないと家族が燃える。
【B1ボス部屋 改造申請:溶岩流】
目的:撤退率向上(撃破より撤退)
条件:維持コストを“低”に(魔鉱石消費上限設定)
直人は画面を指で叩く。
「溶岩は作っていい。ただし――閉じ込める。漏れたら即廃止」
ミリアが口を尖らせる。
「廃止、好きですね♡」
「好きで言ってない」
サラマンダーは目を輝かせた。
「閉じ込める? つまり“溶岩を制御する”ってことか!」
直人は、氷のような視線でサラマンダーを射抜く。
「そう。漏洩禁止」
サラマンダーは胸を叩く。
「燃えるのに燃えるなとは、矛盾だ!」
「矛盾を管理しろ。お前はボスだろ」
サラマンダーが一拍黙る。
それから、妙に真面目な声で言った。
「……魔王。お前、強くないのに怖いな」
直人は即答する。
「これは運用だ」
シズクが淡々と追記する。
「異界の魔王様。撤退導線が必要です。溶岩の“映え”は不要です」
ミリアが即反応する。
「映えは必要♡」
直人が遮る。
「不要。撤退が最優先」
ミリアが口を尖らせる。
直人はサラマンダーを見る。
「やれるか」
サラマンダーは牙を見せて笑った。
「難しいことはわからんが、やってやる!」
「やってやるはいい。やらかすな」
ミリアがにこっと笑う。
「魔王さま♡ 採用?♡」
直人は淡々と、だが有無を言わさぬ圧で言い放つ。
「……B1フロアボス、仮採用。溶岩は“条件付き許可”だ」
その瞬間、杖のUIが淡く光った。
【改造承認:B1ボス部屋】
モード:溶岩流(封じ込め)
安全帯:撤退導線優先
緊急遮断:ON
サラマンダーが満足げに頷く。
「いい。これなら“熱で帰らせる”ができる」
直人は淡々。
「現実の人間は、怖いより“面倒”で帰る」
ミリアがうっとりする。
「魔王さま♡ 仕事脳♡」
直人は低い声で返す。
「褒めるな。俺の記憶が削れる」
シズクが、銀の盆を差し出した。
「異界の魔王様。採用祝いの配食です」
直人は受け取りながら、溶岩流の設定画面を見つめた。
(……燃やすための溶岩じゃない。
これ以上、俺の“大切なもの”に踏み込ませないための、
絶対の防壁だが……映えてるな…)
「最悪だ」
でも、最悪でも。
守れるなら――運用するしかない。
(続く)
まずはB1を固めるサラマンダーを雇った事で、一つは終わる。次はB2。次回、アークデーモン面接。




