第一章『定義して下さい』総集編
第一章『定義して下さい』の総集編です。
お時間厳しい方は、これだけ読んでいただけますと、概略がわかるかと。
朝6時半。
佐倉直人(32)は、目覚ましより先に“家”に起こされるタイプだった。
「パパー! みて! きょうの うんこ、ながい!」
寝ぼけた脳が反射で仕事モードを起動し、直人は思った。
(……うんこの定義を……)脳が起きない・・・
「……すごいね。健康だね」
適切な表情が見つからなかったので、うなずきで代替した。
その日も在宅勤務。Zoom会議、Slack通知、資料修正。
いつも通りの“普通”。
普通だった、はずだ。
机の上のノートPCが、ふいに“変な画面”を出すまでは。
【異常事象発生】
事象名:管理者コンソールの出現
発生地点:佐倉直人 自宅PC
付随現象:画面右端に“推しキャラ”の外見をした女性出現
備考:対象(佐倉直人)が一時的にパニック状態になる
「いやいやいや、待ってください。ミリアって、あの……推し……」
直人は椅子の上で挙動不審になり、次に冷静を装い、最後に諦めた。
ミリアが涼しい顔で言った。
「こんにちは♡ 直人さま。管理者、就任おめでとうございます♡」
「待て待て待て……え、何? 俺、夢? 過労? いや睡眠は取ってる。たぶん」
【初期対応】
実施:ゴブリン運用(巡回)を“定義”
目的:侵入者対応の標準化(受付/誘導/牽制/深追い禁止)
結果:ゴブリン隊が“妙に丁寧”な役所対応に変質
侵入者――冒険者パーティが踏み込んできたとき、
ダンジョンは戦場ではなく窓口になった。
冒険者パーティがやってくる。
すると、
グブが一歩前に出て、妙に丁寧に頭を下げた。
「侵入者さま。こちら、通行申請はお済みでしょうか」
剣士が固まる。
「……通行、申請?」
ゴブリンBボゴが板を出す。
『侵入申請書(簡易)』
ゴブリンCニョがペンを差し出す。
「こちらに目的を……」
直人は椅子からずり落ちかけた。
「受付するな! ダンジョンだぞ!」
冒険者パーティは「管理者がいる」「誘導されてる」と警戒するが、
ルートは快適。滑らない。明るすぎない。
ただし遠回りで、妙に腹立つ。
剣士が呻く。
「なんか快適なんだけど、腹立つな」
弓手が即答する。
「快適=誘導されてる」
魔法使いが短く。
「管理者がいる」
神官が泣きそう。
「ねえ帰ろうよ…」
その瞬間、ゴブリン隊が仕掛ける――が、真正面からは突っ込まない。
横から挟み、距離を保ち、牽制だけして深追いしない。
剣士が叫ぶ。
「ちょ、こいつら逃げないけど、来ない! うざい!」
火球は撃ちどころがない。矢は遮蔽物に吸われる。
直人は画面越しに呟いた。
「……運用って、こういうことだよな」
ミリアが笑った。
「はい♡ 直人さま、最適化が得意です♡」
「褒めるな。褒めると止まらなくなる」
【ダンジョン管理者定義】
直人はまず、ものすごく当たり前の疑問を口にした。
「……待って。これ、時間配分どうなってるんだ?」
ミリアが、涼しい顔で即答する
「直人さまがミュートを押すと、ダンジョン側が加速します♡」
「あと、現実の会議が長ければ、こっちは夜になります♡」
「俺向けに最適化されるな。俺はユーザーじゃない、被害者だ」
それと、
「直人さまが『すみません』って言うたび、ゴブリンが一匹増えます♡」
「次に、現実で『持ち帰ります』って言うと、ダンジョンに“持ち帰り箱”が増設されます♡」
「やめろ! 世界のKPIを俺に寄せるな!」
【バックアップ更新】
更新:戦闘バックアップ定義 v1.1
内容:オーク投入の許可基準を厳格化
理由:現場過剰火力による事故防止(崩落・火災・漏れリスク)
直人は“強い部隊”を増やせば終わる世界じゃないと悟る。
強くすればするほど、事故が起きる。
事故が起きれば、現実に漏れる。
「……俺がやってるの、攻略じゃなくて管理だな」
ミリアが嬉しそうに頷く。
「魔王♡」
「魔王じゃない」
【現実側インシデント】
Zoomで経営層が“怖い笑顔”を向ける。
リーダーが咳払いした。
「すみません、顧客が“謝罪の文言”を求めてます」
「えー……本件、顧客から“全社停止”の示唆が——」
「佐倉くん、顧客には“まず謝罪”だ。分かるね?」
直人の喉が、反射で「すみません」を準備する。
しかし、
「……遺憾です」
経営層が眉をひそめる。
「遺憾は政治だ」
――ピロン。
その瞬間、直人のSlackに個別DMが飛ぶ。
妻:ひな、熱っぽい。迎えは私が行くけど、行ける?
娘:パパ まおうごっこ きて
直人は即座に返信する。
直人:状況把握。今30分で区切る。帰れる目途つける。ひな、熱測って。
現実の仕事、家庭、異界の管理。
同時に回すと、どれかが落ちる。
落ちたのは――異界だった。
【放置による崩壊】
事象:ダンジョン側、重大インシデント発生
内容:フロアボス(ミノタウロス)撃破
結果:次の扉の解放/接続
備考:管理者不在時間の増大が原因
家族の前ではPCを開けない。
病院に寄り、ポカリを買って、ひなに飲ませて、家に帰る。
熱は落ち着き、三人で夕飯を食べる。――普通に戻る。
だが普通の裏で、異界は“進む”。
夜。ようやく一人になって、直人は恐る恐るPCを開いた。
そこには、仕事メールの山と、異界ログの地獄が同居していた。
「……ミノタウロス、倒されてる?」
ログの文章は、やけにビジネス文書だった。
ミノタウロス:撃破(死亡)
【外部接続判定:成立】
接続先場所:幼稚園(施設名:××幼稚園)
直人は、血の気が引くのを感じた。
「やめろ!そこはひなの幼稚園だ!ひなに手を出すな!」
「……俺のせいで、扉が開いた」
【幼稚園・門・ミリア先生】
翌朝。
ひなが心配だから送っていく体裁で幼稚園へ行くと――
「おはようございます♡ 直人さま」
“ミリア先生”が、最初からそこにいたみたいに出迎えた。
直人の脳が一瞬「いつもの先生」だと処理してしまい、
次の瞬間、吐き気がした。
(……魅了だ)
さらに幼稚園の一角に、結界の気配。
“門”の輪郭が見える。
現実に異界が刺さっている。
直人はミュートを入れる。
現実で黙る。異界で動く。
ミリア先生――いやミリアと並び、門をくぐる。
空気が変わる。匂いが違う。音が遠い。
そして、隣のミリアの服装が異界仕様に切り替わる。
青いダイヤのネックレスまで。
「……やっぱり、現実じゃない」
ミノタウロスの部屋には、角の痕跡。煤けた壁。倒れた松明。霧。
そして“扉の解放”を示す赤い残滓。
直人は三行で優先度を切った。
最優先は安全、次に復旧、最後に再発防止。
――異界だろうが現場は現場だ。まず火種を潰す。
【管理者の杖・雇用・勝負】
“管理者の杖”が姿を現す。
迷宮形状の変更。修繕。雇用。
フロアボス面接も始まった。
ドラゴンは「狭い・安い・飯まずい」で辞退。
第二候補はデーモンロード。
勝負をして、直人は“地の利”で勝つ。
しかし悟る。自分は戦えない。
必要なのは、任せる判断だけだ。
直人は低い声で言った。
「……お前、フロアボスをやれ」
ミリアが輝く。
「採用♡」
「まだ言ってない」
そして直人は禁じ手を押す。
「現実に手を出さないなら、定義なしで雇う」
「現実でも禁じ手です♡」
「知ってる。だからこそ効く」
管理責任は直人が持つ。支配はデーモンロードが持つ。
分担。現場に必要なやつ。
【封印条件】
最後の大仕事は、現実世界に繋がる門を閉じること。
杖に「封印」コマンドが増えているのに、発動条件は“封印”されていた。
試しても試しても動かない。
ミリアはニヤニヤするだけ。
そのとき、ひなの声が聞こえる。
「パパ、まおうごっこしよう」
直人はピンとくる。
魔王になることが条件か。
手続きを踏み、玉座のある豪華な部屋へ。
座るとステータスが解放され、“魔王”になる(なったはず)。
だが最後の鍵は――現実に戻って、魔王を“定義”することだった。
【第1章ラスト】
深夜。妻と娘が寝たあと。
【定義登録:未】
直人は指を置き、息を吸う。
そして、現実側のテキスト欄に打ち込んだ。
魔王の定義:
「現実を守るために、異界を支配し、門を閉じる者」
入力が確定した瞬間、画面が静かに光った。
【定義登録:完了】
直人が「魔王」になった瞬間だった。
ミリアが画面の中で、満足そうに微笑んだ。
「おめでとうございます♡ 魔王さま♡」
【封印:発動条件達成】を守るために、異界を支配し、門を閉じる者
直人は封印コマンドを見る。
封印が、初めて“押せる”状態になっていた。
現実の静けさの中で、異界の扉が最後に呼吸する。
最終確認。
【最終確認】封印を実行しますか?
YES / NO
直人は、YESを押した。
次の瞬間、画面が真っ白になる。
音が消える。空気の密度が変わる。
時計の秒針が――止まったように見えた。
封印処理:1% … 7% … 18% … 93% … 99% …
接続先:幼稚園/物置裏(推定)
対応:魅了レイヤーを一時隔離
注意:隔離は削除ではありません
直人の手が止まる。
「削除じゃない?」
背後から、ぬるい声。
「削除って、こわい言葉ですよね♡」
【警告】門は閉じますが、“残留”が発生する可能性があります。
直人は息を飲んだ。
「……やめろ。続きを出すな」
(第1章 定義してください 完)
お読み頂きありがとうございました。この後第二章「魔王編」が始まります。是非またお越し下さい。




