37
「ずっと気になってたことがあるんだけど」
今思い出したのか、朝井さんは「あっ」と声を漏らしてから話出した。
「何ですか?」
「どうして結婚したこと周りに報告しなかったの? 里中さんが自分で言ってくれるって計画だったのに、狂ったから俺が言いふらす羽目になったんだよ?」
俺の労力を返せ、とばかりの迫力で迫られ、すぐに謝りそうになった。
「そ、それは、私個人の話ではなかったので、社に報告して良いものかわからなかったので…。それに、期間限定の結婚生活だとばかり思っていたので、言い回ると厄介なのかと」
それに、フられることが目に見えているのに、嬉々として報告などできなかった。
「なるほどねー。そういえば、当初そんなこと言ってたねー」
間の抜けた声に、こちらまで力が抜けそうになる。
「このバカでアホな誠のせいで、ね」
ぐさぐさと見えない矢が彼に刺さっていく様が見えた気がした。
「…わかってる。滋の言いたいことは」
「わかってないって。こんなワケのわからない話を持ち出すくらいなら、期間限定なんて甘っちょろい逃げ道つくんなっての。嫌われるかもとか思ってちょっとでも紳士振るお前のその美徳価値観、ほんと虫唾が走るよ」
「…朝井さん…」
「そもそも。里中さんがお前のことを好意に思ってたから丸く収まってるけど、普通ならそんな期間限定なんて逃げ道、逃げ道ですらないからな。そんな話持ち出した時点でお前、嫌われてるから。普通は」
まだまだ止まりそうにない朝井さんのお小言を遮るようにして「あの、会場は」と声を出した。すると、渋々新見さんへの攻撃をやめ「そうだね。戻るか」とこぼした。
◇
会場へ戻るもとすぐに美穂さんと前田さんが詰め寄ってきた。
「大丈夫だった? 誰かにいじめられた?」
心配そうな表情を浮かべながらキャリアウーマンで男前な前田さんが私の肩に手を置きながら聞く。
「どうせ新見君絡みでしょ? ねぇ、新見君のお嫁さんやめてうちん家の養子にならない? それがダメならホームシェアとかは? 私が養ってあげるよ」
「なにそれー! 面白そう!」
「ナニソレー、オモシロソー」
「美穂はいいけど、正臣はダメだよ。男子禁制だから」
そういって前田さんは私を抱きしめ、私の後ろにいるだろう大賀さんを睨みつけた。
「春香は俺の妻だ。手を離せ」
新見さんの甘く凛々しい声が脳に響き、すぐに顔が赤くなる。
「いやん、春香ちゃん顔が! 可愛い。可愛すぎる」
「食べちゃいたい! 齧ったらすごく甘そう!」
「ちょっと、お姉様方。それすごい怖いんだけど。えげつないよ」
「滋だってあわよくば齧ろうと思ったくせに」
美穂さんが朝井さんの脇腹を突いた。
その拍子に態勢を崩す朝井さんが珍しく笑ってしまった。
「はぁ、本当可愛い」
抱きしめている腕を緩めることもなく、吐息と共に吐き出された甘い台詞にどぎまぎしてしまう。
「春香。おいで?」
そんな私を見透かしていたのか、背後から甘くしびれる声が脳に響く。
ああ。これは、反則だ。
そう思っていても身体は素直に反応し、美女の腕をやんわりと解き、振り返る。そこには、甘く破顔した表情を浮かべている。
「おいで」
広げられた両手に、空間が生まれる。それはまるで、私の居場所だと誇示しているかのようで。
それでいて、甘い空間。
「はい」
そこに、切なさはもう響いていない。
これにて、本編は一応完結といたします。ババババンと更新しましたので、誤字脱字あるとおもいます。見つけてくださった方、ご一報くださると嬉しいです。
あとがきやらなんやらその他諸々を次のページに書いていますので、よければそちらも見てやってください。
長い期間、本当にありがとうございました。。
読者の皆様に愛を込めて。
伊咲。