弟子入り試験はまさかの判決
ユウリとケインは魔物の住む森へと足を踏み入れた。
薄暗い森の中を慎重に進んで行く。
「そういえば師匠、今回の討伐対象の魔物は一体何なんです?」
「あっ、言い忘れてた」
ユウリは足を止め、バックパックの横ポケットに挿していた依頼状を取り出して広げた。
「今回の討伐対象はベノムタランチュラだよ」
ベノムタランチュラ:体長1メートル以上の大きな体に加え、口から猛毒を噴き出す蜘蛛の魔物
「ベノムタランチュラですか、一度戦ったことがありますが、素早い動きと毒が厄介な魔物ですね」
「この森は隣町に繋がる街道があるんだけど、すぐそばにベノムタランチュラの群れが巣を作っていて、街道を通る冒険者や行商人が被害にあっているらしい。Bランクの魔物だし、群れの討伐依頼だから、中々受注されなくて、アーノルドさんに頼まれたんだよね」
「ギルド長直々に依頼を任されるとは、流石師匠ですね」
「詳しい巣の位置は分かってないから、慎重に進むよ」
話を止め、神経と研ぎ澄ましながら街道を歩いていく。
しばらく歩き続け、街道の中腹辺りに差し掛かったところで数10メートル先から行商人のものと思われる馬車が向かってきていることに気づく。
ユウリとケインは足を速め、馬車へと近づいていく。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
ユウリは馬車を引いていた行商人に声をかける。
「おや、冒険者の方でしょうか。どうかなさいましたか?」
「最近この付近に危険な魔物が巣を作り、街道を通った人々への被害が多発しているんです。街道の入り口に警告看板があったはずなのですが、護衛も付けずにここまで来られたのですか?」
「恥ずかしながら、最近商売がうまくいっていないもので。護衛を雇う資金がなく、魔物の噂は聞いていたのですが、どうしてもこの荷物をケスティアまで届けないといけなかったのです」
「そうですか、わかりました。ならば、僕たちが街道の出口まで護衛をいたしましょう」
ユウリの言葉に驚いたケインはすかさず言葉を挟む。
「お待ちください師匠!我々の目的は魔物の討伐です!この者を送り届けていては、日が暮れてしまいます!」
「その青年の言う通りですよ。それに、あなた達をお雇いする資金がありませんので、お構いなく」
「お金はいただきません。あなたの安全が最優先ですから。それに、お送りする道中に魔物に出くわすかもしれませんしね」
ケインと行商人はユウリの提案を受け入れ、来た道を引き返していった。
「ありがとうございます。なんとお礼をしたらいいか」
「気になさらないでください。それと、御礼ならこの森を抜けてから聞きますから」
ユウリの顔は笑顔だが、決して警戒を怠ってはいなかった。
数分歩いたところで、戦闘を歩いていたユウリが急に足を止め、後ろの行商人に合図を送る。
行商人は馬車を止め、ユウリに声をかけた。
「どうかなさいましたか?」
「しッ!静かに。そのままゆっくり馬車の中へ入ってください」
行商人は指示通りゆっくりと馬車の中へ入る。
「来ましたね。後ろに2匹、左右にも複数います」
「ケイン君は後ろの2匹と、馬車の護衛をお願い。後は僕が引き受けるよ」
「分かりました」
ユウリはバックパックを捨て、ショートソードを構える。
ケインも鞘から剣を抜き、馬車を背に守りの体制に入った。
一瞬あたりが静まり返り、冷たい空気が走った後、草木がざわざわと揺れ始め、何かが飛び出してきた。
「来た!」
ユウリの予想通り、飛び出してきたのはベノムタランチュラだった。
10匹以上のベノムタランチュラは馬車とユウリ達を取り囲むようにジリジリと近づいてくる。
「ひっ!」
馬車の中から様子をうかがっていた行商人があまりの恐怖に声を漏らす。
その声を聴いた一匹のベノムタランチュラが馬車に向けて勢いよく糸を吐いた。
「させるか!」
ケインは剣で糸を断ち切り、その勢いでベノムタランチュラに切りかかる。
ケインはベノムタランチュラの足を削ぎ、ベノムタランチュラは体制を崩した。
「やるね~、ケイン君!それじゃあ、僕も!俊足、跳躍、脚力強化、腕力強化」
ユウリは飛び上がり、ケインの方に気を取られていたベノムタランチュラに切りかかる。
「ギェェェェーーーー!」
ユウリは目にも止まらぬ速さでベノムタランチュラの首を切り落としていく。
「ハァッ!」
ケインも首を切り落とし、もう一体へと気を向ける。
しかし、ベノムタランチュラはケインのすぐ後ろに迫っており、体制を整える隙もなかった。
「しまった!」
ケインは咄嗟に防御姿勢をとる。
ベノムタランチュラが毒を吐こうと口を開いたとき、一瞬閃光が走ったかと思うと、ベノムタランチュラの首が落ち、力なく倒れた。
「大丈夫?」
倒れたベノムタランチュラの背後にベノムタランチュラの体液にまみれたユウリが立っていた。
「師匠!」
ケインがあたりを見渡すと大量のベノムタランチュラが地面に転がっていた。
「この量を一人で」
あまりの実力差にケインは言葉を失う。
放心しているケインを横目に、ユウリは馬車に駆け寄り、行商人の安否を確認していた。
「お怪我はありませんか?」
「ええ、私はなんとも。あなた様こそお怪我はありませんか?」
「僕もケインも怪我はありません。僕はこのあたりにもう魔物が残っていないか見てきますので、もうしばらく馬車の中にいてください」
ユウリはケインに馬車を守るように指示し、森の中へ入っていった。
しばらくして馬車を守っていたケインと行商人の元へとユウリが帰ってきた。
「森の中に残党はいませんでした。気配も感じませんし、もう大丈夫でしょう」
「そうですか、良かったです」
「念のため、ケスティアまでお送りします。この森にはベノムタランチュラ以外にも魔物はいますから」
「師匠、このベノムタランチュラはどうしますか?」
「持って帰るよ。それが以来の条件だし」
「わかりました。では僕のアイテムボックスに入れましょう」
「ありがとう助かるよ。僕もアイテムボックスは持ってるけど、容量が小さいから」
ユウリとケインはベノムタランチュラをアイテムボックスへと入れていく。
ユウリが最後のベノムタランチュラを持ち上げたとき、何かが下から飛び出してきた。
「うわっ!」
「師匠!大丈夫ですか!?」
ユウリの声に驚いたケインがすぐさま駆け付ける。
「この子は」
ユウリの胸に、体調10cmぼどの小さなベノムタランチュラがくっついていた。
「ベノムタランチュラの幼体ですかね。色が随分と違うようですが」
「この子は希少種だろうね。ベノムタランチュラの幼体は薄紫色だけど、この子は真っ黒だから」
ベノムタランチュラの幼体はユウリにくっついて離れない。
どうやらユウリを親だと認識しているようだった。
「今生まれたんだろうね。他に幼体は見当たらないからこの子だけ生まれるのが遅かったんだろう」
「ならば、他にも幼体が生まれているということになりますね。駆除しておいた方がいいのでは?」
「ベノムタランチュラの幼体は親が取ってきた獲物を喰らい成長する。親亡き今、生き残ることはできないよ」
「師匠は魔物の生態にまでお詳しいのですね」
「基礎知識だよ。それよりも、この子はこのまま連れ帰った方がいいかもしれないね。新種の魔物かもしれないし、ギルドに報告した方がいいかも」
「何かに入れて帰りますか?」
「いいよ。このままで、攻撃してくる素振りも見せてないし」
ユウリはベノムタランチュラの幼体を肩に乗せ、出発した。
道中、あまり元気のなかったケインが重い口を開け、ユウリに質問を投げかけた。
「あの、師匠。僕は師匠の弟子にふさわしい働きが、できていたでしょうか」
ユウリは少し黙った後、前を向いたまま話し始めた。
「さっき、ベノムタランチュラと戦う前にした指示を覚えてる?」
「はい、後ろの2体を僕に任せると。それに、馬車の護衛も任されました」
「そうだね。君は1匹のベノムタランチュラに気を取られて1匹は僕が倒すことになった」
ユウリの言葉にケインは肩を落とす。
「でも、馬車の護衛はやり切ったね」
うつむいていたケインはバッと顔を上げる。
「ベノムタランチュラに狙われたとき、攻撃を避けることもできたはずなのに、防御姿勢をとって、後ろの馬車を守ろうとしたでしょ。自分の身を犠牲にしてまで守ろうとした姿勢はカッコよかったよ」
「しっ師匠!」
ケインは感動のあまり、目に涙を溜めている。
「まあ、弟子にするかどうかはまだ決めてないけどね」
「しっ師匠~!」
話している間にケスティアの町に付き、行商人とは門前で分かれることになった。
「今日はありがとうございまた。あなた方は命の恩人です。この御恩は一生忘れません」
行商人は何度も何度も礼を重ねた。
「申し遅れましたが、私の名前はコルディオ。このケスティアにはしばしば商売に来ますので、またお会いした時には、必ずお礼をいたします」
そういって行商人コルディオと別れ、ユウリとケインはギルドへと向かった。
ギルドのドアを開けると、丁度ギルド長のアーノルドが部屋から出てきており、出迎えてくれた。
「ご苦労だったな。報告は裏で受けるとしよう」
ユウリとケインはギルド長に連れられ、奥の部屋へと進む。
案内された部屋の席へと座り、依頼中での出来事を事細かく報告をした。
「なるほど、わかった。討伐した数も報告で上がっていた数と合致しているし、これで大丈夫だろう。巣はどうした?」
「残党を探しに行ったときに見つけたので、燃やしておきました」
「ああ、助かる。残しておくと他の魔物が住み着く可能性があるからな。報告はもういい。回収したベノムタランチュラは解体場へ持って行ってくれ」
「あ、待ってください。もう一つご報告することが」
ユウリはフードの中からベノムタランチュラの幼体を取り出す。
「こっこれは!希少種か!」
「ベノムタランチュラの回収中に孵化したみたいで、新種の可能性もあったし、一応連れ帰ったんですけど」
「なるほど、見た目はベノムタランチュラだが、色が随分と違うな。一度調べた方が良さそうだ」
ベノムタランチュラの幼体は不思議そうにユウリの顔を見つめ、すり寄ってくる。
「お前のことを親だと認識しているようだが?」
「生まれて初めてみたものを親と思い込む性質がありますからね」
ギルド長は顎に手を当て、少し考える。
「ふむ、ユウリ、此奴を使い魔にしたらどうだ?」
「え?」
まさかの提案にユウリもケインも固まる。
「今後調査をするのにも楽になるし、親と思い込んでいる奴と引き離すなんて酷だろう。それに、この国唯一のSランク冒険者が使役しているとなれば、誰も文句は言うまい」
「確かに、そうかもしれませんが、勝手に決めちゃっていいんですか?」
「構わん。上には儂から言っておく」
「分かりました。じゃあ」
ユウリはベノムタランチュラの幼体の額に手を当て、魔力を注ぎ込む。
幼体の額には魔法陣が刻まれ、使い魔契約が完了した。
「すんなりと契約できたな。此奴もそれを望んでいたのだろう」
ベノムタランチュラの幼体はユウリの頬にスリスリと体をこすりつける。
「名前を決めて、受付で登録しておけよ。儂は上に報告書を書く。悪いが明日もギルドに来てくれ」
それだけ聞いてユウリ達は部屋を後にした。
部屋を出た後、ケインは回収したベノムタランチュラを解体場へと運びに行き、ユウリは受付に使い魔登録をしに行った。
「すみません、使い魔登録をお願いします」
「ユウリさん!お疲れ様です!使い魔の登録ですね。了解です!ギルドカードの提示をお願いします」
元気よく挨拶してきたのはギルドの受付嬢のメイリーだった。
メイリーはアーノルドの孫娘で、ユウリとも歳が近く、幼馴染のような関係だった。
「どんな魔物を使い魔にされたんですか?」
ユウリはフードからベノムタランチュラの幼体を取り出す。
「小さな蜘蛛の魔物ですね、名前は何にしますか?」
ユウリは少し考えた後、顔を上げ、口を開いた。
「モコにするよ。フワフワのモコモコで可愛いから」
「可愛い名前ですね!よし、これで登録は完了です。ギルドカードをお返ししますね」
ユウリはギルドカードを受け取った後、ケインのいる解体場へと向い、途中、手続きを終えたケインと鉢合わせた。
「師匠!こちらの手続きは全て完了しました」
「ありがとう、こっちも終わったよ。この子の名前はモコにしたんだ」
「モコですか、師匠はネーミングセンスまで抜群ですね!」
いつもの調子で褒め称えているが、顔が少し緊張している。
「ねえ、ケイン君。君、勘当されちゃったんでしょ?行くあてはあるの?」
「いえ、今は宿に寝泊まりをしていますが」
「なら、僕ん家においでよ。勘当された原因を作ったのは僕だし、部屋はたくさん余ってるからさ」
「そんな!ご迷惑になるのでは?」
「ううん、むしろケイン君の方こそ迷惑じゃないかな」
「迷惑だなんてそんな!是非お邪魔させてください!」
ケインはユウリの両手を強く握り締める。
「よかった。じゃあ、一度宿の荷物をとってこないとね!僕もついていくよ」
ユウリはそういって歩き出し、そして振り返っていった。
「それと、弟子の件だけど、やっぱり僕は弟子はとらない」
ユウリの言葉にケインは落胆し、肩を落とす。
「でも、僕のお友達になってくれる?」
ケインは目をウルウルとさせながら大きな声で言った。
「はい!」
二人はケインの荷物を回収した後、ユウリの家に歩いて向かった。
「師匠!これからは師匠のお友達として尽力いたします!これからもどうぞよろしくお願いします!」
「もう、師匠じゃないってば~」
二人の笑い声が夕日に染まった町の中に響き渡った。
《登場人物紹介》
コルディオ
隣町のナディオとケスティアの町で商売をしている行商人。
メイリー
ギルド長アーノルドの孫娘で、ギルドの受付嬢をしている。
モコ
ユウリが倒したベノムタランチュラの子供で、ユウリの使い魔となった。
身体が黒く、新種の魔物の可能性がある。




