妻のキリエです
レノは、王都グリュンデールにあるローゼンシュタイン邸を訪れる。
そこにはかいせいが、そして、あの悪魔の少女がいるはず。
事情説明は必要だろう。
今後のためにも。
「かいせい様、かいせい様はいらっしゃいますか?」
そのレノの呼びかけに、かいせいが屋敷の奥からやってきた。
「レノさん、さっきの一体なんですか。ちょっと、大変な目にあいましたよ。助けてくれてもよかったんじゃないです? どういうことです?」
当然のかいせいの苦言。
あれは誰なのか。
なぜ突然襲われたのか。
そもそも、あの場にいたのはレノ達が呼んだから。
なら、なぜ止めてはくれなかったのか。
「はぁ。タイミングが悪かったわ。それ以外の何物でもないし」
レノは大きくため息をつく。
自分達ですら、なぜこのようなことになったのかわからないのだ。
いや、わかっているが、それでもなぜ、城が吹き飛ばされるような事態になったのか。
「お茶でも飲みながら話します?」
かいせいがレノを部屋へと、お茶に誘う。
立ち話も何だし、何を話していいかも探り探りになるだろうし。
「ええ、あの悪魔の娘も連れてきてもらえる?」
二人はかいせいの執務室へと場所を移した。
ソファに座る二人。
コンコンコン
「入れ」
「旦那様、お呼びですか?」
「ぶふー」
かいせいのことを旦那様呼びして入ってきた少女キリエに、思わずお茶を吹き出してしまうレノ。
しかも、仮面をつけたまま。
「レノさん、汚いなー。超絶美形のエルフ様がそういうことをしちゃだめでしょう」
レノは、仮面の下にハンカチを差し込み、顔と仮面を拭く。
「ゴホゴホ。かいせい様、こんな小さな少女を娶ったのです? 遺伝です?」
「あの、父様は確かに六歳で婚約してましたけど、六歳に手を出したことはないかと」
「その言い方! まさか、かいせい様は?」
「出すわけないじゃないですか」
キリエは何事もないかのように、ごく自然にかいせいの横に座り、かいせいの腕をとった。
「……その娘の自然に見える振る舞いを見ても、そう言えるの?」
レノは素に戻る。
敬語なんてどこへ。
「!!! いやいや、これは子供のすることだから」
と、わたわたと両手を振って、動揺しながら言い訳をするかいせい。
その顔に忍び寄るキリエの手。
「取りました!」
キリエの手につままれている物。
それは、かいせいの伊達眼鏡。
「「え?」」
かいせいがさらに焦る。
「ちょっと待って、キリエちゃん。ノーカンだから、ノーカン。それ、返して!」
「やです。ください」
と、伊達眼鏡を自分にかけるキリエ。
満面の笑顔を真っ赤にしてかいせいの腕にぎゅっと抱き着ついた。
((かわいい))
レノもかいせいも思わず、みとれてしまう。
「いやいやいや。ちょっと待って」
かいせいが冷静になる。
「かいせい様、やっぱり遺伝じゃないのです? ほほが赤いですよ?」
レノも再びかいせいに詰め寄る。
やっぱりかと。
「子供がかわいいのは一般的なことでしょう。それとこれとは違いますよ」
「一般的な感情とは違う、ということです? そういうことです?」
レノが迫る。
「うれしい! 特別ってことですよね」
キリエはかいせいの腕にほほをすりすりする。
「違います。遺伝の事です!」
かいせいは言い訳に必死だ。
「だから、遺伝的に父親似ってことでしょう!」
レノの結論にがっくりするかいせい。
どう言い訳しても無理そうな雰囲気。
よって、話を逸らす、というか、戻す。
「レノさん、で、さっきの何です?」
レノは、ちらりと幸せそうな顔をしてかいせいの腕に抱き着いているいるキリエに視線を送る。
そして、真顔でかいせいにお願いする。
「かいせい様、ちょっとその悪魔子ちゃんに席を外してもらってもいいです?」
この状況では真面目な話はできないな、そうレノは判断した。
しかし、不満を感じたのか、キリエが口をとがらせて自ら名乗る。
「妻のキリエです」
「「……」」
固まるかいせいとレノ。
『妻』と言いきった。
六歳児が『妻』と。
だが、いちいち突っ込んでいては話が進まない。
レノはあきらめる。
もともとかいせいの性癖など、どうでもいいことだ。
「はぁ、妻でいいわ。で、その妻のキリエ様、ちょっと席を外していただいてよろしいです?」
「妻に聞かれては困ることですか? 旦那様とどのようなご関係で?」
キリエとしては話をかいせいと聞きたい。
妻としては、すべてを共有すべきではないか。
そんなキリエの様子を見て、レノがかいせいに視線を送る。
「かいせい様……」
かいせいは黙ってキリエを抱きかかえ、廊下にぽいっとした。
しかし、キリエは眼鏡をかけたまま。
廊下にいたメイド兼黒薔薇が、そのキリエの顔にかかった見覚えのある眼鏡を見て悲鳴を上げる。
「ギャー!」
その叫び声は連鎖していく。
「はぁ、騒がしいですね。相変わらず、この家は」
「騒がしいのはローゼンシュタイン家の伝統です?」
「そうかもしれないわね」
「で、さっきの」
「そうでした」
レノは、お茶を一口飲んで、口を開く。
「さっき、我々と一緒にいたのは高位精霊様です」
「他にもいましたよね」
「他には低位精霊が二人」
「低位精霊?」
あれは低位精霊なのか?
中位ではないのか?
いや、それらとは違う何かか?
かいせいはレーナとミシェルを低位精霊と断定しきれない。
「まあいいわ。とりあえず、それは置いておきます。ところで、ですが。悪魔がこの階層に侵略してきたのは知っていますか?」
「初耳です。というか、キリエの事です?」
「違います。悪魔は魔力の多い人族と交わることで、より強い悪魔が生まれる、そう信じ、この階層で魔力の多い人族を探そうとやって来きています」
「あの、確認ですが、それって、父上と母上の事です?」
「おそらくそうです。ある意味、かいせい様が原因です。かいせい様、悪魔の階層に行って暴れたりしていませんよね?」
つまり、魔力の多い人間と交わってできた子供が、より強化された悪魔であった事実を、かいせいが悪魔達に見せつけていないのか、と。
かいせいは遠い目をして、顎に右手を添えて何かを思い出す。
「母上に連れていかれて、何度か悪魔と対戦したことは……」
「勝ったのですか?」
かいせいはレノに『わかってよ』という視線を送り、
「勝たないと、母上の訓練がきつくなるんです」
そう、答えた。
ありえる。
レノはそう同情する。
「はぁ、まあいいです。それでですが、悪魔が魔力の強い人族を探している過程で、とある人間を殺しているんです」
ゴクリ。
かいせいがつばを飲み込む。
「それが、さっき城にいた精霊達が慕っていた人間なんです」




