キリエと黒薔薇
ソフィリアはかいせいに説明を始める。
「それで事情だけど、かいせい君、この階層に悪魔が来たのは知ってる?」
「自分とか、この子とかってことじゃなくてですよね?」
キリエは思う。
悪魔であることがばれていた。
しかも、やっぱりこの人も悪魔。
あれ、かいせい?
どこかで耳にした名前……。
もしかして。
「そうよ。イングラシアの神殿に現れたの。れーちゃんがもともと住んでいたところね。それで、今、この階層の人族は悪魔族に対して絶賛警戒中。まだ被害が出ていないとは思うけどね」
被害として、実際には、ラテがすでに殺されている。
もしかしたら、他にもあるかもしれない。
「ということは、この子が?」
かいせいは腕に巻き付いているキリエの頭頂部に視線を来る。
それに気づいたキリエ。
顔を上げると、かいせいと視線が合った。
「キャッ!」
キリエはかいせいの腕にしがみつく。
「……」
「その子は別みたい。それでも、悪魔族を警戒している以上、その子がのこのこと街中を歩くのはどうかと思うわ。それに、すでにこの子の存在は知られているし」
「それで、この屋敷で囲えと?」
「いえ。そんなのかわいそうじゃない。この子、キリエって言うんだけど、キリエちゃんは好きなこと、好きなものを探しに来たの。それは止められないわ。ついでに、好きな人、将来の旦那様も探しに来たみたいだけど。まあ、それはもう見つけたみたいだから? いいけど」
キリエにジト目を送るかいせい。
キリエと再び目が合った。
「キャッ!」
キリエはまた顔を赤くしてうつむく。
かいせいの腕をとったまま。
「かいせいくーん」
二度目の「キャッ!」に注意を入れるソフィリア。
「使ってません! 魅了も色目もまったくです! それに、くーん、って伸ばすのやめてください。すごく怖いんです」
かいせいはソフィリアに向けて右手をぶんぶんする。
「ふう。そういうわけでね」
「……」
どういうわけかわからないかいせい。
「キリエちゃんは、来年の春にこの王立学園に通う。それまでにね、かいせい君が、この街を歩けるように、それと、王立学園に合格するように面倒を見る」
「「え?」」
かいせいとキリエが目を合わせる。
「キャッ!」
キリエはうつむいてかいせいの腕をぎゅっと握る。
三回目。
三回目ともなると、ソフィリアもジト目を送るだけだ。
「まじですか?」
「あなたのお母さん、リーゼが許可したわ」
キリエは確信する。
この人がリーゼロッテ様、姫様の子供。
かいせい様。
「なんてことを……」
「だからね。悪魔であるあなたが、キリエちゃんをこの世界になじめるように、ちゃんとしてね」
かいせいは理解した。
悪魔としての形質を発現している自分が、自分のようにこの社会に溶け込めるようキリエを教育する。
……教育する?
人化しているキリエに違和感はないが。
「えっと、なにをどうです?」
ソフィリアは、指をさす。
そこには、犬のようにぶんぶん振られているキリエの尾があった。
「……なるほど。それと、一年未満で王立学園の入試に合格させろと」
「そうよ」
かいせいは知っている。
人には得意不得意があると。
餅は餅屋なら、適切な人材がいる。
しかも悪魔で。
「あの、そっちはしんじゅ姉様にお願いできません? ソフィリア義母様、僕にも仕事というものが」
「寝てたじゃない」
「……」
「それに、しんじゅは忙しいの」
ソフィリアが立ち上がる。
「さて、対策を取りに行きましょう」
「「……」」
理解も追い付かないかいせいが立ち上がる。
そうすると、どうしても身長差からキリエがずり落ちる。
キリエは慌てて立ち上がり、かいせいの左手を取った。
ソフィリアはそれを見て、ため息をつく。
六歳児の恋愛事情。
好きな人に好きって言いたい。
その気持ちはわからなくもない。
ソフィリアはあきらめて、訓練場へと歩き出した。
かいせいとキリエはソフィリアについて行く。
「黒薔薇集合!」
ソフィリアが号令をかける。
すると、訓練場で訓練をしていた黒薔薇三隊が集まって来て整列する。
全員が、かいせいと手をつないでいるキリエに目を向けているが。
「はい、注目!」
ソフィリアが目線を前に向けさせる。
「君達は黒薔薇の若手チームとしてかいせいから訓練を受けているな」
「「「はい!」」」
「私はこれから君達に命令する。いいな」
「「「はい!」」」
「黒薔薇、自分の獲物は?」
「「「自分で狩れ!」」」
「さて、君達の獲物が今まさに、他人によって狩られようとしている」
ギン!
黒薔薇全員の視線が再びキリエに向く。
ブルッ!
キリエが震える。
黒薔薇は六歳児にも容赦ない。
「だから、自分達の獲物は、自分達で狩る前に他人に狩られないよう、全力で守れ!」
「「「はい!」」」
「「え?」」
ソフィリアの意図を察した黒薔薇、かいせい、そしてキリエ。
「ただし、皆にも希望を与えよう」
ごくり。
「黒薔薇、このかいせいの無駄におしゃれな伊達眼鏡を奪ったチームには、かいせいがなんでもひとつお願いを聞く」
「「「キャー!」」」
「ただし、逆に、キリエが先に奪ったら、かいせいはキリエのお願いをなんでも一つ聞く」
「「「「……」」」」
ごくり。
と、キリエも黒薔薇と共につばを飲み込む。
「期限は、キリエが王立学園に入学するまで」
「「「「はい!」」」」
黒薔薇だけではなくキリエまでが意気込んで返事をする。
「キリエが王立学園に受からなかったら、すべてなかったことにする」
「「「「ぶー」」」」
「つまりだ、黒薔薇、君達は、かいせいを守るとともに、キリエを王立学園に入れるために、努めなければいけない」
「「「……」」」
「キリエも受かるための努力をしなければいけない」
「はい!」
「倍率は十倍だ」
「「「「……」」」」
と、そこまでソフィリアは言ったところで、いつもの笑顔に戻る。
「ってことで、よろしくね、かいせいくーん」
ソフィリアは満足そうに笑うと、訓練場から一人、転移で去って行った。
「かいせい教官殿!」
ソフィリアが去った後を茫然と眺めるかいせいに、黒薔薇が声をかけた。
「なんだ?」
「本日の午後、そこのキリエも含めて少し作戦会議をしても?」
はぁ。と、ため息をついて、肩を落とすかいせい。
教官の立場は忘れていいかなぁ。
「好きにして。僕は午後はグリュンデール王国騎士団の指導があるから……」
午後、キリエが黒薔薇に呼び出される。
「キリエって言ったわよね」
「うん」
「基本的には敵だけど、貴方を王立学園に入学させるためには、ある程度協力関係にあると思わない?」
「はい、そうですね。是非、協力して下さい」
「……仕方ない、仕方ないとはいえ。で、聞くけど」
「何でしょうか」
「運動は?」
「そこそこだと思います」
「魔法は?」
「習ったことがありません。使ったことも」
「……勉強は?」
「こっちの階層に来たばかりです。向こうでもしたことはありません」
「「「……」」」
「つまり、こっちのことは、こっちのことも何もわかりません」
「「「……」」」
頭を抱える黒薔薇達の姿があった。
「あと、一年もないのに……」
と。




