ずきゅん!
ソフィリアとの転移直後、キリエはきょろきょろと部屋を見回す。
「あ、ここね。ここ、私の仕事部屋。グリュンデールのね」
グリュンデール王都にあるローゼンシュタイン家の屋敷である。
グリュンデール王城はリノ達が住んでいるため、王城に併設されたグリュンデールの屋敷は、グレイスやソフィリア達は今、使っていない。
今は別にローゼンシュタインの屋敷が建てられている。
ソフィリアはキリエの手を取ったまま自分の部屋を出て行く。
「えっと、ここは……」
キリエが手を引かれながらソフィリアに尋ねる。
グリュンデールの、と言われても、ピンとこない。
さっきまでローゼンシュタインにいたのだ。
ソフィリアは改めてキリエに説明する。
「ここはグリュンデール王国王都にある、ローゼンシュタイン家の屋敷よ。ちょっと大きいから、郊外に作らせてもらったの。街の中心から離れているけど、落ち着いていていいわよ」
「あの、私、さっきまでローゼンシュタインってところにいて、その前にはアエオンにいて……」
そう。ここまでなんとなくで連れてこられたが、こんな長距離を一瞬で移動するとはいったい。
「あ、まあ、内緒にしておいて。転移の魔法を使える人なんて、そうそういないから」
「転移魔法……」
やはり転移魔法なのか。
「キリエちゃんだって、その隠している翼を使えば、瞬間的に見える超高速移動、できるでしょ?」
「遠くまで行けないけど」
「でも、人族と悪魔の戦いとなったら、転移の魔法は詠唱がいるし、どう考えても悪魔がやる高速移動の方が有利だと思うわ」
戦闘ならそんなものか。
だが、転移は遠くに行けて便利そうだ。
あれ? 詠唱した?
そう。天使は詠唱を必要としない。
なので、天使には悪魔ですら敵いはしない。
それは、神になる前のグレイスが天使達と戦った時に実証されている。
「転移は見えているところとか、知っているところにしか行けないわよ。それに、転移予定の場所に人がいたり物があったりしても怖いわ。だから、長距離転移する場所は決まっているし、そこには何も置かないことになってるの」
と、キリエの思考を読んで答えるソフィリア。
ソフィリアはキリエの手を引いたまま、屋敷の裏口を出て、騎士団の訓練場へと向かった。
グリュンデール家の騎士団の多くは、グレイス達の警護のためローゼンシュタイン領にいるので、当然、この王都には少数しかいない。
そもそもここはローゼンシュタイン家の屋敷だ。
グリュンデール家の騎士が守るべき対象ここにはおらず、騎士達は王城併設のグリュンデールの屋敷を形式的に警備しているだけだ。
「確か午前中はこっち、午後は王国軍の訓練だから、いるはず」
ソフィリアは訓練場を見回しかいせいを探すが、かいせいはおらず、いないことを疑問に思う。
「あの子……まさか……」
訓練場に併設された宿舎へと向かうソフィリア。
宿舎のミーティングルームにあるソファに寝転がるかいせい。
一方のソフィリアは、その部屋の外にキリエを残して部屋に入る。
「かいせいくーん」
「ひぃ!」
飛び上がるかいせい。
「そ、ソフィリア義母様! お願いですから気配を絶ってくるのやめてもらえませんか?」
「かいせい君がさぼっているのが悪いんじゃない。リーゼに言いつけちゃおうかな」
「そ、それだけは勘弁。母上は怒ると超怖いのです」
「知ってるわよ。でね、お願いがあるんだけど」
ソフィリアは早速本題に入る。
「なんです、その脅迫めいたお願いというのは」
「入ってらっしゃい」
ソフィリアが部屋の外に声をかけると、キリエがドアを開けてそっと入ってきた。
キリエは、ドアを開けてそっと部屋の中に入る。
そこで目にしたもの。
ミーティングルーム。
どこにでもあるような部屋だ。
ソフィリア様がいて、その前に……。
黒い髪、健康的にやけた肌、ボタンを二つも外したシャツ、袖は折られている。
そして、細身の黒のスラックス。
顔立ちはしっかりと整っており、伊達眼鏡をしている。
ズキュン!
キリエが撃たれた。
見開かれた目、真っ赤な顔、固まった体。
ソフィリアが察する。
誤解だが。
「かいせいくーん。こんな小さな子に魅了って、どういうことかなー。お父さんに似たのかなー」
遠い南、ローゼンシュタイン領でグレイスがくしゃみをする。
「ち、違いますよ、ソフィリア義母様。何もしていませんって。本当ですって。父様の趣味がどうのこうのは知りませんよ。だけど、誓ってその子に魅了なんてかけていませんから」
ソフィリアがキリエに近づく。
「キリエちゃん、どうしたかなー。大丈夫?」
キリエが我に返る。
「は、はい! 私、旦那様を見つけました!」
「「はい!?」」
ソフィリアは悩む。
こんな恋愛感情丸出しの六歳児をかいせいに預けていいものか。
キリエは早々にかいせいの隣に座ってしまい、その腕を取り、顔を真っ赤にしているのだ。
しかし、かいせいの両親であるグレイスとリーゼロッテが、キリエは同じ悪魔であるかいせいに面倒を見させると決めてしまった。
妻としてのファーストナンバーを背負っているとはいえ、ソフィリアですらそれに口出しが出来るかというと、出来はしない。
だがしかし!
ソフィリアは思い直す。
自分は六歳で婚約を決めたではないか。
どこぞの王女様も六歳で相手を決めていたではないか。
つまりは、ま、いいか。
ということ。
遠い南、ローゼンシュタイン領でステラがくしゃみをする。
表情をころころ変えるソフィリアを見ていたかいせいが口を開く。
「あの、ソフィリア義母様、事情を説明してもらえません? それと、何をかわかりませんけど、できればあきらめないでいただけません?」
「え、そうね。あきらめたわ」
「早っ!」
「だけど、後で対策は取るわ」
「お義母様……」




