キリエ、かいせいの下へ
キリエが考えている何かを察して、グレイスがぶるっと震える。
そして、バニーが仮面の下で目を細めてキリエに殺気を送る。
バニーが放つ殺気は相当なもの。
だが、ここで臆してはいけない。
キリエはぐっと両手を握る。
そして。
「グレイス様。私の旦那様になっていただけませんか?」
「なりません」
キリエは速攻でグレイスに振られてしまう。
また、グレイスもそれ以外の答えを発することができない。
そう。
ここにはバニーがいるのだ。
バニーは、仮面の下で、当然、という顔をしている。
内心ドキドキだったが。
キリエは食い下がる。
納得いかない。
「えっと、なぜでしょうか。悪魔だからですか?」
グレイスは真顔でキリエを見つめて説明する。
「あの、僕には悪魔の妻もいる。種族で差別する気は全くない。だけど、すでに二十人も妻がいる。もうこれ以上妻を増やす気はないんだ」
「そ、そうですか」
キリエはほんのちょっとだけがっかりするが、すでに旦那探しは目的として優先順位が低いため、ダメージは大きくない。
グレイスは、ここでよかった、そう思う。
バニーならともかく、他の妻達のいる前だったら、何を言われるか分かったものじゃない。
「さて、キリエちゃん。行こうか」
「はい。お世話になります」
「それじゃ、こっちに近づいて来て」
と、グレイスはキリエを呼ぶ。
首をかしげながらキリエはグレイスに近づく。
バニーも同じように近づいてくる。
「それじゃ、行くね」
と、グレイスが言った瞬間、三人が真っ白な光に包まれた。
その光が薄れた時には、そこは、さっきまでいたキザクラ商会とは違う会議室だった。
「ようこそ、ローゼンシュタインへ」
グレイスのその言葉に、キリエは目を点にする。
「あの、もしかして、転移ですか?」
「そうだよ」
ちなみに、バニーは天使なので、グレイスに運んでもらわなくても転移が出来る。
効率の問題だ。
「さて、もうちょっといいかな」
グレイスは会議室を出て行く。
バニーとキリエがグレイスに続く。
グレイスは、自身の執務室へとやって来た。
キリエは、グレイスについて部屋に入る。
が、その瞬間、思わず身構えそうになった。
部屋には、何人もの女性がいた。
その全員が、絶対的に自分よりも強い。
それを本能で感じる。
自分の魅了なんて絶対にかからない。
六歳のキリエであっても瞬間的に理解できる、二十人が二十人とものその存在感。
固まっているキリエにグレイスが声をかけた。
「そこに座って」
と、キリエはソファを勧められる。
キリエはソファに腰掛けて小さくなる。
その周りを二十人の女性が取り囲んでいく。
ある意味、包囲だ。
中には、先ほどのバニーと呼ばれた兎人族も、ソフィリアも……。
そして、見覚えのある悪魔、リーゼロッテもいる。
キリエは目を見開いてリーゼロッテを見てしまう。
リーゼロッテ様がいる。
悪魔族の姫が。
と言うことは、この人が姫の旦那様。
最強の子供をリーゼロッテ様が授かったその相手。
しかも、ソフィリア様の旦那様でもある。
グレイスはキリエのその思考を察し、話題を変えるべくキリエに尋ねる。
「で、キリエちゃんは何しにこの階層へ?」
「は、はい。最初は旦那様探しだったんです」
ブルッ!
キリエが寒気を感じる。
「ですが、今は、こっちの世界、階層で、好きなことや好きなものを探したいなと思っていまして」
「いつまで?」
グレイスは、キリエがどのくらいの期間、この階層にいるのかを尋ねる。
それには理由がある。
「あの、ずっとじゃダメですか? もう、こっちのケーキも食事も大好きなんですけど」
そう言ってリーゼロッテに視線を向ける。
だが、リーゼロッテは優雅にお茶を飲んでいるだけだ。
「うーん」
と、グレイスが悩む。
「……」
何を悩むことがあるのか。
キリエが疑問に思っていると、グレイスはリーゼロッテに声をかけた。
「リーゼ」
「何でしょう、旦那様」
「悪魔子ちゃんをこの階層にいさせて大丈夫?」
「親が心配するかどうか、ということであれば、私が伝えておきます。この階層に悪魔がいることについては……私としては、今更」
その会話を聞いて、やっぱり姫だった。
そう思うキリエ。
辺境伯であるキリエの父親に簡単に物申せる人は、そうそういない。
「シャル?」
グレイスは天使長であるシャルロッテにも確認する。
「問題を起こさなければ気にしません」
ここで天使長として気にするのは、大量に人族等がキリエによって殺され、魂の回収という天使の仕事が増えなければ、ということだ。
ならばと、グレイスはキリエに言う。
「ということで、気が済むまでずっとこの階層にいてもいい。だけど、君、六歳だよね?」
「はい」
「この階層、というか、この国では、7歳になる年から子供は学校に通うことになっている。働くのは十二歳から。成人が十五歳だから、十五になれば結婚できる」
「グ、レ、イ、ス、くーん?」
ソフィリアが突然、グレイスに圧をかける。
「いや、一般論として。僕じゃないよ」
グレイスはソフィリアが抱いたであろう誤解を解く。
そしてキリエに告げる。
「ということで、一年間、勉強してもらう」
「え?」
キリエが固まる。
勉強? したことないけど。
「学校の入学試験に受かってもらう。でなければ、帰ってもらおうかな」
「が、頑張ります、頑張りますから!」
「うん。いい返事だ」
グレイスはリーゼロッテに尋ねる。
「かいせいに見てもらっていい?」
「いいぞ」
あっさりと息子を売るリーゼロッテ。
キリエは、聞き覚えの無い名前に首をかしげる。
かいせいの名前は、実のところ聞いたことはあるが、耳に残っていないだけだが。
まさか、姫の最強の子供か?
「今は、かいせいはグリュンデールだよね?」
「そうだ」
「それじゃ、連れて行ってくるよ」
グレイスは立ち上がり、キリエに手を伸ばした。
パチン!
グレイスの手をはたいたのはソフィリア。
グレイスがソフィリアを恨めし気に見る。
「そういうところだよ。誤解を生むの」
「……」
「十歳の少女と手をつないで街を歩く国王様って、噂になったでしょうに」
妻ナンバー二十のステラが頬を染める。
キリエは疑問に思う。
国王様?
この国の王は、今は女王ではなかったか。
「じゃあ、ソフィが連れてってよ」
「……んもう。仕方ないわね。キリエちゃん。行こう」
と、ソフィリアが手を伸ばした。
そのため、キリエはグレイスが国王と言われたことを忘れてしまう。
キリエがその手を取った瞬間。
シュワン。
視界が光に覆われ、景色が変わった。




