仕事をしてきたソフィリアと仕事の無いグレイス
トントントン
ノックしてソフィリアが部屋に入る。
そこには、ベッドに寝ているエルフが一人。
その傍らに少女が一人。
ソフィリアは、キリエを少しだけ見て、ラキアへと視線を移した。
「うーん。やけどねー」
ソフィリアは、ラキアの顔を見て、包帯を取った手足まで見ていく。
「一応ね」
と、ソフィリアはキリエが握っていないラキアの左手を握り、目をつむる。
「ちょっと衝撃があったのかな。おなかの中に出血……」
キリエは驚く。
手を握っただけで、体の中の状態までわかるのかと。
この人、この人なら!
「あの、治癒魔導士様! ラキア、ファイアランスを三つも受けて。私を守ってくれて。だから、お願いします。治して……」
キリエは必死な目で、ソフィリアに頼み込む。
「もちろんよ。そのために来たんだから。それじゃ、いいかしら。治すわよ」
そう言って、ソフィリアはラキアの胸に手を置き、
「メガヒール!」
と、治癒魔法をラキアにかけた。
ラキアの周りに光の粒子が舞い、その粒子がラキアに吸い込まれる。
次の瞬間には、ラキアがまぶしく光った。
「ん!」
キリエがまぶしさに目をつむる。
何が起こったのか。
美しくそして優しい薄緑の光。
だが、その光は強く、目を開けていられない。
ラキアの光が収まってきたところで、キリエはラキアの顔を慌てて覗き込んだ。
「ラキア! 髪も、ほほも、耳も、手も……。みんな元通りに! よかった。よかった」
キリエは、へなへなと床に座り込んでしまった。
喜びのあまり、安堵のあまり、涙が出そうになる。
だが、言うことは言わないといけない。
「治癒魔導士様。ラキアを治してくれてありがとうございました」
キリエは大きく頭を下げた。
「ん。最速で来たんだけどね。もっと早く着てあげられなくてごめんねー」
ソフィリアは変わらず何でもないことの様にひょうひょうと答えた。
「それで、ラキアは」
一応の確認をするキリエ。
「もう大丈夫。目が覚めたら動けるんじゃないかしら」
キリエに微笑むソフィリア。
そこへ船医が声をかけた。
「ソフィリア様。御足労おかけしました。ラキアの治療をありがとうございます」
「いいのよ。うちの従業員を守るのも私達の役目だもの」
「ところで、これからどうなされますか? ここでお食事でも……」
「帰るわよ。まだ、向こうでの食事に間に合いそうだし」
「そうですか。おもてなしもできず、申し訳ありません」
「言ったでしょ。従業員を守るのも私達の役目。もてなしなんていらないわ」
と、ソフィリアは部屋を出て行こうとする。
キリエは記憶を呼び起こす。
ソフィリア……様。
リーゼロッテ姫様の旦那様の奥様の一人?
「あの!」
キリエがソフィリアに声をかけ、呼び止めた。
「ソフィリア様?」
「そうよ。どうしたのかな、悪魔子ちゃん」
ソフィリアが振り返り、そうキリエに声をかけた。
キリエが目を見開く。
ばれてた。
翼はすでに隠してある。
尾は見せないようにしていたのに。
だが、それは置いておく。
ばれたものは仕方ない。
そんなことより。
「好きなことを好き、好きなものを好き、好きな人に好きって言いたいです」
ソフィリアが顔を赤く染める。
そんなことを言った記憶が。
その言葉が独り歩きをしているのか、と。
「そう。まだ、見つかっていないのね。見つかるといいわね。でも、見たところ、六歳くらい? まだ好きな人は早いんじゃないの?」
と、ソフィリアは自分のことを思い出して苦笑いする。
自分は六歳で婚約した。
「いえ、見つけました。こっちのご飯が好きです。ケーキも好きです。ラキアも好きです」
「いっぱい好きなもの、好きな人が出来てよかったじゃない」
「はい。ですが……悪魔はこっちの階層にいてはダメなのでしょうか。私はこの階層にいられないのでしょうか」
ソフィリアはきょとんとした後、笑う。
「それこそ、好きにしたらいいじゃない。好きなことをしたらいいじゃない」
「でも、私がいると、ここの人達が怖がって、ラキア達に迷惑をかけて……」
「ふうん。じゃ、家来る?」
キリエは、ソフィリアが突然した、それが何でもないことかのようにした提案に目を丸くする。
「さすがに六歳児には手を出したりはしないでしょう」という副音声は聞こえない。
ソフィリアはキリエに向けて手を伸ばした。
「は……」
「うちにはリーゼもいるし、かいせいだっているわ」
「はい」と、返事をしそうになり、とどまる。
このままソフィリア様について行っていいのだろうか。
まだラキアに助けてもらったお礼も言っていない。
その思考のため、キリエは聞き逃している。
リーゼの名前もかいせいの名前も。
「ごめんなさい。今は行けません。ラキアにお礼を言ってからじゃないと」
「そう。その後でうちに来るってことはいいのね?」
「はい。是非に」
「それじゃ、明日の朝、アエオンの船着き場に迎えを出しておくわ。連れてきてもらいなさい」
「はい! ありがとうございます!」
そのキリエの返事を聞いて、ソフィリアは部屋を出て行った。
ソフィリアを見送ったキリエは、そっと、ラキアの布団の中にもぐりこみ、一緒に眠った。
ローゼンシュタインに帰ったソフィリアは、食堂へと足を向けた。
たいてい、グレイスは家族と一緒に食事をしている。
「グレイス君」
「ん? ソフィ、どうしたの?」
「今、イングラシア航路の船でちょっと仕事してきたんだけど」
「うん」
「そこにね、この階層では居づらそうな悪魔子ちゃんがいたんだけど」
「悪魔子ちゃん?」
グレイスは首を傾げ、目をぱちくりさせる。
悪魔子ちゃんというネーミング、それに、だからなんだと。
「そ、悪魔の女の子」
「で、その子がどうしたの?」
「明日、迎えに行ってきて」
唐突なソフィリアからのお願い、いや、命令。
「え?」
「行って来て」
「悪魔の女の子だよね?」
「そうよ」
「リーゼじゃ?」
「リーゼはお仕事があるの」
リーゼロッテは、聞いていないふりをしてワイングラスを傾ける。
「かいせいは?」
かいせいはグレイスとリーゼロッテの子。
悪魔の血を濃く継いだ。
つまり、ほぼ悪魔。
「かいせい君もグリュンデールで騎士団の指南役をしてるでしょ?」
「えっと……」
グレイスが見回す。
だが、ソフィリアは他人任せは許さない。
「行って来て」
「……僕?」
「仕事ないよねー」
ソフィリアは微笑む。
こういう時のソフィリアの笑顔ほど恐ろしいものは無い。
「……はい。……行かせていただきます」
「えっと、悪魔子ちゃんさ、六歳だから」
「だから?」
ソフィリアが何を言いたいのかわかる。
グレイスはソフィリアに抗議の視線を送る。
手を出したりなんかしない、と。
グレイスがそう疑われる根拠としては、六歳でソフィリアとフランとした婚約、そして、十歳のステラと手をつないで嬉しそうに街を歩いたことくらいだ。
グレイスの妻、こはる、フラン、ドライア、そしてレイは子供体型だが、グレイスよりずっと年上だ。
グレイスとしては、ロリコン認定されるのはおかしいと思っている。
だが、
「ゴスロリだから」
「ゴスロリ?」
グレイスがゴスロリに興味を惹かれ、目を見開く。
「ゴスロリに興味があるのかもだけど、六歳だからね」
「わかってるよ。まったく」
「それじゃ、明日の朝、アエオンの港ねー」
「はいはい」




