いろいろ見てみたいしやってみたいキリエ
「私はラキアです。この船の副船長をしています。お嬢さんは?」
ラキアは、キリエの手を引きつつ、キリエに顔を向けて名前を尋ねる。
「私、キリエ」
「キリエ様、ご案内しますね」
ラキアは答えてくれたキリエに微笑み、キリエの手をとったまま、船の中を連れて巡る。
「ここが食堂です。これからですと、夕食、朝食、昼食……と、ここで食事をとっていただきます。ビュッフェ形式になっていて、好きなものを好きなだけ取って食べてください。デザートもありますよ」
「カステラサンドも?」
キリエはキザクラ商会で食べたカステラサンドが気に入ったらしい。
デザートと聞いて、思わず口に出してしまう。
「はい。もちろん。ケーキはいろんな種類があるので、試してみてくださいね」
「うん」
キリエはカステラサンドも他のケーキも楽しみに思い、微笑む。
「ここでは、妖精が給仕をしているので、妖精に声をかけてくれれば、高いところにある物も取ってくれますからね」
二人はデッキに出る。
「ここでは、景色を眺めていただくことができます。とは言っても、今日は夜になってしまいますし、明日一日くらいでしょうか。それにしても、見渡すかぎり海ですけど」
ラキアは笑う。
ラキアは最後に客室へキリエを案内する。
「こちらが使っていただくお部屋になります。この扉を開けるとお風呂とトイレがあります。使い方、わかりますか?」
キリエが首を横に振る。
カップや皿と同じようなつるつるの陶器でできた風呂桶にトイレ。
初めて見た。
しかし、使い方?
お湯を張って入るとか、用を足して水を……お湯? 水?
どこから?
「トイレは、ここを押すと水が流れます。お風呂は、ここを押すと適量で暖かい水が出ます。ゆっくり浸かってくださいね」
キリエは目が点になる。
なんだこの設備は。
トイレに水が流れる? 流れるのはいい。
いや、よくない。
それに、触るだけで?
温かいお湯も?
天井に隠してあるのか?
キリエが天井を眺めながら尋ねる。
「あの!」
「何でしょうか」
「リーゼロッテ様も、このようなお部屋で過ごされているのでしょうか」
ラキアがリーゼロッテを知っているかどうか、その確認すらせずに聞く。
それほどに、キリエは驚いているのだ。
「この設備は、ローゼンシュタイン家が作っています。リーゼロッテ様はローゼンシュタイン家の出ですし、グリュンデール家はローゼンシュタイン家と同じようなものですが、そこの奥様です」
「……」
「ですので、リーゼロッテ様であれば、もっともっと立派なお風呂に入られていると思いますよ……。あの……」
言いよどむラキアに、キリエが首をかしげる。
「キリエ様は悪魔族ですよね?」
「……!」
やはり、悪魔が来てはまずかったのか。
船に乗ってはまずかったのか……。
「実は、現在この船には多くのお客様をお乗せしているところですが、その多くが、イングラシア聖王国から避難をする人達でして。何からかというと、悪魔の侵攻からです。それで、大変申し訳ないのですが、この船で悪魔だとわかる行動は控えていただけませんか? 申し訳ございませんが」
「ごめん。ありがとう」
「その一つが大浴場の利用です。おそらくキリエ様はその尾を隠すことができませんね。ですので、大浴場では尾があらわになり、乗客が恐れを感じるかもしれません。重ね重ね申し訳ありません。ご容赦を」
「うん。わかってる。ごめん。心配をさせて」
キリエは父親がこの階層に侵攻したいわけではないことを知っている。
しかし、あの神殿を占拠しているのも事実である。
この階層の人族が悪魔に恐怖するのも仕方がないと思う。
私ですら、人族には余裕で勝てるだろう。
キリエは続ける。
「私も、私の父も、この世界の人達に危害を加える気はないの。お願いをしたいだけ」
「お願い?」
「うん。魔力の強い人に、子種をもらいたい。それだけ……」
「え? キリエ様が? まだ、小さいでしょうに」
ラキアがキリエの頭からつま先まで、視線を送る。
どう見てもまだ子供。
「初めは私も旦那様を探そうと来たの。でも、この階層で見たこともない物、初めて体験すること、いろいろあって。だから、今は、いろいろ見てみたい。いろいろやってみたい。そう思ってるの。確かに神殿にいる悪魔達は私の父が派遣している。でも父は、この世界と友好的に、血縁を結びたいだけ。ほんとに」
キリエは、悪魔である父がこの世界を侵略したいと思っているわけではないことを、何とか伝える。
「ご事情をお教えくださりありがとうございます。ですが、そう言った事情が広く伝わり、悪魔族を恐れなくなるまで、もうしばらく、お隠し下さい」
「うん」
「それでは、よい旅を」
そう言って、ラキアは部屋を出て行った。
キリエがベッドに腰掛け、足をぶらぶらさせながら、窓から外を見ていると、突然、船が揺れ、動き出した。
「お、おお」
こんなおおきな船が動き出すとは。
しかも、見た感じ、帆もなければ奴隷が漕いでいるわけでもない。
眼下で港が後ろへと流れていく。
そして、島が遠ざかって行く。
しばらくすると、見えるのは海だけになった。
もうすぐ夕方。
西の空が赤く、東の空が暗くなっていく。
くぅ。
キリエは、お腹を押さえ、立ち上がる。
「ご飯、食べに行こう」




