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キリエの旅の目的

「お気に召していただけたようで、嬉しいです。これは、カステラサンドというケーキです」


 おいしそうにケーキをほおばるキリエに、店員はケーキの名前を教える。


「かふへははんほ」


 キリエが口にケーキを入れたままケーキの名前を繰り返す。


「ふふふ。白いクリームは生クリーム、黄色いクリームはカスタードクリームと言います」


 店員は、うれしそうに笑っている。

 その笑顔に、キリエは少し冷静になる。

 私のことを悪魔だと知っている。

 にもかかわらず、この余裕。

 この人はいったい。


 だが、キリエはケーキを平らげることを優先させる。


 しかし、こんなにおいしいものがこの世界、いや、階層にあるのか。

 これでは、ここに住みたくなってしまうではないか。


 ハッ!


 と、キリエは気づく。

 もしかして、リーゼロッテ姫様がこの階層に住んでいる理由はこれかと。

 だから、他の世界(階層)に行ってはいけない、他の世界(階層)を知ってはいけないと言っていたのかと。

 これを知ったら、悪魔が移住してしまうに違いない。

 だが、自分はすでに知ってしまった。


 キリエはケーキを食べ終わり、お茶をいただく。


 ふぅ。


 と、一息つく。

 おなかも何とかなった。


「さて、小さな旅人さん。私達に何かお手伝いできることはありますか?」


 キリエは素直に困りごとを伝える。


「あの、私、お金を持っていないのです」

「そんなことですか」


 店員はパンパンと、手を叩く。

 すると、また別の店員がやって来る。

 手には、ポーチを持って。


「お客様のその恰好でしたら、この黒の、ちょっとデコレーションのついたポーチがお似合いかと思いますよ」


 と、肩掛けのポーチをテーブルに置いて、店員は下がって行く。


「あの、これは……」

「はい。旅人さんに対する初期支援です」


 店員は笑う。


「でも」

「構いません。後々、我々キザクラ商会をごひいきにしてくださればそれでいいのです」


 それに、と、店員は続ける。


「私どもは、前会長の方針で、小さなお子様には積極的に支援をすることにしています。その一環が孤児院支援です。なので、小さなお客様に支援するのも私どもとしては当然のことです」


 店員はにこやかに言う。

 そして、キリエにさらに尋ねる。


「お金の件だけでしたでしょうか」

「はっ、いえ、あの、リーゼロッテ様ってご存じですか?」


 その質問に、店員がきょとんとする。


「リーゼロッテ様? もしかして、我が商会の前会長の奥様の事でしょうか」

「キザクラ商会の前会長? 前会長と言うのは人間族の?」

「はい。そうですね」


 噂は本当か。

 リーゼロッテ様は、キザクラ商会の前会長の奥様。

 その人間族と交われば、最強の子供が生まれるのか。


「その人にはどこに行けば会えますか?」

「うーん。実は、前会長はふらふらとどこかへ行ったりして遊んでいるらしく、捕まらないのですよね」

「そのあたりについて、詳しい方は? つかまりそうな方は?」

「えっと、お会いできるかわかりませんが、キザクラ商会統括のリノ・ヴンダーシューン様は、グリュンデール王国の女王を兼ねていらっしゃいます。おそらく、私が知る中では、リノ様が一番、リーゼロッテ様に近い存在なのではないでしょうか」

「グリュンデール王国ですね。わかりました。行ってみます。それで、もう一つなのですが」

「はい。なんでしょう」

「魔力の大きい人を探しています。心当たりはないでしょうか」


 キリエは目の前のエルフの店員を見る。

 魅了にかかっていないのは確実。

 ということは、私より魔力が多い。


「そうですねー」

「あの、貴方も私より魔力が多いですよね? 私より多い人はたくさんいるのですか?」

「まず、後の方からですが、私どもキザクラ商会の職員は、見てのとおりエルフであることから、もともと魔力量は多いのです。ですが、私どもはこのキザクラ商会に誇りを持っておりますので、このキザクラ商会の看板を守るために、各々鍛えているのです。そういう理由で、人より魔力が多いのかもしれません」

「なるほど」

「それで、魔力の大きい人ですが。おそらく、それもリノ様ではないかと。リノ様もエルフです。ヴンダーシューン家はキザクラ商会創業時からの前会長の右腕となっている家系でして、そのためグリュンデール家とのかかわりも大きかったと聞いています。前会長はとりわけ魔力が多かったとも聞いておりますので、魔力量を上げるコツとかあったのかもしれません。それがヴンダーシューン家に伝わっていてもおかしくありません」

「あの、リノ様は、男性ですか?」

「いえ、女性です。ヴンダーシューン家の当主は代々女性です。また、その婚姻関係や家族構成はすべてシークレットになっています。王族ですから仕方ないのかもしれません」

「ということは、男性のお子様がいるとか、そういうこともわからないと」

「ええ。何か気になりますか?」

「はい。あの、私のこの旅の目的は、旦那様探しでして……」


 キリエが顔を赤くする。


「あら、まあ、そうでしたか。で、条件が魔力の多い方、ですか」

「はい……」

「ですが、失礼ですが、まだ、六歳……くらいでは? まだ、早くないですか?」

「そ、そうです……よね。まだ、早いですよね」

「ふふふ。せっかく旅をさせるのであれば、旦那様探しの他にも、おいしいものや楽しいことを探してみてはいかがですか?」


 キリエが目を見開く。

 おいしいもの? 楽しいこと?


「好きなものを好き、好きなことを好き、好きな人を好きっていえる人生はきっと楽しいと思いますよ」


 キリエが目を白黒させる。


「これ、前会長の奥様の一人、ソフィリア様の受け売りなのですけどね」


 そう言って店員は笑った。


 ソフィリア様もリーゼロッテ様と同じく、キザクラ商会前会長の奥様なのか。


「まあ、最後の好きな人ってところは、おいおいでいいんじゃないですか。人生は長いのですし」

「は、はい。ありがとうございます!」


 キリエは椅子から立ち上がって、頭を下げた。


「お金もありがたく使わせていただきます。将来、必ずお返しできるよう、頑張ります」

「はい。どういたしまして」

「それでは、失礼いたします」


 キリエは、ポーチを肩から掛け、キザクラ商会を後にした。




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