キリエとキザクラ商会
キリエは日傘をさして飛んでいく。
まるで、空気の椅子に座っているかのように、足を組んで。
日傘をくるくる回しながら。
しばらく飛んでいくと、港街、というより、都市が見えてくる。
街並みは、白い壁、オレンジの屋根の建物が詰め込まれ、美しい街である。
大きな建物としては、城と教会だろうか。
やはり、どちらも宗教色が強く、美しい建物である。
キリエは、上空でぐるっと、都市を見回すように飛び、都市の真ん中にある広い公園に降り立つことを決める。
一方のイングラシア聖王国王都内では、上空から優雅に降りてくる真っ黒な服装をした少女に注目が集まる。
このイングラシア聖王国は現状、悪魔への対応に追われている国である。
当然、国民も警戒しているし、空から降りてくる少女が悪魔であることは容易に想像がつく。
どう見ても、伝説のロッテロッテの二柱の神とは違う。
そのため、キリエが降り立とうとしている中央公園の周辺では、人々が逃げ惑う。
キリエが中央公園に降り立った頃には、一般の住民は誰もいない。
しかし、体の大きな戦士がキリエを取り囲むように集まって来た。
その数、数十人。
その数が少ないのは、イングラシア聖王国の戦士団の多くが、悪魔対策のため、神殿方面へ派遣されているからだ。
「貴様、悪魔だな!?」
戦士の一人がキリエに向かって叫ぶ。
キリエは、うーん。と、少し悩み、人差し指を顎に当てる。
そして満面の笑みで答えた。
「悪魔族のキリエでぇっす。よろしくねっ!」
首をこてんと傾けるキリエ。
その瞬間、キリエを囲っていた戦士達に何かが刺さる。
ズキュン!
すると、戦士達がわらわらと解散し始める。
「隊長、ただのかわいい女の子でしたね」
「そうですよ。ただのかわいい女の子です。警戒する必要ないです」
「隊長。帰って食事にしましょう」
「そうだな。焦って来て損したな。帰ろう。お嬢ちゃん、お騒がせした」
そう言って、戦士達は、引き上げて行った。
キリエは思う。
うーん。魅了が効いちゃったな。
と。
ということは、自分より強いわけではない。
はずれだ。
というか、そもそも、そんな簡単に見つかるような人と結婚がしたいわけではない。
どうしたものかとキリエが考えていると、一般市民までもが、何もなかったかのように、生活を動かし始めた。
誰もキリエのことを恐れていない。
かわいい女の子がいる、ってことで視線を送られてくるくらいはある。
この街の人達は基本は白い服だが、キリエは全身が黒だ。
それはそれで珍しい。
この街では、真っ黒な服を普段から着用しているのは、キザクラ商会の店員くらいなのだ。
キリエは道行くおばさんに声をかける。
「あの、すみません。このあたりの状況を聞くとしたら、どこに行ったらいいかしら」
おばさんは、少女に何でもないかのように答える。
魅了のせいで、悪魔だとは気づいていない。
「そうねぇ。まさか王城に聞きに行くわけにもいかないものね。狭くても、広くても、情報を集めるのなら、冒険者ギルドか、大きな商会、キザクラ商会なんてどうかしら。冒険者には大きくならないとなれないから、キザクラ商会がいいかしらね。この通りをまっすぐ教会の方へ行くと、教会の手前、右側にあるわ。お嬢ちゃんと同じく、かわいらしい猫の看板だから、すぐにわかると思うわよ」
「そうなのですね。ありがとうございます。行ってみます」
キリエはおばさんにお礼を言って、日傘をくるくる回しながら歩き出した。
キリエは、街を眺めながら歩いて行く。
くぅ。
そう言えば、お昼の時間。
でも、お金を持っていない。
屋敷を飛び出したせいで、お小遣いを持ってくるのも忘れた。
持ってきたとして、この階層で使えるかは不明だが。
猫の看板。
あったあった。
と、キリエはキザクラ商会の入口前に立つ。
さて、私の魅了は効いているかな?
キリエがキザクラ商会に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
店員が明るく声をかけてきた。
白いブラウスに黒のジャケット、黒のタイトスカート。
そして、とがった耳。
エルフ。
キリエは、店員と目が合った瞬間、店員の目がほんの少しだけ開いたことを見逃さなかった。
この店員、魅了がかかっていない。
しかし、店員はにこやかな笑顔を向けてきている。
この店員、できる。
「あの、教えてほしいことがあって……買い物ではないのですけど」
「あら、そうですか。旅のお方でしょうか。小さいお子さんが一人でご旅行ですか? 構いませんよ。私どもキザクラ商会は、人の役に立つこと、人に喜ばれることをモットーとしております。こちらでお話をお聞きしますね」
そう言って、店員はキリエをテーブルに誘う。
そして、パンパン、と手を叩いた。
キリエがテーブルにつくと、別の店員がお茶とケーキを持ってきた。
「小さなお客様、どうぞ、召し上がれ」
そう言って、店員はテーブルにケーキとお茶をおいて下がって行った。
テーブルの向かいに座った店員は、キリエにケーキを勧める。
「まずは、ケーキをどうぞ。それとも、お急ぎですか?」
キリエは悩んだ挙句、空腹に耐えきれず、ケーキにフォークを当て、ひとかけらのケーキを口へと運んだ。
「んんー!」
キリエは目を見開く。
おいしい。
こんなおいしいケーキは食べたことが無い。
なんだ、この生地の間に挟まった白と黄色のクリームは。
それに、ケーキの生地も、焼き菓子より柔らかく、そして甘い。




