キリエ
「辺境伯閣下」
「なんだ」
ここは第二階層。
悪魔の世界。
とある国の辺境、ピエートル辺境伯領。
ピエートル辺境伯に対し、騎士団長のサクレが『高魔力人族の拉致作戦』の報告を行う。
「異世界に偵察のため送り込んでいた部隊ですが、部隊長シモンが大けがを負って帰ってまいりました」
「なぜだ? 異世界の人族どもは好戦的だということか? 話し合いを、話し合いすらしてもらえないということか。それは我々が悪魔だからか?」
「……(話し合い?)」
サクレが首をかしげる。
「我らは異世界の血脈を取り入れたいだけ。子種すら分けてもらえぬというのか」
「……(あれ?)」
何かが違う。
サクレは何かがおかしいと感じる。
「閣下、今回の異世界進出の目的はなんでしたでしょうか。今一つ閣下の崇高なお考えが理解できていなかったようで」
「結論から言うと、目的は悪魔族の進化だ」
「進化ですか?」
サクレは首をかしげる。
「そうだ。お前はお会いしたことが無いか? 我が国の、いや、悪魔族の姫に」
「姫、と言いますと、もしかして、リーゼロッテ様の事ですか?」
「そうだ。お前はあのお方のことをどう思う?」
「は、同じ騎士としても、同じ女性としても、崇めるべきお方かと」
「では、姫は特別だと思うか?」
「はい。まさに天上のお方ではないかと」
「あのお方はな、悪魔と魔族のハーフなのだ」
「ハーフ?」
「そうだ。ここだけの話だがな。言うなよ?」
「はい。口が裂けても」
「その姫だが、結婚していることは?」
「え?」
「しかも、夫は異世界人だ」
ここでいう異世界とは、異なる階層のことをさす。
この世界に住む者達は、他の世界、例えば陽の第二百七十四番世界があることを知らない。
「ま、まさか?」
「そうだ。夫は人間族らしい」
「あの、私はうわさでしか聞いたことがございませんが、一度、リーゼロッテ様が小さなお子を連れて来たことがあったと聞き及んでおります」
「うむ。ある」
「その時、そのお子様は、まだ小さいにもかかわらず、姫並みの……。その子は姫の子だったのですか?」
「そうだ。そうなのだ」
「閣下! もしかして閣下は!?」
「そうだ。この停滞した悪魔族に新しい血脈を入れて進化を促したい。ハーフのリーゼロッテ様やそのお子様のようにな。この長い間。私の祖先から、おそらく悪魔族の能力は変わっていないのだ」
「……」
「噂では、姫の夫である人間は、かなり魔力が強いらしい。だから、魔力の強い人間に頼み込み、子種を分けてもらいたい。本音は姫の夫に協力してもらいたい。だが、そんなことを言ったら姫に打ち首にされてしまう。それで、お前達に、異世界にいる、魔力の強い人族にこちらへ来てもらうよう、交渉してきてほしい。そう言ったのだ」
違ったー、魔力の多い人間を拉致してこいじゃなかったー。
サクレは冷や汗を流す。
「で、シモンはなぜ怪我を負ったのだ。負わされたのだ」
「は、言いづらいことではございますが、強大な魔法を使った痕跡があったため、その付近にいた怪しい冒険者を試したところ、返り討ちにあったと」
「その冒険者はその強大な魔法を使った者だったのか? シモンは魔法で怪我を負わされたのか?」
「そのようです。業火で焼かれたらしく、全身やけどで、翼も焼け、空も飛べない状況でした」
「人間族には我らを傷つけることができる、そのような者が何人もいると? それとも、たまたま最強クラスに出くわしたのか? 身体能力だけなら、人間族に負けたりはしないだろう。そ、そうだ。その冒険者は魔導士なのだろう? なら、接近戦を仕掛けられなかったのか?」
「それが、気配が完全に消されていたと」
「知らぬ間に人間族はそこまで……ならば姫のあの強さも納得できる。やはり、我々と混ぜるべきだ。さすれば、我々の身体能力と強力な魔力を兼ね備えた、新しい悪魔、まさに、姫や姫の子のような悪魔が生まれるに違いない」
「では、継続しますか?」
「うむ。友好的に頼む。何とかこちらに来てもらえるよう、お願いを。わかったと思うが、あの世界は、姫が行き来をする世界。姫の夫がいる世界。その世界で我らが何かをしでかして、姫がお怒りになりでもしたら、我々の命はないぞ」
「承知いたしました」
サクレは、怒られなくてよかったー、と、冷や汗を拭きつつ、辺境伯の部屋から出て行った。
しかし、やらかしたことはやらかしたが。
その件は、忘れよう。
その話を窓の外でこっそり聞いていた、辺境伯の娘、キリエ。
「お父様ばっかりずるい。姫様から外の世界は知ってはいけないって言われていたのに」
キリエは子供らしくほほを膨らませ、そして、転移の魔法陣がある山脈の洞窟へと全力で飛んだ。
サクレが到着する前にと。
洞窟では、辺境伯軍が警備をしている。
「みなさん、お疲れさまです」
「あ、キリエ様。どうしてこのようなところに?」
キリエは後ろ手に手を組んでかわいらしさをアピールする。
「うん。お父さんがね、私の旦那様候補がいるかもしれないから、ちょっと異世界を見てきなさいって」
「え?」
「ん? 聞こえなかったかしら?」
「い、いえ、聞こえました。が、あの、子煩悩の代表のような閣下が、キリエ様自身に異世界に行かせるなど、ちょっと想像がつかず」
「子煩悩だからよ。私がちょっと、自分の旦那様は自分で選びたい! って強く言ったらね、じゃあ行ってこい、って。ね。そこを通してくださる?」
あの辺境伯なら、この子の言うこと、すべて聞きそうだ。
そう、警備兵は思う。
「わかりました。シモン様が大けがを負われました。気を付けて行ってきてください」
「わかっているわ。友好的にするわよ。だって、私の旦那様になる人ですもの」
と、ほほを染めて見せる。
警備兵も、子供が照れるそのかわいさに、ほほを緩める。
「ささ、どうぞ、キリエ様」
「うん。ありがとう。じゃ、行ってくるわね」
そういって、キリエは転移陣に飛び込んだ。
シュワン!




