すみれ姫の願い……ラテの剣
「あら、戻ってきたの?」
受付嬢がギルドに戻ってきたすみれ姫を見つけて声をかけた。
だが、受付嬢はすみれ姫のその様子が気になり、カウンターから出てきた。
「何があったの?」
受付嬢は膝をついてすみれ姫と視線を合わせて尋ねた。
すみれ姫は、怒りと悲しみが混ざった表情をして、うつむいている。
手には受領書を持って。
「ラテが受けた依頼を終わらせたくて、荷物を商会に届けた。でも、これにサインをもらえなかった」
「ちょっと見せて」
受付嬢はすみれ姫が手に持っていた受領書を確認する。
たしかに、輸送を依頼されたのはラテという冒険者だ。
「ねえ、すみれ姫さん。ラテという冒険者はどうしたのですか?」
すみれ姫の顔から怒りが消え、悲しみに染まる。
「ラテ、死んじゃった」
「え?」
受付嬢が予想外の答えに驚く。
しかし、ちょうどギルドから入って来たディフェルス商会の男。
「お前が金欲しさにラテという冒険者を殺したんじゃないのか?」
「「え?」」
すみれ姫と受付嬢の声が重なる。
「そんなことするわけがない! 私はラテを、ラテを守れなかった。だから、ラテが受けた依頼だけは終わらせたくて、ここに、ラテの馬車にのって、やって来たのに……」
「だが、証拠がないだろう。お前がやったんじゃないっていう」
「やってない。私はラテと一緒にやられて……気を失って……」
「じゃあ、誰がラテをやったんだ?」
「悪魔……」
男がきょとんとした表情を浮かべ、笑い出す。
「悪魔? うわっはっは。悪魔だと? 言うにことかいて悪魔か。悪魔なんぞ、歴史にしか出てこないではないか。かつてのグリュンデール王国国王が、悪魔を滅ぼしたと。その悪魔の生き残りがいたのか?」
「でも!」
「じゃあ、どんな悪魔だった?」
すみれ姫は悪魔を見ていない。
ラテと一緒に上半身を吹き飛ばされ、気を失ってしまったのだ。
「そ、それは……」
「ほらみてみろ。子供の嘘なんかすぐにばれる。お前が金欲しさにラテをやったんだろう?」
「う、うう。うわーーーー!」
(すーちゃんいけない!)
(アイスウォール!)
ガキン! ガキン! ガキン!……
すみれ姫が男に向かって風の刃を一斉射撃した。
それを、ミシェルがアイスウォールで防ぐ。
「何で!」
すみれ姫はミシェルに対して憤る。
「ひ、ひぃ。そいつ、衛兵に引き渡しておけよ!」
そう言って、男は走り去った。
「何でそいつを守った。殺させなかった!」
(確かに口は悪かったし、気にいらないし、殺したいくらい嫌なやつだけど、だからって殺していいかっていうと)
「私がラテを殺したって言ったんだぞ!」
受付嬢は、すみれ姫の叫びを不思議に思う。
いったい誰と話しているんだと。
すみれ姫がその表情を怒りから悲しみへと変える。
「ある意味、私が殺した。ラテを、私が……」
すみれ姫が崩れ落ちた。
「おい、何があったんだ?」
二階から声が聞こえてきた。
「あ、ギルマス。えっと、あの、その……」
ギルマスとすみれ姫の間を視線を行ったり来たりさせる受付嬢に、ギルマスは指示を出す。
「その少女を連れて上に来い」
「はい」
「すみれ姫さん。こんなところで座っていても何ですから、上で座りませんか。お話を聞かせてください」
「お前も、私を疑っているんだろう!」
すみれ姫が怒りの声を上げる。
「いいえ。すみれ姫さんのその様子から、後悔が感じ取れます。ラテさんを守れなかったこと、ラテさんが亡くなられたことを悔やんでいらっしゃいますよね」
その優しい受付嬢の語り掛けに、すみれ姫が口を開く。
「山と山の間の湖の畔で野営をしていたら、悪魔に襲われたんだ」
「……」
受付嬢は、すみれ姫を立たせて、二階へと上がった。
ギルマスの部屋。
すみれ姫はギルマスと向かい合って座っている。
そして、ラテが死んだ理由について話した。
すみれ姫は悪魔は見ていない。
だけど、レーナとミシェルがそう言った。
レーナとミシェルがそう泣いた。
だから、事実だろう。
すみれ姫の話を聞いたギルマスは腕を組んで天井を見上げた。
「ギルマス?」
受付嬢がギルマスに声をかける。
「ギルマスはどう思われます?」
すみれ姫は、苦い顔をする。
まだ疑っているのか、と。
「信じるさ」
と、すみれ姫と目を合わせるギルマス。
「そうですよね」
受付嬢は安心した表情を浮かべる。
「ちょっと前にイングラシア聖王国の王女が通った。その時に、悪魔がこの世界に現れてきていると、教えてくれた」
受付嬢が驚く。
「なぜ、そんなことを?」
なぜ知っているのか、教えてくれなかったのか、受付嬢は問う。
「そんなこといきなり言ったって、誰も信じないだろう? 信じたら信じたでパニックになるじゃないか。それに、それは国の仕事だ。国が真偽を確かめた後、公表するだろうよ」
事実だったか、と、再び天井を見上げるギルマス。
「それで、ラテはどうした?」
ギルマスはすみれ姫に優しく尋ねる。
「湖の畔に墓を作った」
「そうか。ありがとうよ。それで、ラテの仕事を引き継いで、荷物を届けたってわけだ。まあ、あの商人が言うように、ラテが受けた仕事をラテが完遂することはできなかった。だが、仕事が終わったことは、報告しておく。金はもらえないだろうがな」
「お金はいらない」
「わかった。あのラテの馬車はどうする?」
「……」
すみれ姫はどう答えていいか悩む。
使ってはいけなかったのか?
「ラテが亡くなるとき、お前達が一緒にいた。お前達がラテの仕事を引き継いだ。お前達が仕事を終わらせた。だから馬車はお前達が使っていいと思うがな。ただし、ラテに家族がいなければだ」
「知らない」
すみれ姫は苦い顔をする。
決して馬車が自分たちの物にならないことを惜しんでいるわけではない。
ラテと自分は家族ではない。
それが悔しい。
ラテ……。
(ねえ、すーちゃん。馬車、置いて行こうか)
「なんで?」
「もし、家族がいたら、ラテの財産はその家族に渡してやらなければいけない」
ギルマスがすみれ姫のレーナに対する質問に答える。
「一つだけ!」
すみれ姫が声を上げる。
「ラテの剣……。家族を、もう、失わないように……」




