イングラシアとグリュンデールの対悪魔同盟……
グリュンデール王国王都の王城。
「お忙しいところ、拝謁の機会をいただき、感謝申し上げます。リノ・ヴンダーシューン女王陛下」
会議室に通されていたアシュリーは、入室してきたこの国の女王、リノに頭を下げる。
「ここは会議室。気楽にして欲しいです」
ここは謁見の間ではないと、リノがアシュリーにそう微笑む。
「ありがとうございます。私は、アシュリー・イングラシア。イングラシア聖王国第一王女でございます。後ろに控えるのは、リスベル。我が国にあるキザクラ商会の支店長でございます」
アシュリーにそう紹介されたリスベルが、自己紹介を行う。
「リスベルでございます。リノ女王陛下、キザクラ商会会長代理様。ご無沙汰しております」
「リスベル。久しぶりです。支店長会議以来かしら」
「はい。そうです。再び、お目にかかれて嬉しいかぎりです。が……」
リスベルが言いよどむ。
それに気づいたリノがアシュリーに尋ねる。
ここに来た理由はと。
「アシュリー、何か良くないことでも?」
「は、はい。リノ女王陛下にお耳に入れたいことと、協力していただきたいことがあり、ここまでやってきました」
リノは、長くなりそうだと、アシュリー達に着席することを促す。
「とりあえず、座ってください。だれか、飲み物を」
リノがそう言うと、メイドがお茶の用意をし始めた。
「それで?」
「はい。我が国の王都の西に、大精霊が住むと言われている神殿があることは御存じでしょうか」
「はい。知っています」
元々レイ様がいらしたところだな、と、あたりをつけるリノ。
「その神殿の地下に転移陣があることは……」
もちろん知っている。一つはもう使えない緑ドラゴン族の拠点への転移門。
もう一つは……
「その転移陣がどうしたのです?」
「はい。悪魔が出て来て神殿を占拠しました」
「悪魔?」
「はい。悪魔です」
「ドラゴン族がそのあたりを守っているでしょう?」
イングラシア聖王国のある島にはもともと緑ドラゴン族が住んでおり、転移陣から現れるイレギュラーとも呼べる魔物等の対処をすることになっていた。
「はい。ドラゴン族が言うには、世界の危機ではないのであれば関与しない、とのことで」
リノは気づかれない程度に奥歯をかみしめる。
ドラゴン族は基本的に神、グレイスの配下だ。
それに、悪魔は世界を滅ぼさなくても、人族を滅ぼしうる。
ならば、ドラゴン族に対処をしてもらいたい。
だが、自分の命令系統にドラゴン族はいない。
「それで、悪魔の目的は?」
「はい。魔力の多い人間を探していると」
「魔力の多い?」
リノは首をかしげる。
なんでまた、そんな人間をと。
「はい。悪魔と話をしたドラゴン族に聞いたところ、悪魔族の間では、強大な魔力を持った人間と交わることで、最強の悪魔が生まれると、そういう話が出回っていると」
リノの視線が宙をさまよう。
グレイス様とライラ様の子、しんじゅ様の事か?
それとも、グレイス様とリーゼロッテ様の子、かいせい様の事か?
確かに、どちらも最強の悪魔が生まれた事例だ。
なので、その悪魔の話に否定はできない。
しかし、それはどちらも例外中の例外だ。
「悪魔はそれを信じて強大な魔力を持った人族を探していると?」
「はい。そう思います」
アシュリーは、リノの目を見つめて続ける。
「そして、私が知る限り、この世界で最も強大な魔力を持つのは、リノ・ヴンダーシューン女王陛下。貴方様です」
グリュンデール王国は、グレイス・ローゼンシュタイン・グリュンデールが初代国王であったが、退位する時に、アンドリュー・ラインハルト伯爵に王位を継承しようとして失敗。
仕方なく、グレイスは片腕の一人であったラノ・ヴンダーシューン男爵を国王に据えた。
ラノはリノ、レノは三人ともグレイスがキザクラ商会を立ち上げた時からのメンバーであり、グレイスの信頼が厚い。
そしてキザクラ商会の総括であった。
現在は会長であるグレイスが隠れたため、会長代理も同時に務めている。
この三人はエルフであると同時に、グレイスによって天使化されているため寿命がない。
だが、それを怪しまれてはいけないと、交代で王位につくことにしている。
よって、今の女王は、正しくは、リノ・ヴンダーシューン二世、となる。
つまり、二巡目のリノである。
ちなみに、ラノ、リノ、レノが女王であるときに宰相を務めるのはそれぞれ、キール・バタフライ、キルリス・バタフライ、そして、さやか・バタフライ、と、なっている。
この三人は同一人物であり、かつ、ラノたちと同じく天使化されていて寿命が無い。
このように、現国王リノ・ヴンダーシューン二世は天使である。
そのため、悪魔ごときには後れを取ったりしない。
しかし、この世界の……階層の人、いや、エルフとして生きている以上、天使であることを隠さなければならない。
この階層にやって来た悪魔など何とでもなるが、それを自分でやってはいけない。
なぜなら、自分は天使だから。
天使は、どの階層であろうと、この世界に干渉してはいけないことになっている。
神と共に世界を見守る存在なのだ。
たとえ人族が滅ぼされようとも。
しかし、リノには国王としての一面があり、それを許していいとは思っていない。
ちなみに、神の配下であるドラゴン族が悪魔と対峙しないのも、同じ理由である。
この階層のことはこの階層に住む者達が対処する。
それが基本である。
しかし、この階層にやって来た悪魔はそんなことは知らない。
この階層で最も魔力を持つリノ・ヴンダーシューンを狙いに来るのは当然考えうること。
「私、悪魔に孕まされてしまうのですか?」
リノは、美しい顔をゆがめる。
当然、猫をかぶっているだけだが。
戦って悪魔なんかに負けることはないのだ。
悪魔ごときに思いどおりにさせることはない。
「最悪、そうなりかねません」
「では、どうしたらいいのでしょう」
「私どもイングラシア聖王国と貴国は現在平和条約を結んでいません。これを期に条約を締結し、共に悪魔に対抗しませんか?」
アシュリーはここに来た本題を口にする。
イングラシア聖王国だけでは悪魔には対抗できない。
だが、強大な力を持ったグリュンデール王国が力を貸してくれるのであれば。
そう提案されたとして、グリュンデール王国には今はもうグレイスの騎士はいない。
リーゼロッテの黒薔薇騎士団もいない。
グリュンデール王国騎士団と、各貴族の騎士団、それと、国ではなくリノに仕える表向きの黒薔薇騎士団があるだけだ。
それでも、現状はグリュンデール王国に攻め込もうなどという国もなく、どこも騎士団は縮小傾向にある。
もはや、農作業指導員部隊と言ってもいいほどだ。
とにかく今は平和なのだ。
騎士団を維持する必要性が問われているほどに。
「その申し出ですが、少し検討させていただけませんか?」
「はい。構いませんが、悩む余地があるとも思えません」
アシュリーは強気だ。
リノはこの提案を飲むだろうと、信じている。
なにぶん、狙われているのはリノなのである。
「私がそうは思っても、我が国と貴国の間には、歴史的な確執があります。我が国の貴族達が納得してくれるかどうか、わかりませんので」
建前としてそう言ったとしても、最終的には両国間で条約を結び、共に悪魔と対抗することになるだろう。
だが、即答は控える。
それは同じ王族として理解している。
「承知いたしました。それでは?」
「はい。明日には結論を出したいと思いますが、それでよろしいでしょうか」
「わかりました。それでは明日また、同時刻に来させていただきたいと思います」
アシュリーとリスベルは立ち上がる。
「それではまた明日」
「失礼いたします」
アシュリーとリスベルは城を後にした。




