悪魔の襲撃
夕方にもなり、山道を過ぎると湖が見えて来た。
今日の野営は湖畔だと、湖に向けて馬車を進める。
ちょうど、雨も止んできた。
湖畔に着くとラテは馬車を止め、昨日のように馬に水を飲ませるために、馬を湖へと連れて行く。
その間に、すみれ姫は木の枝を拾ってくる。
「レーナ」
(乾燥だね。ほい、リムーブ)
レーナは雨で湿ってしまった枝から水分を飛ばす。
「ミシェル」
(はいはい。火種)
と、その枝に火を灯す。
「すーちゃん、火をつけてくれたんだ」
ラテが馬を連れて戻ってきた。
ラテはすみれ姫が火を焚いてくれたことに感謝する。
そして、馬の手綱をつなぐと、食事の用意を始める。
鍋をかけ、ちょっとした野菜と干物。
それを鍋に入れてスープを作る。
あたりは、すっかり暗くなってくる。
誰に見られているかわからないので、レーナとミシェルは消灯中だ。
ラテのスープが出来あがった。
「はい、すーちゃん」
ラテがお椀をすみれ姫に渡す。
「ありがと」
すみれ姫はそれを受け取ってスープをいただいた。
ラテのスープは質素だが、とても温かい。
心もほっこりと温まる。
あたりが暗くなった後、空はすっかり晴れたようだ。
月も星も輝いて見える。
突然、ラテが薪の火を落とした。
すみれ姫はラテに目を向ける。
危険ではないかと。
しかし、ラテは気にした様子はない。
その場は月と星の明かりだけとなる。
だが、それもまたいい。
ラテはすみれ姫を誘って、御者台に座る。
そして、ラテは空へと手を伸ばした。
「すーちゃん見て。私、雨の後の晴れた夜空が大好きなんだ。空気が澄んで月も星もこんなにきれいに見える」
すみれ姫はラテのその伸ばした手の先、空を見る。
そう言えば、夜空を見たことがあっただろうか。
月を眺めたことがあっただろうか。
そんなこと、どうでもいいことだった。
起きて、そして、眠くなれば寝る毎日だった。
今は、輝く月が星が、こんなにも……。
「きれい?」
すみれ姫がラテに聞く。
「そう。きれい。月も星も輝いて、私達を照らしてくれる。それにね」
ラテはすみれ姫の肩を抱き寄せる。
「すーちゃんが一緒に見てくれるから、余計にきれいに見えるのかもね」
そう、ラテは空を眺めながら微笑んだ。
すみれ姫は思わずラテに聞く。
「嬉しい?」
ラテはより一層微笑んで、すみれ姫をより強く抱き寄せる。
そして。
「嬉しい。嬉しいよ、すーちゃん……」
ラテがそうすみれ姫に気持ちを伝えた瞬間、一瞬の風が吹き、月の光が、星の光が遮られ、光を失った。
そして、その次の瞬間、
ザシュッ!
ラテとすみれ姫の上半身が消えた。
((すーちゃん! ラテ!))
レーナとミシェルが叫ぶが声は発せられない。
誰にも届かない。
当然、ラテにもすみれ姫にも届かない。
上半身の無くなったすみれ姫。
下半身から血を吹き出すラテ。
二人にレーナとミシェルの声は、もう、誰にも届かない。
レーナとミシェルは何が起こったかは理解している。
すみれ姫は高位精霊。
実体が吹き飛んでも精霊化することができる。
しかし、ラテは人間。
どう見ても即死。
上半身が無いのだ。
だが、なぜそうなったのかがわからない。
レーナとミシェルは固まったままだ。
すると、暗闇の中から声が聞こえてきた。
「違ったのか? 強大な魔法を使った痕跡があったのに、この辺りにいる人間はこいつらだけだった。だが、こいつじゃなかったってことか?」
そこに立っていたのは、黒い体、頭はヤギ、側頭部にはヤギのツノ。
背には漆黒の翼、そして尾。
その背丈は三メートル近い。
そして、暗闇でも赤く光る目。
見たことが無くてもわかる。
悪魔。
悪魔が立っていた。
「あれだけの魔法を使った人間の魔導士が、こんなに弱いはずはないな。はずれだったのか」
そう、悪魔はため息をついて、この場を立ち去ろうと南を向く。
「逆だったか。南に行ってみるかな」
その悪魔を見て固まっていたレーナとミシェルがようやく我に返る。
(ラテが!)
(ラテが!)
(悪魔が!)
(悪魔が!)
(ラテを!)
(ラテを!)
((許さない!!!))
レーナとミシェルが姿を消したまま魔法を行使する。
(ファイアランス!)
(アイスランス!)
その魔法の行使を感知した悪魔は、慌てて体をひねった。
ザシュ、ザシュ!
悪魔は体をひねったことにより、なんとかかすり傷で済ませる。
レーナとミシェルにより作られた傷を抑えながら悪魔は振り向く。
「どこから?」
悪魔が周りを見まわす。
だが、誰もいない。
「こいつか? こいつが強大な魔法を使ったやつか?」
悪魔は翼の推進力を使って高速移動を繰り返す。
それを追うようにファイアランスとアイスランスが追いかけて何発も地面に突き刺さって行く。
(ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス!)
(アイスランス、アイスランス、アイスランス!)
前後から左右からファイアランスとアイスランスが悪魔に襲いかかる。
「どこにいる、姿を見せろ!」
悪魔はついに両手剣を抜き、ファイアランスもアイスランスもはじき始めた。
高速で移動をしながら。
(ファイアランス、ファイアランス、ファイアランス!)
(アイスランス、アイスランス、アイスランス!)
レーナもミシェルも休むことなく魔法を撃ちこむ。
だが、悪魔を削ることはできても、決定的なダメージを与えることができない。
そしてついに、レーナとミシェルがブチ切れる。
(ファイアトルネード!)
(エクスプロージョン!)
ドゴォーーーーーン!
悪魔の移動範囲を大きく上回る範囲で炎の竜巻が舞い上がり、その中心で炎の大爆発が起こった。
炎の竜巻が舞い上がり続けるその中の悪魔を、外から視認することはもはやできない。
レーナとミシェルはその炎を見続けた。




