精霊は全部吸収しちゃうから
「神様、お出かけですか?」
門兵が門を通り過ぎようとするすみれ姫に声をかけてきた。
「旅に出る」
「その恰好でですか?」
「何かおかしいのか?」
門兵は考える。
武器も野営道具も何も持っていない。
しかも、馬車に乗るでもなく歩いて。
所詮ちびっこのお遊びだろう。
すぐに帰ってくるのだろうと。
「いえ、申し訳ありません。行ってらっしゃい。よい旅を」
「うん」
すみれ姫は街道を歩いて行く。
レーナとミシェルはぽよぽよと浮かびながらついて行く。
(ようやくこのローゼンシュタイン領から出るのよね)
(そうだね。でも、すーちゃんに会えたのも一緒に旅をするのも嬉しいけど、本当に高位精霊になれるのかなぁ)
(なり方がわからないものね。とりあえずは言われたように旅をするしかないんじゃないかしら)
(まあ、いろんなところを見てまわるのもいいんじゃないかと思うんだけど。何とかの車窓だし)
(あはははは。そうね。せっかくですもの。三人の旅を楽しみましょう)
「旅が楽しいのか?」
(ん? 見たことのない景色をみたり、風を感じたり、人に会ったり、楽しいじゃない)
「ということは、旅も好きなのか?」
レーナとミシェルは日本各地のコンサートに飛び回っていたころを思い出す。
(あのころは観光をする余裕もなかったもんね)
(そうよね。せっかくだから楽しみましょう)
「楽しむ。好き。んー」
(おいおいでいいんじゃない? 私はすーちゃんが一緒に来てくれて嬉しいよ)
(私もよ)
ふと、レーナが気づく。
大事なことをだ。
転生してから今まで、試したこともなかった。
試すことはできないが。
だからこそすみれ姫に尋ねる。
(ねえすーちゃん)
「何?」
(さっき、ジュース飲んだよね)
「ジュース?」
(果実水)
「うん」
(えっと、あの、うーんと)
レーナが言いよどむ。
「だから何?」
(えーい、おしっこでないの?)
レーナは思い切って言葉にする。
実体があったら、レーナは顔を赤らめているだろう。
「おしっこ?」
(う、うん)
「おしっこ……」
(う、うん)
「おしっこって何?」
((……))
(果実水、飲んだよね)
「うん」
(その水分って、どうなっちゃうの?)
すみれ姫は両手をおなかに当てて考え込む。
そして、コテン、と、首を傾げた。
(ミシェル、ミシェル、やっぱりすごいよ。精霊ってすごい。飲んでもおしっこ出ないってことは、食べてもう〇こ出ないんだよきっと)
(本当だったのね。私達も何も食べてないからわからなかったけど。食べても何も出ないのね)
「う〇こってなんだ?」
すみれ姫が、聞いたことのない単語に再び反応してしまう。
(あ、ごめん。何でもない。知らなくていいことだから)
「う〇こって、体から出るのか? おしっこと同じか? おしっこってなんだ?」
((……))
「う〇こ、おしっこ、う〇こ、おしっこ……」
(ミシェル、やばい。すーちゃんがう〇ことおしっこに興味を持っちゃった)
(どうする? なんとかやめさせたいわ)
(そうだよね。少女とはいえ、そうそう口に出していいものじゃないよね)
(すーちゃん、すーちゃん)
ミシェルがあきらめて、両単語について、すみれ姫に教えようとする。
(すーちゃん、動物や鳥がおしりから何か出したの見たことない?)
「ない」
((……チーン))
終了する。
実際には、動物にも鳥にも興味も持ったことがない。
日ごろからずっとぼーっとして過ごしていただけなので、そんな行動など見たこともない。
高位精霊の屋敷につれて行かれてからはなおさら。
屋敷にいたエルフのトイレ事情なんて、知りもしないし興味もない。
ミシェルはあきらめて気をそらそうとする。
(ねえすーちゃん。すーちゃんって、お屋敷にいた時にご飯って食べてなかったの?)
「ご飯? エルフ達が一日一回持って来て食べた」
(おいしかった? さっき、果実水おいしかったって言ってたけど)
「おいしかった」
(ご飯食べるの好き?)
「好き? もう一度食べたいとか、飲みたいとか、嬉しいとか、そういうこと?」
(そうそう)
「おいしい。好き、かも」
(そうなんだね、すーちゃん、おいしいご飯を食べるのも飲み物を飲むのも好きなんだね)
「好き、かも」
レーナとミシェルと会ってから、チェルシーからもらった果実水まで、その間、何も食べてこなかったし飲んでこなかった。
必要とも思っていなかった。
でも、思い出してみれば、おいしい、おいしかった。
また、食べてみたい、飲んでみたい。
強く想うわけではないが、確かにそういう気もしないでもない。
(いいなー)
レーナがつぶやく。
「いい?」
(だって、私達、食べられないし、飲めないし)
(そうよね。やっぱり、早く体が欲しいわ。そしたら、おいしい物いっぱい食べるのに)
(ミシェルはお酒じゃないの?)
(レーナだって、アイスじゃない。よかったわね、お腹壊さない体が手に入りそうで)
(ほんと。精霊万歳だわ。う〇この心配しなくていいんだから)
「う〇こ」
(あ、またすーちゃんが思い出しちゃった!)
(あはははは)
((あははははは))
「う〇こ」
すみれ姫はちょっとだけ不満そうだ。
(ごめんごめん。動物とか鳥とか、人とか、実体のある生き物はね、ご飯を食べるとそれをエネルギーに変えて生きているんだけど、全部は体に吸収されないのよ。で、残ったのがお尻から出るの。それがう〇こ。同じように飲み物を飲んで、余分な水分がお尻……じゃないけど、出るのがおしっこ。でも、すーちゃんは精霊だから、全部吸収しちゃうのね。だから、う〇こもおしっこも出ないし、知らなくて当たり前なのよ)
(そうそう。だから、忘れちゃっていいよ。むしろ忘れて)
「うーん」
すみれ姫はかろうじて納得する。




