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アイドルの死

 レーナが階段にかけた足を止めた。

 それに気づいた美鈴。


「レーナ、どうしたの?」


 レーナが固まったまま動かない。


「レーナ?」


 美鈴はもう一度レーナに声をかけた。

 すると、レーナは少し青い表情で冷や汗を流し、美鈴に訴える。


「み、美鈴さん……」

「何?」

「ちょっとトイレ……」


 その告白に、美鈴が一瞬固まる。

 だが、もうステージが始まるのだ。

 固まってなんていられない。

 時間が勝負だ。

 美鈴が慌ててレーナに対して小言と指示を口に出す。


「……レーナ、何でこんな時に。急いで。走って!」


 だが、レーナは腰を引いて腹に手を当てている。


「は、走れない、けど、頑張ってくる……」


 そう言って、レーナはひょこひょこと歩いてステージ裏から出て行った。


「スタッフさん! イントロ伸ばしてー!」


 美鈴はインカムに向かって叫んだ。





 レーナは、お腹を押さえながら、本人としては速足でトイレに向かう。

 美鈴は、スタッフにお願いして、演奏をしているバックバンドにイントロを長引かせてもらう。


「レーナ、だからアイスは控えろと……」


 美鈴は愚痴る。





 バタン!


 トイレのドアを開け、飛び込むレーナ。


 さらに個室のドアを開けて、トイレの蓋を開けて衣装のスカートを手繰り上げて何とか座る。


 ザザー


 レーナは水を流す。


「はぁはぁはぁ……間に合った」


 レーナは膝に肘をつき、手のひらに額を乗せる。


「私はアイドルなの。アイドルなのに、何でトイレに……」


 レーナはつぶやく。


「アイドルはトイレなんて行かないの。行く必要はないの。だってアイドルなんだから」


 レーナは思う。

 アイドルはかわいいの。

 アイドルはかっこいいの。

 アイドルは素敵なの。

 だから、絶対にトイレなんて行かない。

 そうだったらいいのに、と。





 ひとしきりことを終えて個室から出るレーナ。

 手を洗い、トイレから飛び出す。

 イントロを伸ばしてもらうにしても、どこまで引き伸ばしてもらうことができるのか。

 奏者さん達には、申し訳なく思う。

 レーナは走る。スタンバイのステージに向かって。





「ずいぶんと長いイントロ。こんなこと今までなかったけど」


 陽がつぶやく。

 その疑問にすらどうでもいいと、座ったままのあずさは適当に陽に答えた。


「そうですか? まあ、待たせることができるってのも、いい女の条件です。待ち焦がれるのも楽しみじゃありません?」

「あずにゃん、いいこと言う。だけどね、早く会いたいってこの気持ちが抑えられないんだ」


 そう言って、ペンライトを振り上げようとする陽。

 だが、あずさからステージへと視線を動かしていく時に、気になる物、いや、人物? を見つけてしまった。


「ねえ、あずにゃん」


 陽はその人物? から目を離さずにあずさに問う。


「何でしょうか」

「どうしてあそこに『死神』がスタンバっているんだい?」


 そう。

 天井近くに浮いている人物、いや、死神。

 なぜここにいるのか。

 いや、理由はわからなくはない。

 わからないのは、なぜ『ここ』にいるのかだ。





「レーナ、急いで」


 走って近づいてくるレーナに美鈴が手を振る。


「美鈴さん、ごめんなさい。もう大丈夫。きっと」

「うん。頑張ってね、レーナ」

「はい!」


 その意気込みに満足した美鈴は、インカムでスタッフに対し、レーナの準備ができたことを伝える。


「スタッフさん、オッケーです。階段を上がったら始められます!」


 美鈴がレーナに安全を確認させる。

 慌てて転んだら何にもならない。


「レーナ、上がるわよ。足元に気を付けて」

「うん」


 レーナが階段を駆け上がる。

 しかも一段飛ばしで。

 その後ろから美鈴が付いて行く。

 美鈴は一段一段小刻みに駆け上がる。

 安全に、ということは気持ち的によくわかる。

 だが、ここまでスタッフもファンも待たせてしまっているのだ。

 ステージに出る階段の最上段まであと少し。

 と、いうところで、レーナが足を滑らせた。


「あ!」

「レーナ!」


 レーナは前かがみに倒れるが、何とか体を支えようとして手を伸ばす。

 しかし、再び足を滑らせて、今上がって来たばかりの階段を落ちる。

 美鈴は手すりから手を放し、手を広げる。

 手に持っていた手帳も何もかもほおり出して。

 美鈴は滑り落ちてくるレーナを何とか受け止めようと、手を伸ばすが、レーナが美鈴にぶつかった瞬間、レーナが反動で浮き上がり、美鈴を巻き込んで落下していった。

 階段の一番下へと。

 頭からさかさまに。





「死神ですか? そりゃ、人が死ぬからです」


 あずにゃんが冷静に回答する。

 死神はあずさの部下である。

 正しくは首席天使長あずさの下に天使達。

 その天使達に死神が従い、死者の魂を回収しているのだ。


「え?」


 あずさの答えに戸惑い、陽が固まる。

 死神の役割についてはよく理解している。


 すると、ステージ上にいた死神がすっと動き出した。


「え? 死神、動いたけど?」


 陽は死神を視線で追いながらあずさに確認する。

 だが、あずさの答えは端的なものだった。

 人が死ぬのはこの世界では日常。

 その魂を死神が回収するのも通常業務なのである。

 つまり、人が死んだことにより死神が動くことは当然のこと。


「誰か死んだってことじゃないです?」


 と。


「だ、誰が? 誰が死ぬって?」


 陽はペンライトを握った手をだらりと下げ、震えながらあずさにもう一度問う。

 嫌な予感しかしないのだ。


「いえ、死神が動きましたので、死にましたね」


 あずさの答えはやはりシンプルなものだった。




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