開始前……
「もうすぐ本番です。準備をお願いします」
スタッフが控室のドア越しに声をかけてくる。
「よし、アリス、さよピー、行くよ」
「「うん」」
着替えも化粧も終わった三人は立ち上がり、控室の中央で円陣を組み、右手を出してその手を重ね合わせる。
「私達は、歌で、ダンスで、そしてなにより、この笑顔で勝負してきた。私達はフェアリー・キス、この世界で一番のアイドルだ。今日もファンを楽しませよう。ファンに見てもらおう。そのためにも、私達も楽しもう。楽しんでいるところを見せつけよう。私達に怖い物なんてない。何も立ちふさがらない。私達は私達の道を進む。だって、私達は最高にかわいいから。最高にかっこいい最強のアイドルだもん。自信を持って行こう! フェアリー!」
「「「キィーッス!」」」
三人は右手を突き上げた。
美鈴はそれを見て、『今日も大丈夫』、そう確信する。
しかし……。
「アリスさん、ステージ右でスタンバイです。さよピーさんは左です。レーナさんは、真ん中階段を上がってください。ステージに出た先は階段状に下っています。足元に気を付けてください。それでは、皆さん、よろしくお願いします」
スタッフの声掛けに、配置に向かう三人。
会場が暗転する。
「「「「「ウォー!」」」」」
会場から歓声が上がる。
その声だけで会場が揺れる。
満席の会場。
全ファンがペンライトを掲げる。
光の海が波を打つ。
ドンドンドンドン……
電子ドラムのバスドラの音が響いてくる。
「「「「「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ……」」」」」
それに合わせて会場から声が上がる。
音にベースが加わる。
ギターに、シンセも加わって行く。
「「「「「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ……」」」」」
ただでさえ高かった会場のボルテージがさらに上がって行く。
ライスアリーナ全体が震えている。
まもなくフェアリー・キスのステージが始まるのだ。
前から五列目、真ん中の席。
フェアリー・キスのリーダー、レーナのイラストがプリントされた法被を着て、手を振り上げる男が一人。
この法被は入場する前にグッズ売り場で購入したもの。
法被の中はこれまたさっき買ったフェアリー・キスのライブTシャツ。
ちなみに、下は短パン。
手首にはフェアリー・キスのシリコンバンド。
両手にペンライトを持って、振り上げる。
もちろん色はピンク。
レーナのカラーだ。
そして、何より目立つのは、真っピンクの髪。
だが、そんな男も、ここでは目立ちはしない。
皆、同じ格好をして、手を振り上げているのだ。
皆が髪をピンクに染めているわけではないが、だれもその男のことなど気にかけていない。
「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ……」
たとえ目立つピンクヘアーであっても、他のファンたちの目線はステージ上に向いているのだ。
男は全く見られていない。
見られたのだとしても、ファンだから推しのカラーに染めたのだろう、それくらいにしか思われない。
その存在を知られたら大騒ぎになる『者』であるにもかかわらず。
しかし、同じく視線を向けられていないにも関わらず、ある意味目立つ女性がその隣で立ちすくんでいる。
その手にはピンクヘアーに持たされたピンクのペンライト。
女性はそれを振り上げるわけでもなく、だらりと垂れ下がらせている。
その女性、これだけガチ勢に囲まれた席にいるにもかかわらず、決して乗っていない。
ただ立ち尽くしているのだ。
よって、ある意味目立つ。
しかも、隣のピンクヘアーを含めて多くがド派手なフェアリー・キスの法被を着ているのにもかかわらず、タイトスカートの黒のスーツを決めている。
会社帰りに立ち寄った、そんな風貌だ。
暗い会場では全く目立ちはしないが、この場ではやはり、ある意味目立つ。
「はぁ」
その女性がため息をつきつつピンクヘアーに声をかけた。
「あの、よーたん」
ピンクヘアーの名は陽という。
「ん、なんだい。もう始まるよ?」
「えっと、どうして私、ここに連れてこられたんです?」
女性は目をさまよわせながら陽に尋ねる。
全くの場違いであることを自覚している。
「え、僕のあるところ、あずにゃんありでしょう?」
「そう言ってくれるのは嬉しいのですけど」
あずにゃんと呼ばれた女性、あずさは、少しだけほほを染める。
ここにいることが不満であっても、そう言ってもらえることは嬉しい。
「ですが、よーたんの推し活に私が付いてくる必要あります?」
「いいじゃん。チケット二枚当たったんだから」
「えっと、確認ですが、よーたん、お友達います?」
明らかに動揺する陽。
「い、いるよ。りょーちゃんとか」
りょーちゃんと陽は呼ぶが、本来の名はグレイス。
また、もう一つの名が陵だ。
そのため、陽はグレイスのことをりょーちゃんと呼ぶ。
グレイスは陽の数少ない友人だ。
グレイスからすれば陽は友人と言うより、知人や、よくて協力者程度にしか思っていないが。
なぜなら陽はいつも面倒ごとを持ってくるからである。
「じゃあ、りょーちゃんを誘えばよかったじゃないですか」
「あいつ、ロッテロッテに勝るアイドルはいない、って言いきったんだよ。フェアリー・キスを、レーナちゃんを見たことないくせにさ」
陽はほほを膨らませるが、その発言の本気度に、あずさは言葉を失う。
「……」
あずさは以前、陽とグレイスのアイドルトークを目の前で聞いた。
いや、聞かされた。
正直どうでもいいわ、と思ったのだが、グレイスの言うロッテロッテという二人組アイドルは、二人ともグレイスの妻であるため、その場では余計なことは言わないようにしていたが。
いずれにしろ、そのやり取りに入りたいとは思いもしない。
「もう始まるから、僕、集中するからね」
陽は前方のステージに全力で集中する。
演奏はなり続けているものの、未だステージは真っ暗だ。
だが、光があふれるその瞬間を、その瞬間のレーナを見逃すわけにはいかないのだ。
「はい、お好きに……」
あずさはため息をついて、周りの目を気にすることなく、席に座りこんだ。
ステージ裏、配置につくために、階段を登ろうとするレーナ。
その後ろから美鈴が付いてくる。
「レーナ、貴方は今日も最高にかわいいわ。応援してる」
「ん。美鈴さん、ありがとう。頑張ってくるね」
レーナは階段に足をかける。
しかし。
キュル!
「???」




