世界一のアイドルに!
ここは札幌真駒内ライスアリーナ。
そして、とある年の7月末日。
世の中の学生たちには夏休みだが、今日は平日。
大人達は休みではない。
にもかかわらず、アリーナの外には老若も男女も合わさって、大きな人の群れを成している。
列を作っているのかもしれないが、ロープの高さが腰のあたりと低く、外から見ても列と列の境目がよくわからない。
その集団から少し離れたところにテントが並んでいるのだが、こちらにも長蛇の列ができている。
テントでは本日行われるコンサートのグッズが販売されているのだ。
もう、どの列が会場へ向かう列で、どの列が物販に向かう列なのかよくわからない。
それほどの人が並んでいる。
グッズ販売会場から出ていく人たちは皆笑顔で、今買ったのであろう同一のピンクのショッピングカバンを肩にかけている。
誰もが大量にグッズを買っていることがカバンのふくらみで見て取れる。
早速自分のリュックにキーホルダーをつける者、タオルを首にかける者、中には買ったTシャツをその場で着る者もいる。
誰もがこれから体験するであろう夢のような世界に期待し、思いをはせ、幸せそうに笑っている。
さらには、三人のアイドルがプリントされた巨大なツアートラックの前で、写真を撮る人も大勢だ。
スタッフがこの真夏の中、タオルで汗を拭きながら順番に撮影を促していく。
ライスアリーナの出演者控室に飛び込んでくる女性がいた。
少女と言ってもいいか。
歳は二十歳。
髪をツインテールにまとめたその少女は、よほど慌てているのか、そのツインテールをぴょんぴょんと飛び跳ねさせての入室だ。
本日ライスアリーナでコンサートを行うのは、アイドルグループ、フェアリー・キス。
このツインテールはフェアリー・キスのリーダー、レーナである。
ステージでのリハを終えて控室に飛び込んできたのだ。
「誰よ、夏のコンサートは北海道でって言ったの。北海道も暑いじゃない」
控室は冷房が効いているにもかかわらず、暑いと愚痴りながら、レーナは部屋に設置された冷蔵庫に手を伸ばす。
「レーナちゃん、お疲れ」
レーナに次いで入ってきた少女が、レーナの手を止めるがごとくタイミングでねぎらいの言葉をかける。
しかしレーナは動じない。
アイスを取り出す手を止めるわけにはいかない。
暑いのだ。
レーナは、アイスを取り出しながらお互いを励ますように返事をした。
「お疲れ。本番も頑張ろうね」
そこへ、少女がもう一人、連なるよう入室し、先に入った二人に励ましの言葉をかける。
「お疲れ様、リハどおりやればきっとうまくいくよね。がんばろうね」
「うん。アリスもさよピーもお疲れ、本番頑張ろうね。アイス食べる?」
レーナは、冷凍庫から取り出したアイスを振り振りし、二人に勧める。
アリスとさよピーの二人は、レーナに次いで控室に入って来た、フェアリー・キスのメンバーだ。
フェアリー・キスは三人組なのである。
デビューして三年。
先進気鋭のアイドルグループ。
それなりのコンサートホールで単独コンサートを行えるようにまでなった。
目指すは東京ドーム。
そこまではまだまだと、本人たちも自覚している。
いや、もうちょっとか。
「ううん。私はいい。ちょっと緊張してるし」
「私も。それに、この部屋、ちょっと寒いよ」
アリスが振り付けのように右手を伸ばして手を振りながらアイスを断り、さよぴーはTシャツからでた二の腕を手のひらでさする。
レーナはそんな二人に構うことなくアイスの袋を開け、アイスの棒を引っ張って、アイスを袋から取り出した。
「そう? でも、セリコのマートのチョコミントアイスは最高よ。北海道に来たら食べなきゃ」
そう言って、レーナはアイスをほおばった。
「レーナちゃん、リハの前にもそれ、食べてたよね?」
「だって、おいしいんだもん。それに、北海道の人は、冬でも薄着でアイスを食べるんだよ。これくらいの室温、どうってことないよ」
ちょっと間違っている認識を披露するレーナ。
冬の北海道人は部屋を暖かくした上で薄着でアイスを食べるのだ。
「うーん、おいしっ! こればっかりはやめられないわ。私、北海道に来たら必ずこれ。セリコのマートのチョコミント、北海道にしかないんだもの」
レーナがほおばっているのは、セリコのマートという店のチョコミントアイスらしい。
「ちょっとちょっとレーナ、それ、何本目?」
控室に入ってくるなりレーナに苦言を呈するのはフェアリー・キスのマネージャー、美鈴。
歳はウン歳。
本人の心の持ちようとしてはレーナと同じ二十歳である。
「え? 札幌についてアイスを買った時に一本、会場入りして一本、今一本だから、三本目?」
首をかしげるレーナ。
そんなレーナを見て美鈴は、『うーん、かわいい』と、思いつつも、マネージャーとしてきっちりと確認する。
「なんで疑問形なのよ。もっと食べてるの?」
「うーん。きっと三本で合ってる」
「んもう。もうちょっとしたら開場。そして本番なんだから、そろそろ準備を始めるわよ。着替えて、メイクもしなきゃでしょ」
「「「はーい」」」
アリスとさよピーは、フリフリのアイドル服に着替え始める。
イメージカラーはそれぞれレモンイエローとライトブルー。
ちなみにレーナがピンクである
「ほら、レーナも」
アイスを口にしているため、なかなか動き出さないレーナを美鈴がせかす。
「はーい。ちょっと待って。もうちょっとで食べ終わるから」
「お願いね。もう三年目なんだから」
美鈴はそう小言を控室に残して出ていった。
「美鈴さん、相変わらずしっかりしてるね」
というレーナのつぶやきに、
「そりゃ私達のことを三年も見てくれてるんだもの、それくらい言わないとレーナちゃんが動かないことくらい理解してるわよ」
アリスが笑いながら答える。
正直、三年でここまでこれたのは他のアイドルグループと比べても特別早い。
これも美鈴の頑張りのおかげだと、誰もが感謝している。
次いでさよピーもレーナに言う。
「それに、美鈴さん、本当に私達を東京ドームに連れていこうと頑張ってくれてるんだよ。感謝しかないよ」
「わかってるわよ。私も美鈴さんには頭が上がらないわよ」
「なら、そのアイスの数、減らしなさいよ」
「そればっかりはねー」
あははははは……
美鈴の代わりに入って来たメイク係達に化粧してもらいながら、レーナはかがみに写った自分の顔を見つめる。
そして、目を見開いたり、ウィンクしたり、顔を傾けたり、口角を揚げたり、笑顔、真顔、驚きの表情と、いろいろと表情を試して行く。
「レーナちゃんは相変わらずかわいいわよね」
メークさんが、レーナに言う。
「ありがとうございます。やっぱりアイドルは顔で見せて、それから指の先まで使って表現しなきゃ」
そう言って、レーナは両腕を広げて手首から指先までをくるくる回してポーズを決める。
レーナは自分に自信を持っている。
そのコロコロ変える愛らしい表情、そして、指の先まで気を使った繊細かつ、大きく大胆なダンス。
もちろん、そうなるまではかなりの努力をした。
だからこそ、自分がかわいい。
一番かわいい。
そんな自分を表現する。
ファンに見せる。
見せつける。
私は世界一のアイドルになるんだ。




