『愛してる』
すみれ姫が落ち着いたころ、ラズルが声をかけてきた。
「すみれ姫様、私たち家族を助けてくださりありがとうございました」
「ん、ずずっ」
すみれ姫は鼻をすすりながら返事をする。
「すみれ姫様のおかげで、愛する家族をなくさずにすみました」
「ん、ん?」
すみれ姫がラズルを見る。
「どうしました? すみれ姫様」
「愛するってなんだ?」
ラズルが固まる。
未だすみれ姫を抱いているハンナも固まる。
ハンナが目をつむり、すみれ姫を抱きしめて言う。
「すごくすごく好きで大事な人を大切に思う気持ち。それが愛するです。私はすーちゃんを愛していますよ」
すみれ姫が目を見開く。
「好き、すごく好き。大事。大事な人……」
すみれ姫はハンナの肩を押して体を離し、ハンナの目を見た。
そして、すみれ姫はハンナに自ら抱きついた。
「ハンナ、愛してる」
キランキラン
すみれ姫はハンナから離れる。
そしていつの間にか帰って来たリスベルに抱きつく。
「リスベル、愛してる」
「アシュリー、愛してる」
「キャロ、愛してる」
と、すみれ姫は一人ずつ抱きしめる。
そして、すみれ姫はラズルに体を向ける。
「ラズル……」
ラズルは自分の番かと手を広げる。
だが、なかなかすみれ姫がやってこない。
ラズルの笑顔が苦笑いに変わりかけたころ、
「ラズル、愛してる」
すみれ姫はラズルも抱きしめた。
「すーちゃん様、ありがとうございます。私も家族と同じくあなたのことを愛しています」
ラズルもすみれ姫にそう返した。
おじさんのラズルとしては不適切な発言だったかもしれないが、ハンナもキャロもそれを許した。
すみれ姫から抱きついたのだ。
それに、すみれ姫はキャロの姉であり家族なのだから当然だと。
すみれ姫はラズルから離れると、宙を眺めて手を広げた。
それを理解したレーナとミシェル。
二人ともすみれ姫の胸に飛び込んだ。
「レーナ、ミシェル、愛している」
レーナもミシェルもその一言がうれしくて、光を現す。
それを見てハンナもラズルもキャロも目を見開く。
何が起こったのかと。
すみれ姫がまばゆい、金と銀の光を抱きしめたのだ。
キランキラン。
レーナもミシェルも輝きを増す。
すみれ姫は、レーナとミシェルを抱きしめたまま空を見上げた。
そこはまだ明るかったが、まあるい月が空に浮かんでいた。
「私、ラテを愛してる」
((私達も!))
キランキラン。
「そろそろ行きませんか?」
ラズルがすみれ姫にそう声をかけた。
「そうだな」
すみれ姫が答える。
しかし……。
「この盗賊の死体、どうしたものか」
ラズルは顎に手を当てて、そう悩む。
(すーちゃん、馬車をどけてもらってくれる? 私達がやるよ)
レーナとミシェルの提案に、
「ラズル、馬車をどけて」
と、すみれ姫がラズルにお願いした。
「案があるのですな」
そう言って、ラズルとハンナは馬車を下がらせた。
((突風!))
ビュウーン!
左右から前後から突風が吹き、死体が集まっていく。
「「……」」
ラズルもハンナも目が点だ。
レーナとミシェルが何度か突風を起こして、盗賊の死体の山を築く。
そして、
(ファイアサイクロン)
レーナが炎の竜巻で死体を焼いて行く。
(すーちゃん、もう出発してもらってもいいわよ)
ミシェルがすみれ姫に言う。
「もう出ていいみたいだ」
すみれ姫がラズルに処理が終わったことを伝えた。
「あ、ああ。そうだね……」
ラズルは思う。
もしかして、自分達が人質にならなかったら、瞬間的に盗賊を倒せていたのではないかと。
だが、済んだことだ。
愛する家族が、すみれ姫達が無事で、それでよかった。
しばらく進んで、この日の野営場に到着する。
そして、何もなかったかのように、食事の準備をして、いただく。
「はい、すーちゃん、スープをどうぞ」
ハンナがすみれ姫にスープを渡す。
「ん。ありがとう」
「どういたしまして」
ハンナが微笑む。
すみれ姫は、スープをいただきながらハンナに尋ねる。
「悪魔は人でなしなのか?」
「……」
ハンナは突然の質問に戸惑う。
すみれ姫は、ラテを殺した悪魔を憎んでいる。
しかし、グリュンデールで会ったキリエを同じように憎むことはできなかった。
悪魔は人族ではない。
姿かたちも違う。
確かにキリエは人の形をとっていた。
だが、そうでなくても、憎むべき対象になったかというと、わからない。
「悪魔は人族ではないから、人でなしとか人だとか言わないのかもしれないわね。でも、人でなしと同じような悪魔もいれば、きっと、私達のように人を愛せる悪魔もいると思うわ」
「……」
すみれ姫は悪魔にも、悪魔と悪魔でなしがいるのだろうかと悩む。
「そういう意味では、種族で分けちゃダメなのかもしれないわね。どんな種族だって、きっと、優しい人がいるわ。素敵な人がいるわ。愛すべき人がいるわ」
そう、ハンナが笑った。
(だってさ、すーちゃん)
(人を種族で分けちゃダメだってことね。人を見る目を養いましょうね)
「むう」
(すーちゃん、大丈夫だよ。私だって、すぐになんて見分けられないから)
(そうよね。いっぱい人と話をして勉強なのかもしれないわね)
「勉強……」
すみれ姫が唇を尖らせた。
翌日は何もなく順調に進み、さらに翌日の午後、シューンシュタットの城壁が見えてくる。
シューンシュタットは元王都だ。
グリュンデールには負けるが、それでも巨大な城壁もその上に覗く城もかつての栄光を感じさせる。
そんな時、すみれ姫とキャロは幌の中であやとりをしていた。
「シューンシュタットが見えて来たわよ」
というハンナの声に、すみれ姫もキャロも幌から顔を出した。
「わぁー、大きい!」
と、感動するキャロに対し、特に興味もなさそうなすみれ姫。
「すーちゃん、城門を通るときに冒険者カードを見せるから出しておいてね」
「ん」
馬車は何事もなく城門をくぐり、街へと入って行く。
そして、冒険者ギルドの前で止まった。
ラズル、リスベルとアシュリーが馬車から降りる。
同じように、ハンナとキャロ、すみれ姫も降りる。
ラズルは一枚の紙を取りだし、それをリスベルに渡した。
「これが依頼達成書です。護衛はここまででいいです。街中は治安がいいですからね。お疲れ様です。それを持ってギルドで手続きをしてください。家族を守ってくれてありがとう」
ラズルが頭を下げた。
「すーちゃんも旅を続けるんでしょ。体に気を付けてね」
ハンナがすみれ姫を抱きしめた。
「えー、行っちゃうの? もっと一緒にいたかったのに」
キャロもすみれ姫に抱きついた。
困惑するすみれ姫にリスベルが声をかけた。
「すーちゃん様、行きましょうか。ラズルさん達をとどめておいてもいけません」
リスベルとアシュリーはラズルに向かい、お礼を言った。
「こちらこそ、ありがとうございました。機会があればまた」
そう言って、リスベルはアシュリーと、そして、すみれ姫の袖をつまんでギルドへと入って行った。
その背中では、馬車が動き出す音。
すみれ姫の目から涙が一筋だけ流れた。
それに気づいたレーナ。
(すーちゃん、また会えるよ。それに、もっといろんな人にも会える。また会えるのもいろんな人に会えるのも、楽しみにしよう)
「ん」
すみれ姫はすっと涙を拭いて、前を向いた。




