『人』と『人でなし』
「キャロをお願いします」
ハンナが後ろを振り向かずに叫ぶ。
すみれ姫達にキャロを託したのだ。
自分達を犠牲にして。
リスベルとアシュリーは、ハンナの言葉通りに後ろの馬車に乗り込み、キャロを連れ出す。
だが、すみれ姫は、その手前で立ち止まってしまった。
立ち止まったまま、すみれ姫はうつむき、肩を震わせる。
そして振り返り、ラズルとハンナの背に視線を向けた。
ラズルとハンナはなぜ、逆に走ったのか、盗賊に向かって走ったのか。
すみれ姫には今一つ理解できない。
一緒に逃げると言ったではないか。
その言葉を違えて二人は逆に走って行った。
なぜ。
((すーちゃん!))
レーナとミシェルの叫び声。
ラズルとハンナが危ない。
何とかしなければと。
ラズルとハンナを目で追っていたすみれ姫は、その光景を見てしまう。
盗賊に殴られ、倒され、そして、蹴られるラズル。
同じように、殴られ、服を破かれるハンナ。
(すーちゃん、私、撃つから!)
(私も!)
レーナとミシェルはもう耐えきれない。
ラズルを、ハンナを襲う盗賊を許すわけにはいかない。
((殺す!))
だが、そんなレーナとミシェルが魔法わお発動させるより早く、、
「お前達が人間なのか!」
すみれ姫が盗賊に向かって叫んだ。
「人間とはお前達みたいなやつらを言うのか!」
もう一度。
そのすみれ姫の叫びに、ラズルを、そしてハンナを襲っていた盗賊が手を止めた。
リスベル達を追いかけようと飛び出していた盗賊が足を止めた。
「うわっはっはっは」
盗賊の首領が大声で笑った。
「お前、ちびのくせに面白いな。俺達が人間かだと?」
首領が周りを見回し、そして、すみれ姫に鋭い視線を向けて言った。
「そうだぜ、俺達が人間だ。欲しいものを盗み、奪い、楽しいことを自由にする。こんな欲深い生物が他にいるか? まさに人間だろう!」
「違う!」
すみれ姫が大声で否定した。
「何が違うんだ? お前達だって、うまいものを食うだろう。楽しいことをするだろう。欲しいものは手に入れるだろう。なあ、何が違う?」
「……」
「お前達は楽しいことをする。楽しいことをしたい。俺達と何も変わらないじゃないか」
すみれ姫があからさまに動揺する。
間違ってはいない。
すみれ姫も楽しいことを好きなことをしたい。
そう思って旅をしてきた。
そんなすみれ姫を見て首領は笑う。
「ほら見ろ。同じだってことがわかったか? これが人間なんだよ!」
首領は仲間の盗賊達に声をかけた。
「逃げた奴を追え! 連れてこい! 奴隷にしてやる」
「「「おー!」」」
盗賊達が再び走り出した。
「やめろ、やめろ……」
首領が、震えながら訴えるすみれ姫に近寄る。
「何だって? ちびっこ」
「やめろ」
「へー、まだ逆らおうってのか? おい、その女連れてこい」
首領は振り向いてハンナを取り押さえていた盗賊に命じる。
そして、二人の盗賊がハンナの両腕を抱えて連れてきた。
一人はナイフをハンナの首に当てて。
「おいちびっこ、見ていろ」
そう言って、首領は突然ハンナに殴りかかった。
ドガッ!
「きゃあ!」
ハンナが口から血を流す。
「ほら、お前が反抗的だから殴っちまったじゃないか。全部、お前のせいだ」
すみれ姫は、目を見開くが、何も見ていない。
頭の中がぐるぐるする。
私が、私が原因? 私のせい? 私が逆らったから、私がやめてほしかったから……。
ラテが死んだのも、私が一緒にいたいと思ったから……。
((すーちゃん!))
レーナとミシェルがすみれ姫の名を呼んでも、すみれ姫は動かない。
すみれ姫が震える。
そして叫んだ。
すみれ姫に限界が来た。
精神の。
「うわーーーーーー!」
ザシュ! ザシュ! ザシュ! …………
ハンナを抑えていた盗賊二人の首が落ちる。
首領の首が落ちる。
ラズルを蹴り飛ばしていた男達の首が落ちる。
リスベル達を追いかけていた盗賊達の首が落ちる。
(ミシェル、ハンナさんに治癒魔法を! 私、ラズルさんを)
(わかったわ!)
すべての盗賊の首を落としたすみれ姫は、頭を抱え込んで座り込んでしまった。
ラズルとハンナは、自分達に、自分達の周りに何が起こったのかを理解しようと見回す。
そして考える。
自分達がおとりになり、キャロを、すみれ姫達を逃がそうとした。
覚悟した通りに、自分達は殴られ、傷つけられた。
しかし、突然盗賊達の首が落ちていった。
その上、自分達の傷を治す治癒魔法がかけられた。
すべて、目の前で頭を抱えて震えている、小さな少女がやった。
いや、助けてくれた。
ハンナは座り込んでいるすみれ姫の前に両膝をつく。
「私が、私が望んだから……、私が好きなことを望んだから……、やりたいと望んだから……みんな傷ついて……」
すみれ姫は頭を抱えてぶつぶつとつぶやく。
すみれ姫の目はは何も見ていない。
見えていない。
ハンナは、そんなすみれ姫をそっと抱きしめる。
「すーちゃん。助けてくれてありがとう。すーちゃんのおかげで、私も夫も生き残った。怪我もなくなった。またキャロを抱きしめられる。すーちゃんを抱きしめられる。すーちゃんのおかげ。ありがとう」
そのぬくもりにすみれ姫が我に返る。
しかし。
「でも! 私が、私が楽しいって思ったから、好きって思ったから、一緒にいたいって思ったから、ハンナを傷つけた。ラテを殺した。私がやった!」
すみれ姫が泣き叫ぶ。
ハンナはラテのことを知らないのに。
すみれ姫は混乱している。
「違うよ、すーちゃん。すーちゃんがいてくれたから、私達は助かった。すーちゃんのおかげなんだよ」
「私は、人間と同じだ。したいことをしたいって思った。嬉しいことを続けたいって思った。あいつらと同じ、同じ……やだよ、いやだよ……うわーん!」
「すーちゃん違うよ」
そんな自虐的に泣き叫ぶすみれ姫をハンナはぎゅっと抱きしめながら気持ちを伝える。
「私だってキャロを抱きしめたい、すーちゃんを抱きしめたい、だから抱きしめる。したいことをしたいからする。嬉しいことをする。ね、私とすーちゃんは同じ。でもね。あいつらとは違うよ。だってね、こうやってくっついていたいっていうのはお互い様でしょ。お互いの気持ちが一緒だから嬉しいのよ。あいつらのしたいは一方的。だから、あいつらは人間なんかじゃない。ああいう人達をなんて言うか知ってる?」
すみれ姫は首を振る。
「人でなし。人じゃないんだよ」
ハンナは続ける。
「人はね、したいことをしたい。嬉しいことをしたい。それを、同じ気持ちの人と一緒に、お互いを思いやって尊重して気遣って、一緒にやる。それが人。楽しいことを一緒にやる。嬉しいことを一緒にやる。共有する。それができる。それが人なの。あいつらはそれが出来ない。自分勝手に人を傷つけてそれを何とも思わない。だから人でなし。私達とあいつらは違うのよ」
ハンナはすみれ姫の髪をなでる。
「だかね、すーちゃん。私達はお互い愛し合える。人なんだよ」
すみれ姫はハンナをぎゅっと抱きしめた。
「うわーーーーー!」
同じだと、欲にまみれた盗賊と同じだと、そう思った。
でも、ハンナは違うって言ってくれた。
自分が人でなしとは違うって理解することができた。
よかった、よかった……。
すみれ姫はそう思うことができ、泣いた。




